セリーヌの日常
マコーミック公爵令嬢・セリーヌの朝は早い。
学園都市ウィニート、その都市の名を冠するウィニート大学の講義に出席するためだからだ。
「おはようございます、お嬢様」
実家から連れてきた侍女のコレットが、セリーヌを起こしてくれる。
着替えを手伝い、食堂で準備されている朝食を、セリーヌの自室まで運んで準備してくれる。
なんでも、
『寝起きの無防備なお嬢様を狼共の目に触れさせるわけには参りませんわ!』
ということらしいが、朝に弱いセリーヌにとって助かることではあった。
朝食が終わると、そのまま寮を出て大学に向かう。
大学は選択授業なので、主にセリーヌは古典文学を学ぶ際に必要な言語学の授業を取っていた。
3ヶ月もすれば顔なじみも増え、公爵令嬢であるセリーヌを色眼鏡で見ない者も増えてくる。
そういった朋輩と肩を並べて授業を受ける。
社交界とは全く違った男女のありようが、だがセリーヌにとっては非常に心地良いものだった。
昼食は弟のフェリクスと共に摂ることが多い。
『姉上は綺麗なんだから、ちゃんと守らないと』
そういうフェリクスこそがセリーヌにとっては輝かしく美しく映るのだが、セリーヌは自分の美的感覚がどうやら狂っているらしいことを自覚していたので、弟の過保護さを黙って受け入れていた。
基本的に午後は古典文学の研究室にいる。
「セリーヌ嬢、ディーター君が、また……」
そしてほとんど毎日訪問してくるのが、ベルトマー王国王妃子のディーターだった。
ベルトマー王妃子ディーターは、一般的に言って美男だった。
年はセリーヌと同じ、18歳。青みのかかった金髪に、緑色の美しい目をしている。
顔立ちも整い、美的感覚の狂ったセリーヌでなければさぞかしうっとり見とれたことだろうと、他ならないセリーヌ自身がそう思う。
「セリーヌ嬢、あなたに似合う花を持ってきたのですよ」
そう言って差し出された、薄い桃色の薔薇。
黒髪に優しい栗色の目をしたセリーヌには、柔らかい色がとても映えた。
が、セリーヌは薔薇なら赤が好きだった。
鮮やかに美しい姿に憧れるからだ。
「まぁ……ありがとうございます、ディーター様」
うっとりと花に見入る演技をしながら、セリーヌは内心ため息をついた。
(わたくし、研究のためにこの大学に来たんですの。
……放っておいてくださらないかしら……)
古典文学の難解な言い回しに対する議論が白熱していたのだ。
正直、邪魔であった。
「セリーヌ嬢、花束を持とうか」
いつもそんなセリーヌに助け船を出してくれるのが、一つ年下の伯爵次男・エルネストだった。
彼とセリーヌは、自国の王宮で出会った幼馴染みでもあった。
美的感覚の狂ったセリーヌにとっては、ディーターよりも遥かにエルネストの方が美しく映っていたのだが、それについてもセリーヌは口に出したことはない。
「ありがとう、エルネスト様」
可愛すぎる花束をエルネストに渡し、セリーヌはにこっとディーターに向けて笑いかけた。
「申し訳ございません、ディーター様。議論を中断しておりますの。あの、……」
言葉を切って相手の出方を窺う。
その意図を正しくくみ取ったディーターは、爽やかに微笑んでセリーヌから離れた。
「それはお邪魔してしまいましたね。ではまた」
他国の王族に向けた礼儀正しい一礼を、セリーヌはディーターに向けた。
そして寮に帰って弟と夕食を摂り、今日の課題と明日の復習をして過ごす。
セリーヌの日常は、規則正しく進んでいた。
「あなたがセリーヌ・マコーミック嬢かな?」
そんなセリーヌの平凡な日常が動いたのは、やはりディーターが原因だった。
ベルトマー王国王太女・アルベルタ。
ディーターの異父姉である彼女と出会ったことで、セリーヌの日常は一気に加速することになったのだった。