ジャンバー
つまらない
『美的センス皆無ヒーロー伝☆ステキジャンバー』
「グハハハッ、貴様ら全てタキシードを着用さしてやるッ!!」
2月の中頃、春を感じさせる日が多くなりつつある昼下がりに事件は起こった。とあるそこそこの街のそこそこ流行っている通りにその怪人(怪しい人…あくまで怪しいだけで普通の人)は現れた。
「タキシードを着た貴様らは夜会でオシャレに闊歩する羽目になるのだ!」
彼の名は『タキシード男爵』。セーラー服で戦うマニアにはたまらない少女の物語に出てくるような仮面野郎ではなく、片目鏡(モノクルだっけ?名前忘れた)を着けたカイゼル髭のオッサンである。が、しかしそんな暴挙を赦さない漢がいた。
「待てぃ、男爵っ!!貴様のそのくたびれたワイシャツみたいな野望はこのオレが三つ折りにしてやるぜ!」
【くーろくひーかるレェザ〜(じゃんじゃじゃじゃんじゃじゃ♪)正義の光ぉ沢ぅ〜♪(ジャスティスッ!!)いーくぞ我らのぉ〜ステキ(だだんっ!)ジャンバ〜♪】※テーマソング…
「黒光りジャンバーは正義の衣」作詞作曲歌ステキジャンバー。
そのテーマソング(ラジカセ)をバックに1人の漢が交差点の信号の上に現れた。
「ぬぅっ!?貴様は誰だっ!?」
男爵はズレたカイゼル髭(ッ!?)を手で元の位置に貼付けながら信号の上の漢を睨みつける。
「オレが誰かだと?ならば教えてやるぜ!西播磨衣服専門学校デザイン科専攻にこの人アリと言われる存在になるであろう『期待の新人・フルギ キタロウ』だ!」
キタロウは信号の上で片足を曲げ、右手を腰に左手の人差し指を天にかざしたポーズをとる。しかしダサい。ポーズもダサいが服がダサい。健康サンダルにくるぶしソックス、ボロボロにし過ぎたダメージジーンズに柔肌に食い込むぴっちりサスペンダー。
「き、貴様は寒くないのか?」
男爵はほぼ上半身が裸の若い青年にかわいそうな視線と言葉を投げ付ける。
「しかぁ〜し、その実態は!!」
ラジカセのカセットをA面からB面に交換しながらをキタロウは無視をする。なぜなら寒いので無駄な会話をしたくないから。そしていそいそと傍らに置いていた鞄から古着屋にありそうな黒革のジャンバーを取り出した。
「黒革ジャンバーは正義の証!『ステキジャンバー』だ!いくぞっ『着☆服』!!」
いそいそとジャンバーを着るキタロウ、いやジャンバー。ちなみにニュアンス的には『変身』かもしれないが『着服』は犯罪である。だがジャンバーは気にしない、なぜなら平和の前にそんなものはちっぽけなのだから。
「男爵、テメェをクリーニングしてやるぜ!!」
ビシィッ!と人差し指を男爵に突き付けるジャンバー。指先が震えているのは武者震いであり決して寒いからではない、決して!
「グハハハ!そうか、貴様がジャンバーか!最近我らのザコ戦闘員『ハンガーズ(※ザコ怪人…ていうかむしろ一般人。首の所にハンガーが付いている。実は彼ら(彼女ら)はハンガーで操られているだけである。ちなみにフォーマンセルつまり4人1組で活動している。リーダーはハンガーの付け根に値札が付いている。そしてそのリーダーに付いている値札を取れば洗脳は解かれる。…つーか説明長ぇ)』を襲っているという輩は!」
男爵はひくひくとカイゼル髭を揺らしながら口許に悪人っぽい笑みを浮かべる。
「いかにも、オレがそのジャンバーだ!毎回倒した奴らの服に油性のマジックでサインの書く練習したかいがあったぜ!」
ジャンバーは威勢のいい台詞を吐きながらビビり腰で信号を降りてくる、高い所は誰だって怖いのだ。ていうか油性マジックを使うなんて衣服に対する愛情が感じられないぞ、ジャンバー!
「さぁ、とりあえずそろそろ幹部的な敵を倒したかったんだ!覚悟しろ、男爵!」
気を取り直してジャンバーはポーズを決める、相変わらずダサい。しかし、ふと隣の牛丼屋のガラスに映った己の姿を見てジャンバーは異変に気付いた。
「なっ!?し、しまった、仮面がないっ!!」
そう、ジャンバーは普段仮面を装着しているのだ。それに気付いたジャンバーはごそごそと再び鞄の中に漁りだした。
ーごそごそっごそごそごそー
鞄の中からアイロンが出てきた。ちなみにこれがジャンバーの武器である。
ーごそごそー
霧吹きが出てきた。
もちろんこれも武器である。
ーごそごそごそー
アイロン台が出てきた。
これは数少ない妨具である。
「あれぇ?っかしーな?」
ジャンバーは身構えている男爵を完璧に無視をしてそれらのアイテムを再び鞄の中にしまった。そして近くに停めていた愛車の原付きの荷台を調べ始めた。
「…おいこら、無視するでない。いや、ちょっとマヂで。ほら、次は一応さ、私って幹部な訳ですから?だから二つ名とか名乗りたい訳なんだが!マヂいい加減しろって!名乗りますよ?名乗っちゃうよ?やっちゃいますからね!?『漆黒の弾丸 タキシード男爵』ってゆっちゃうよっ!?」
すでに名乗っている事に男爵は気付かない、もちろんジャンバーは聞いてさえいない。そんな中、ジャンバーはやっとお目当ての仮面を見つけた。
「おっ?見つけたぞ!よーし、『着☆服』!!」
もう一度申し上げますが『着服』はれっきとした犯罪です。
そしてジャンバーが仮面を装着したのを見て男爵は、
「貴様っ!素顔が見えてるではないかっ!!つーかそれ、仮面じゃねぇよ!」
男爵の目前のジャンバーの顔には色付きプラスチックの鍔がある帽子を被っていた。そう、ゴルフとかでよく見かける帽子、いわゆるサンバイザーだった。
「ふっ、男爵それは違うぞ!この『ジャンバイザー』は日光を遮るのだ、つまり眩しくない!さらにその日の気分によっては敵の戦闘力も測れる気がしない事もないのだ!」
ジャンバーは右手の身体の前でガッツさして左手を後ろに反らしたポーズをした、いわずもがなダサい。
「貴様、それは結局測れないのではないか?」
男爵の改心のツッコミはジャンバーには届かない。さらには、
「ていうか次はデザイン作画の授業だからテメェを手っ取り早く倒すぜ!」
自己チュー。超自己チュー。もはやジャンバーは次の授業の事で頭がいっぱいのようだ。だがそれに納得出来ない者がいる、むろん男爵だ。
「ふっざけんなよ貴様!問答無用、貴様をこのタキシードの血染みの一つにしてくれるわっ!喰らえ、『タキシードカッター』!!」
つべこべ言っている暇はない。男爵は両手を大きく広げタキシードの前を開けさせる。そこには夥しい数の市販カッターがならんでいた。なにせ普通の人間なものだからタキシードが硬化して対象を切り裂く事は出来ないのだ。だから投げる、そう、ひたすら投げるのだ。チキチキと刃を出して!
「ふっ、そんな攻撃は喰らわないぜ!『ジャンバリア』!!」
ジャンバーは急いで先程しまったアイロン台…いや、ジャンバリアを取り出す。
ドズドスッ!
ジャンバリアに何本かのカッターが刺さる。が、しかしそれ以上は何も飛んでこない。
「くっ、はぁはぁはぁ…」
男爵は疲れていた。それもそのはず、彼は一般人なのだから。しかしそんな事はジャンバーの知った事ではない、
「いまだ!『ジャンバーミストガン』喰らいやがれ!」
ジャンバーは鞄の中から霧吹きを取り出した。そして西部劇のように指先でクルクル回して、
「あっ…」
ひゅるん…。
ジャンバーの指先からジャンバーミス…あぁもうめんどくせぇ。霧吹きが天高く消えてゆく。
「…やっべぇーどうしよ?…うーん、あっ、そうだ」
ジャンバーはヒーローに必要な閃きを感じた。
(これなら…イケる!)
そして、
「て、テメェ!こっちは武器を捨てたから人質を解放しやがれ!」と、言い放った。
そう、自分のミスは認めない。なぜなら正義の前に些細なミスは揉み消されるのだ、汚いぜジャンバー!
「いやいや、貴様のミスであろう?」
場の雰囲気を読まない男爵、なんてKYな奴だ。
そしてジャンバーは、
「ならばオレの必殺技を魅せてやる!」
ジャンバーは再びポーズを取る。もう言わないよ、ダサいだなんて?
ジャンバーはズボンの中から愛車の鍵を取り出した。そしてエンジンを蒸せた。次にしゃがんで鞄からアイロンを取り出しコードを延ばしてエンジン近くに増設したコンセントにジョイントする。
「唸る熱気は悪を正す!『ジャンバーイロン』ッ!!」
ジャンバーは猛りながらただのアイロンを持って原付きに乗った。ーどぅるん、どぅるるるっ!!ー
原付きスクランブル。
そしてジャンバーの原付きは最高速度に達する。
「『ジャンバーシューティングスター』ッ!!」
原付きは真っすぐ男爵に向かって突っ込んでいく。
ー30メートルー
ー15メートルー
ー10メートルー
ー5メートルー
ー0メートルー
そしてストライク。
どんっ!!!!
必死に逃げる男爵をジャンバーは追い掛けて…轢いた。
「グハッ!!ごほっ、ぇほっ…がはっ…」
かろうじて生きていた男爵。そして、
「がほっ…、き、貴様…アイロン使ってねぇじゃん…」
男爵は満身創痍ながらよろよろと立ち上がる。ジャンバーはすでにアイロンやアイロン台を片付けにはいっている。
「はぁはぁ…ナメないで頂きたいな、こわっぱぁ!!」
男爵は渾身の力でステッキを取り出した、叫んだ勢いでカイゼル髭がはらりと落ちた。
「華麗に舞ってこそ紳士道、私の最後のステップに付き合ってもらうぞ!『ステッキソード舞踏術参の舞』」
男爵はシルクハットを投げ捨てて、ステッキを引き抜いた…仕込みステッキ。
「『ジェントルタキシード』!!」男爵は抜き身刃のステッキを振り回しながら普通に走っていく。
しかし、ジャンバーはデザインが頭から離れず男爵に気付いていない。
危うしっ、ジャンバー!!
「灰燼と化せぇ!!」
迫り来る男爵、しかしその頭上から何かが飛来する音が。
ーひゅるん、ひゅるん、ひゅるん、ひゅるんー
スコーンッ!
「……ふぐぅ!?」
ばたりと倒れた男爵、そんな彼の傍らには見覚えのある霧吹きが。
「あっ、霧吹き見っけ。学校の備品だから無くしたら弁償なんだよな」
ジャンバーから戻ったキタロウは男爵の近くに転がっている霧吹きを拾い、原付きを走らせて去っていった。
追記。
デザイン担当の渋い先生が授業に現れなかったのは轢き逃げされた後、頭部に打撃を喰らって緊急入院したからであったらしい。
ー最後は適当に終わりー
テスト貼りなんでお手柔らかに。