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自白

作者: みちゆき

 どれ位年月が過ぎただろうか。

 未だに俺は、暗く重々しい鉄格子を見つめている。ここから出る事などとうの昔に諦めた。

 静かなものだ。

 今の状況は決して恵まれてはいないが、娑婆では体験出来ないこの静寂が、寧ろ心を落ち着ける安らぎとなっていた。

 ふん、と息を出すと、口元が温かい。

 ぴったりと張りついたマスクに、呼気が充満した。何て事はない市販の形状だ。

 風邪や花粉症とかで長時間マスクをしていると、どうしても呼気や唾液の飛沫で蒸れ、不快な臭いに悩まされる事がある。

 だが俺は、そのような悩みとは無縁だ。

 経年劣化でボロボロのマスクだが、つけている分には何の不快感もない。

 改めて認識する度、俺は憂鬱になる。

 それは、ここから出られない事実をそのまま暗示しているからだ。

 そのうち鉄格子の向こう側に、相変わらず仏頂面の刑事が現れた。

「来い。取り調べの時間だ」

 だろうな。

 数えるのも諦める程の朝と夜の繰り返しの中で、それが俺の日常になっている。

 いつもの個室に行き、おなじみの机に座り刑事と向かい合った。

「正直我々も、早くお前との縁を切りたい。だが、遺族の方々の思いを酌まない訳にもいかないのだ。話す気になったか?」

 刑事の問いに、俺は何も答えなかった。刑事は疲れ切った表情のまま続けた。

「これ以上黙秘を続けるのが、お前にとって何の得になるのか分からない。お前の仲間は皆自白した。後はお前だけだぞ。裏切りだの口封じだの気にする事はないじゃあないか。何故そうまでして口を割らない?」

 俺だって出来る事なら洗いざらいぶちまけたいさ。

 そうすれば、いつまでも暗い牢獄にいる事もないし、もしかしたら一度だけでも外の景色を見せてもらえるかもしれない。

 だが無理な話だ。

 俺に口を割らせるのは。

 俺は席を立ち、改めて刑事と相対すると、何年かぶりにマスクを剥いだ。ようやく剥ぎ取れるまでに劣化したか。

 俺が所属していたテロ組織は、全盛期の頃は他の追随を許さない過激さだった。一度裏切った者は即処断する鉄の掟を敷き、どんな尋問にも屈しない鋼の精神を鍛えさせられていた。

 その完成形が、俺だった。

 マスクを床に落とすと同時に、刑事は短い悲鳴を上げた。

 俺には、口が無かった。

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