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日常:ジジ抜き:前哨

彼は、嘘は言っていない。が、皆を騙したーー彼は『知りません』という言葉を、真実まなみに対する返答としてではなく、素数の一般式は『知りません』というつもりで発したのだ。

だから、知りませんという文は偽ではないのだ。

龍星は俯き加減で小さく笑い、自分の知略に満足していた。


「じゃあ、心音先輩はどうです?」

「もちろん、知っているわけがないわ。私は部長よ、そんな不正するわけないじゃない」

「そうですよね……嘘ではないみたいです」


心音は、真実の目をしっかりと見つめ、はっきりとした口調で否定した。


「それじゃあ、このみちゃんは?」

「私も何がジジかは、知りません」


上目遣いでこのみも否定する。


「……嘘ではないみたいですね。飛鳥ちゃんは?」

「あたしが知っているわけがありませんわ」


飛鳥は不機嫌そうに答える。


「……嘘ではないですね。結ちゃんは?」

「うん! わたしも知らないよ」


結は元気よく返事をし、笑顔で真実の目を覗き込む。


「そんなに見ないでください……最後に結城先輩は?」


さっと目をそらすと、右の幻太郎に顔を向ける。

幻太郎は流し目で真実を見つめながら、低い声で囁いた。


「俺も、ジジが何かなんて知らないよ」


言い終わる寸前のウィンクを、真実は目をそらして見なかった。


「先輩も嘘はついていないみたいです」

「そう。じゃあ、ジジ抜きを始めましょう」


これは心音の言葉。

これで、真実を除いた七人に対する不正の確認が終わり、トランプもその五十一枚の札がすでに、五人に六枚づつ、三人に七枚づつ配り終わっている。

他の五人より一枚多い七枚配られた三人は、ゲームの親としてカードを配った心音から見て左の三人。つまり、夕空このみ、西園寺飛鳥、夏目結の三人だ。


「でも、その前に一応ルールを確認しておきましょうか」

「そうだね、ココちゃん」


幻太郎が心音に微笑む。心音は、彼と少しだけ目を合わせるが、『愛してるよ、ハニー』という薄気味悪い心の声を読心してしまい、すぐに顔をそらした。


「じゃんけんで勝った人から時計回りに手番が回っていく。手番には、自分の右隣の人から一枚カードを引く。同じ数字のカードが二枚揃ったら、机の真ん中にみんなに見えるように捨てる」


心音は、そこで一息ついてみんなの顔を見回した上で付け加えた。


「いいね? あと、超能力についてここから先は、適宜使用してオーケーということで。ただし、直接相手のカードを見ることは不正行為だから、見たことが立証されれば反則負け。でも、バレなければどんな非道い手を使っても構わない。真剣勝負だからね!」


皆は、黙って頷いた。張り詰めた空気が場を重くする。結と心音だけは楽しげに笑っていた。


「じゃあ、初めの札捨てをしましょうか」


心音のこの言葉で、八人は一斉に自分の前に配られたカードを手に持つ。

それぞれが、様々な表情を見せながら、あるいは見せないように気をつけながら、組になったカードを捨てていく。


龍星は少し焦りを感じていた。

一枚も揃っている札がないのだ。その上、キングが一枚含まれている。さらに、このみがキングを揃えて捨てたのを見てしまったのだ。マークまではきちんと確認できなかったが、これでこのキングは絶対に捨てられない札となってしまった。さらにさらに、左隣の姉、綾崎心音が二つ組を作り、残りの手札が二枚になっているのを見ると、自分の六枚という手札の量が、あまりにも多いように感じるのだ。

周りを見回す。正面のこのみは残り五枚。飛鳥は残り三枚。結も残り三枚。副部長の幻太郎と、嘘発見器の真実まなみは、自分と同じで一組も作れずに六枚。右に座る一夫は、残り四枚。そして、左隣の姉が残り二枚か……。

現在のところ姉の心音が圧倒的有利、自分は若干不利と現状分析を終えた。


龍星によって、圧倒的有利と称された心音。彼女は、いつも通りの快活さを装いながらも、自分の仕組んだ仕掛けに誰も気づいていないことを密かに喜んでいた。

自分が親を買って出て、シャッフルからカード配りまで行ったが故のアドバンテージ。彼女はゲーム前に、トランプのデッキ下部を自分に有利になるように並べかえていたのだ。

そしてシャッフルの時、仕組んだ部分は混ざらないように、真ん中から取って上に乗せるというシャッフルだけを行い続けた。このシャッフルならば、仕掛けは崩れない。

そして、このみにジジを取らせるときには、デッキの上の部分から広げるようにすることで、上半分のカードの中から選ばせるようにした。これによって、下の何枚かのカードは心音の思い通りの順番になっていて、彼女はリスクゼロで一組揃えることができたのだ。

おかげで、全員の中で一番少ない二枚の手札でゲームを始められる。

バレなければどんな非道い手を使ってもいいーーそれは、ゲームが始まる前からの話よ。このクラブの基本精神は、『勝者こそ正義』。部長の私こそ勝利に貪欲であるのよ。と、心音はかすかに微笑んだ。


この時、このみはドキドキとしていた。札捨ての時に、彼女は亜空間をこっそりと開いたのだ。そして、今現在彼女はジジが何なのかを知っている。

真実先輩が確認してくれたから、私以外に知っている人はいないはずなんだ……と自分のやったことに少しの後ろめたさを感じていたが、これは真剣勝負だから仕方ないと覚悟を決め、口を真一文字に結んだ。

このみの目を心音は横目で見ていた……


「それじゃ、初めにとられる人を決めるじゃんけんをするわよ」


心音のその一言で、場の雰囲気はさらに険しくなった。

ジジ抜きにおいて、起点がどこになるかは、非常に重要な意味を持っているからだ。

最後の状況を一枚で迎えるか、二枚で迎えるか、それがジジ抜きにおける一つの争点となる。一枚で迎える場合、その一枚と同じカードを引かなければ上がれない。これに対し二枚で迎える場合では、二枚のうちどちらか一方と同じカードを引けば、手札が一枚となり、次の手番の人にその一枚を引いてもらって上がりとなる。

つまり、最終状態が二枚となる方が二倍の確率で上がりやすいということだ。

もちろん、現実にはこんなに簡単ではなく、二枚持っているということはジジを持っている可能性も二倍になるわけだから、確率も完全に二倍とはならない。

けれど、最終状態で二枚になるようにする、というのはこのテーブルの皆が知っている基本戦略である。

そして、この戦略をとるのに関係あるのが、起点と初めの枚数なのだ。

起点となるプレイヤーは、他のプレイヤーと違って、カードを引く前に、自分の手札を先に引いてもらえるのだ。

これが、最終的な奇数、偶数と関わってくる。

初めの手札が奇数枚数のプレイヤーは、起点となるのが良い。手札が偶数であり続けるためにはカードを先に引いてもらう必要があるのだ。

偶数枚数のプレイヤーは、逆の理由で起点となるべきではない。

これも、ここの部員全員が共通認識として持っている事実である。


そして今回このじゃんけんで、奇数枚数の手札を持つこのみ、飛鳥、結の三人は勝利することを望み、その他の五人は勝利することを望まない。

それを、各々が頭の中で確認しながら、順番を決めるじゃんけんが始まる。


ここで動いたのは、おてんば娘の結だった。

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