日常:ジジ抜き:開戦
席順:
夕空このみ 西園寺飛鳥 夏目結
綾崎心音 結城幻太郎
綾崎龍星 時庭一夫 雪代真実
机を囲むのは八人の超能力者。
己の能力の最大限をもってして勝利を目指す。
熱き戦いがいま始まろうとしているーー
「ジジ抜きよ」
部長の綾崎心音がトランプをシャッフルしながら言い放つ。
ある程度シャッフルし終わると、左前に座った少女に声を掛けた。
「このみ、一枚引いて亜空間に隠しておいて」
「はい、先輩」
このみと呼ばれたリスのような少女は、机を切り裂くような動作をする。すると、そこに黒い裂け目のようなものができた。彼女は、心音が広げたトランプの中から一枚を引いて、その裂け目の中に入れてしまう。
この少女は、夕空このみ。亜空間を作り出す超能力者だ。
このみが机の裂け目を手で撫でると、そこには何の変哲も無い木の机があった。
これで彼女以外の人間は、絶対にジジのカードを取り出すことができなくなった。
「それじゃあ、配るわよ」
心音はぐるりと超能力研究部のメンバーを見回すと、カードを配り始めた。
弟の綾崎龍星と、副部長の結城幻太郎だけが彼女と目を合わせてくれた。他の五人は、目を伏せていた。これは、彼女の能力を警戒しているためである。
彼女の能力は読心。目を見た相手(目を合わせる必要はなく、黒目が見えればいい)の頭の中に浮かんだ『言葉』を読み取れる。
イメージを読み取ることができないのが弱点であるが、対人的な超能力としては、この部活で一番といえるかもしれない。ジジ抜きにおいて、心を読めるのは大きなアドバンテージである。
逆に、目を合わせた二人はどういうことかというと、龍星は、幼い頃から心音の読心を受けてきたおかげで、言葉を用いないで思考する方法を習得しているため、心を読まれないという自信があるのだ。幻太郎の方は、自分の美貌を心音に見せつけようとしていたため、心を読まれることを気にしていなかったのである。
長机の両端に座った心音と幻太郎。幻太郎は、心音の方を見ながら自慢の金髪をかきあげたりと、やたらとアピールをするが、彼女は全く意に介していない。
そんな三年生二人の様子を傍目で見ながら、龍星は考えていた。
彼は、現時点でジジが何なのかを知っているのだ。
スペードのキングーーしかし、それを言葉にはせず、カードのイメージを思い浮かべていた。
姉である心音の読心術に対する対策である。
なぜ、彼がジジの情報を知りえたかというと、このみの亜空間にカードが入る瞬間、彼の超能力サイコキネシスでカードを弾き、表面をちらりと見たためである。
彼のサイコキネシスは、半径五メートル以内の座標に、デコピン程度の力しか与えられないものである。けれど彼はそれを様々に応用して使う。そのため、部活内で指折りの超能力者として恐れられている。
ジジの情報は、自分以外知っていないため、これからの戦いにおいて重要な武器になる、と彼は確信していた。
夕空このみの目の前に座るという作戦は、正しかったと心の中でほくそ笑む。
しかし、このみは異変に気付いていた。
自分が亜空間にカードを入れる時、明らかに変な力が加わったのだ。気づかないはずがない。けれど、彼女の性格上それを誰かに伝えることはできなかった。
友達に貸したノートを返してとも言えないような少女である。まして、二年生の先輩がサイコキネシスで不正をしたなどと告発できるはずもない。
龍星は、そこまで折り込み済みである。
だが、このみの微妙な変化を見逃さなかった少女がいる。
このみの親友であり、彼女のすぐ左に浮かんでいる縦ロールのお嬢様、西園寺飛鳥である。
空中に座っているような形で浮かぶ彼女は、浮遊能力者で、足が地上から5cm離れた状態での重力の遮断ができる。
何のためにというわけではないが、飛鳥は常に浮遊状態で過ごしていて、一年生のくせに物理的な上から目線でものを言う。
飛鳥は親友の異変に気付いて、耳打ちした。
「どうされたのかしら、このみ」
「うんうん、何でもない……よ?」
「そう、ならいいのだけれど……」
首を振るこのみ。しかし、彼女が一瞬、龍星を見たのを見逃さず、飛鳥は彼をキッと睨みつけた。
飛鳥の目を見て、心の中でニヤリと笑う龍星。
浮遊能力者には、何もできまい。そう思いながらなのか、人差し指でメガネの位置を直す。顔の表情は一切変えない。
その動作に苛立ちを覚えた飛鳥は、このみのためにも一芝居打つことを決めた。
「雪代先輩!」
「あっ、はい……?」
飛鳥は、自分の左前に座っている伏し目がちの少女に声をかけた。
声をかけられた少女の名前は雪代真実。ふんわりとした雰囲気の可愛らしい二年生だ。しかし、飛鳥と目を合わすことができず、挙動不審な目の動きをしている。
「この中に、ジジが何かを知っている方はいらっしゃらない。そうですわよね?」
「それは、そうですね」
突然なされた意味不明の質問に首をかしげる。視線は宙を泳ぎ続ける。
「それでは、確かめていただけませんか?」
勝ち誇ったような顔で放たれた飛鳥の一言で、龍星の心は大きく乱れた。
ーーくそっ、図ったな、飛鳥!
飛鳥を睨みつけたいところだが、顔色一つ変えずに落ち着いて考えようと努める。軽く深呼吸する。
真実の能力は嘘発見器。目を見た相手が話したことが偽の命題だった場合、偽であることがわかるという能力だ。これを回避する方法はただ一つ。正しいことを言うことだ。
「え、でも……」
「いいからやってくださらないかしら、雪代先輩」
その能力がゆえに人と目を合わせるのが苦手な真実は、目を合わさなければならない自分の能力をあまり使いたがらない。
能力を使うことを渋る彼女に、飛鳥は強い口調で要求する。
そんな強硬な飛鳥の態度を真正面の席で見ていた二年生の男子、時庭一夫は、すでにギスギスとした雰囲気が漂っているテーブルに、引きつった表情を浮かべていた。
気を紛らわそうとしてか、右前に座っている幼馴染の少女の方を見る。ポニーテールを白いリボンで結んだ少女、彼女の名前は夏目結。引っ込み思案の一夫と対照的なおてんば娘である。
彼女は、一夫の視線に気づくとにっこりと笑った。
(たのしいね)
一夫の頭に直接声が響く。彼は困ったように笑った。
結の能力は、テレパシー。ぴったり五文字の言葉を百メートル以内の知り合いに送ることができる。
送信しかできないから会話はできないのだが、一夫に対してはなぜかよくこの能力を使う。目の前にいるときでも、無闇矢鱈に使う。一夫がやめろと言っても聞かずに使う。
「まあ、確認だけやってくれないかい?」
幻太郎が真実にウィンクした。自分に酔っている男の仕草だった。
その言葉に部長の心音も頷く。
「そうね序盤だけど、すでに不正をしている人がいたらいけないからね。まなちゃん、お願いできる?」
両手を顔の前で合わせてお願いする心音。自分に酔った微笑を浮かべる幻太郎。
真実はそのどちらの先輩の顔も一切見ずに裏返った声で言った。
「先輩方がそう言うなら……わかりました、やります」
「じゃ、一夫から時計回りにやってくださるかしら」
先輩のはずの一夫を呼び捨てにする飛鳥の命令通り、真実は能力を使い始めた。
「一夫くん、あなたはジジが何かを知っていますか」
目をそらしてしまわないように大きく見開いて、左隣の一夫を見つめる。
「いいえ、知りません……」
「……嘘ではないみたいですね」
目をしばたいてつぶやく。
「それじゃあ、龍星くんは?」
ーー来た!
俺への質問だ。龍星は思考を巡らす。一夫に提示されたようなイエス・ノー・クエスチョンでなかったことに安堵する。そして、真実の目をしっかりと見つめて言った。
「知りません」
飛鳥とこのみがゴクリと唾を飲む。
「……嘘ではないみたいですね」
真実が目を宙に泳がせながら言った。飛鳥は、予想が外れたことに目をまん丸にして驚いた。
このみも、軽く首を傾げた。龍星先輩のサイコキネシスで、ジジのカードを見られたと思ったけれど、勘違いだったのかな……彼女は自分の記憶の方を疑い始める。
龍星はというと、無表情のまま喜んでいた。