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幸せな世界

作者: 有部 花奈

「こいつは困った」


男は呟いた。


朝っぱらから自宅の庭の一角にて芝生に直接置いた背もたれつきの椅子に座り一人、考え事をしていた。

さっきから晴天の青空をぼーっと眺め、右手で顎の辺りを弄っている。


もっとも、些細な出来事から生死にかかわる問題までほとんど全ての物事の解決に昔ほど手間がかかることもなくなったこのご時世、「困る」こともほぼありえないのだが、男は現に困っていた。


「えっと、兄さん?

こんな良い天気の日に外に出るだけで思案の巡らし中?

せっかく兄さんの一人娘が明日、おめでたい日を迎えるっていうのに父親のあんたがシャキッとしないと、あの子だって緊張してるでしょう?」


ふいに女の声がとんできたので、ひとまず空から目を離して声の主を探す。

そしてこっちにずんずん歩いてくる人影を認めた。


「ああ、光子・・か?久しぶりだな、30年ぶりだ。元気だったか」


「元気に決まってるじゃない。病気になれって方が無理な話よ」


男は顎から手を離して、指を鳴らした。


「ああそうだったな。お前は昔っからわんぱくな子でーーー子供の頃、兄妹喧嘩で俺の右手の親指を食いちぎりかけたのは今でも忘れられない」


「あれについては何度も謝ったじゃない。それに今となっては、ってもんでしょ」


「今となってはって話だからこそ、だろ?

・・あの時の俺の親指の味の感想を聞いても?」


「もう・・兄さんのいじわる」


男は30年ぶりの妹との再会が嬉しいのか、昔のことでからかいながらも微笑した。

光子もバツが悪そうに舌をちょろっと出しながらも微笑した。


「時代がめまぐるしく変わっても兄さんは全く変わらないのね・・。

夏美ちゃんはあんなに良い子なのに・・

意外と親子の性格って似ないものなのかしら」


「ああ、そうかもしれないぞ。兄妹は似るけどな」


「ちょっとそれどういう意味よ・・

それより夏美ちゃんは?今日は家に居ないの?」


兄の追撃を避けるように光子は話題をそらした。


男は光子から目をそらした。


「病院だよ。医者によると体のあちこちが悪いらしい・・母親も体が弱かったんだ、納得できる話だが」


「!!

ごめんなさい、そうよね、自分の『フール』から会ってなかったから全く”そういうこと”考えてなかったわ・・」


「いや、それが普通さ、お前が気にすることじゃない・・

これから、夏美の見舞いに行こうと思うんだ。明日は大事な日だし・・

それで夏美にお弁当を持っていくんだが、どうしたらいいと思う?」


光子はここで理解した。兄さんが考えてたのは、悩んでいたのは、この”お弁当”のことだったのだ。


「・・兄さんがそこまで気にするってことは、買えばいいって話じゃないんでしょ。

でも、兄さんも私も料理なんてする以前の問題があるじゃない・・」


「明日はあの子の大切な日だ。今日の夜はきっと病院でも美味い食事が出るだろう。

だから昼食は、久々の親の手作りってもんを食わせてやりたいんだ」


男は固い決意を持っていた。そこには男の娘への懺悔と、己への無自覚な後悔も含まれていた。


光子は兄の表情から妹にしかわかりえないその決意を、悟った。


「わかった。

昔使ってた料理の本が倉庫の奥にしまってあるはずだから貸してあげる。

それを見ながら何とか作ってみることね」


「料理の本なんて持ってたのか!

ありがとう。光が見えてきた・・」


男と光子は家の中に入った。

光子は30年ぶりの我が家を見て懐かしそうに目を細め、微笑した。


「10時半か。昼までには病院に着いていたいーーー早速始めるか」


男はキッチンに入った。

ーー何年か前まで夏美が使っていたキッチンだ。男は今も隣に愛娘が立っている錯覚を覚えた。


光子はテーブルに座り、テレビをつけてニュースを見始めた。

いつも変わらない顔のアナウンサーが機械的に最近の世間模様を伝えている。


「政府は増え続ける人口問題の解決策として20年前の2100年に実現された火星移住計画に続き、新たに木星の衛星の一つであるエウロパへの移住計画をーーー」


「そういえば今は光子は火星に住んでるんだっけ?」


キッチンから料理のトントンっという音や、ジュージューという音を響かせながら、男は尋ねた。


「ええ、そうよ。

まだ開発されてちょっとしか経ってないから地球ほど暮らしやすくはないけれど。


だから兄さんが明日の夏美ちゃんの『フール』に招待してくれてとても嬉しかった。

久々に地球の橙色の夕焼けを見るのが今から待ち遠しい。

火星の夕焼けは青色だもの、ロマンはあっても1日の終わりを告げる美しさには欠けるわ」


「やはりな。我々の故郷は地球だ。環境に身体は適応できても心は違うさ。

ーー光子、そのテーブルの上の醤油をとってくれないか」


光子は画面から目を離し、すぐに手前にある醤油の小瓶を見つけた。


「ちょっと待って・・手が塞がってるからーーーちょっと『アレ』出すわね」


数秒ほどして、光子の手がキッチンの入り口にのびてきた。醤油瓶を持っている。

男は顔は動かさず、視線だけ手の方に向けて醤油瓶を受け取った。


キチンと計量カップではかって、フライパンに注ぐ。こうでもしないと男の場合、味が壊滅的なことになる。

しかしーー


「『適量』とはなんだ、『適量』とは。これでは料理をする度に味が変わるだろうが。


・・先人達の感性を疑うな」


最後の一言は自分だけにしか聞こえないくらいの声で呟いたつもりだった。

だが光子の反応を見る限り、妹にはばれていたようだ。


「偉大な先人達はそれだけで充分だったのよ・・

お母さんも佳恵さんもそうだったに違いないわ」


「俺が天国に旅立ったその暁には、昔の料理模様を聞いてみたいもんだ。

ーー行けたらの話だがね」


かくして、男の料理は終わった。肝心の味によっては二重の意味で『終わった』かもしれないが、こういうのは心の問題なのだ。心のありようなのだ。


男はそう自分に無理矢理言い聞かせて、味見もせずに弁当を詰め始めた。


光子は男が調理し終わったのをキッチンからの音で察して、テレビ画面の左上に表示されている時間を確認した。

数字はちょうど、12時を伝えていた。


「そういえば兄さん、兄さんの食事は?私はもう済ませてきたけど・・」


「ああ、大丈夫だ。病院へ行く途中に済ませるよ、ほら」


男は妹に自分の手のひらサイズの小袋をちらつかせて微笑する。

光子も微笑を返しながらため息をついた。


「兄さんは大食なのも変わらないのね。私がそんなに食べたら、それこそエウロパまでひとっ飛びしちゃうかも」


「はっ、今の俺達なら宇宙の果てまでも飛んでいけるさーー

留守を頼んでいいか?」


男はよそ行きに着替えた。黒のコートを羽織りキャップを被る。


「ええ、ごゆっくり・・。

兄さん、その格好もう少しどうにかならない?

何というか、その・・ひと昔前の『不審者』みたいよ。恥ずかしいわ」


男は首を横にふった。


「これでいい。

それに今の時代に『俺達』の中に犯罪を犯すやつなんていない。みんな知ってることさ、変な目で見られることはないだろう」


男は光子と別れて玄関を出た。


病院は自宅から20キロ離れた所にある。急げば、5分で着くだろう。


「現代の技術に感謝ってとこか。くそったれ」


そう呟くやいなや、男の姿は自宅前からすでに消えていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

病院は、高くそびえる様々な企業や組織のビル群の中にあった。

街の歴史としてはビル群よりもはるかに先輩であるその病院はずっとその場所にあり続けたためか、所狭しと並ぶ高層建築の中にパズルのピースのようにうまくはまっていた。


技術が進歩しても増え続ける人口に対して病人の数は依然として変化せず、割合的には妥当といえる都会の街並みである。


時刻は昼の12時半。

男は病院へ入り、まっすぐ受付へと向かった。

受付係に娘の名前を伝え、許可証を受け取る。


「娘さん、明日は『フール』なんですね。誠におめでたいことです」


男が病室に向かおうとすると受付係の女性がにこやかにそう話しかけた。

見た所、この女性はとても若くーーまだ20代そこそこだろうか。


「ありがとうございます。とはいっても娘は少し緊張しているようですが」


「だから安心させる為にわざわざお見舞いに?お優しいお父様ですね。

私の父もこんなふうだったらいいのに・・

やっぱり『フール』を迎えないとあの体たらくは変わらないのかしら」


女性は自分の髪をいじりながら口を尖らせ、困った顔をしてため息をついた。


男は自然と女性の表情に安堵を覚えた。女性に微笑して、許可証に書いてある番号の病室へと向かう。


「856号室、ここか」


扉をノックして病室に入った。

病室は全室が個室だ。だから中に置いてあるベットも一床だけだ。


「やぁ夏美、元気・・ではないだろうが、久しぶり」


男が声をかけると、布団がもぞもぞと動いてーー夏美が起き上がった。


「・・誰だい?私の名前を呼ぶのは?んん、ええと・・?」


「俺だよ、夏美。お前の父親だ」


男は愛娘に近寄り、微笑した。

男の答えを聞くなり、夏美の表情は驚きから喜び、そこから怒りと様々な感情に彩られた。


「父さんかい!!久々だね、まったく!父さん聞いてよ!!

ここの病院の連中といったら、医者も看護師もみーんな同じ顔しか私にしてくれない!

終わりが近い私を心配させないようにってことだろうけど、気持ち悪くて仕方ないよ!」


「大丈夫だよ、夏美。お前はまだ終わらないさ。

明日は『フール』だ、めでたい日だ・・

ほら、お前の為に弁当を作ってみたんだ」


男は憤慨する夏美をなだめながら、風呂敷包みに包んだ弁当箱を差し出した。

弁当を開けるや否や、夏美の目は大きく見開かれた。


「父さん・・?これ父さんが?

あらやだ、父さんの手料理なんて食べるのたぶん二度目よ。

前に食べた時は私が小さい頃だった・・覚えてる?母さんが病気で死んだ日に父さんが私につくってくれたのよ」


「そんなこともあったっけな」


「ええ、あったわ。

ずっと泣き止まなかった私に、父さんが私の大好物だった和風ハンバーグをつくってくれた・・・

ふふっ、懐かしいわねぇ。私が食べる前に父さんが味見をして苦い顔をしたのを見て、ハンバーグの味を察したのを覚えているわ」


夏美は感じ入ったように目を細めた。しわの刻まれたその目尻に涙を浮かべている。


「なら、ちょうどよかった。今日の弁当も和風ハンバーグだぞ。

もしかしたら、昔よりも味がマシになってるかもしれない・・」


「ええ、いただくわ。

・・もぐもぐ、あら父さん、醤油を入れすぎたのね。しょっぱくて、とてもおいしい」


「すまん、『適量』がわからなくてな。

しかし、しょっぱいのにこれまた美味いってのは矛盾してるんじゃないか」


夏美は料理を味わいながら、自分の父親の顔を見つめた。


「いいえ、こういうのは心の問題よ、心のあり方なのよ。私は父さんが私の為にお弁当を作ってくれたことがとても嬉しい。

・・ってこれって父さんが昔から言ってたことでしょう」


「ああ、そうだったな」


男はわき見をして、右の人差し指で頰をかきながらそう答えて微笑した。


夏美が弁当を食べ終わった後、明日の『フール』について説明した。

夏美は終始不安がっていたが、男が一緒についていると言うと、少し安心したようだった。


親子水入らずの会話を愉しんでいると、いつの間にか日が落ちかけていた。

愉しい時間はあっという間というが、誠にその通りである。

男は立ち上がり、帰り仕度を始めた。


「じゃあな、夏美。今日は楽しかった。明日はおばさんと一緒に来るからな。明日の朝は早いぞ、しっかり寝ろよ」


「わかってるわよ。おばさんによろしく。それじゃ、おやすみ。父さん」


夏美が年老いてしわくちゃになった手をふってくる。

そのまま男は病院を後にした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

男は家路を歩いていた。

行きとは違い、時間はある。運動にもちょうどいい。


病院の近辺は都会だからか人が多い。


人混みの中、男は突然形容しがたい気持ち悪さに襲われ、途中で立ち止まった。


何も人間恐怖症というわけではない。それどころか、男としては真逆の立場である。


彼は現代では珍しくーーー人が、人間が好きだった。


素直な喜怒哀楽に満ち、ひたすら自己の発展と栄光の為に邁進し、時々、いやいつだって冗談では済まされない間違いを犯し、他者と共存しなければ生きることすらできないのに誠に自分勝手で、そのくせ心の底では常に愛情を求める情熱的な生物。


そして人間はその飽くなき情熱で土地を開発し、建築し、または農耕し、売買を始め、経済の概念をつくり、企業を設立し、技術も向上させて繁栄してきた。

そして。


「その結果がこれか」


男は目の前の、ゆうに雲よりも高く建っている高層ビル群を見上げた。

かつては空を仰げば、その深く暗い青やオレンジの境地に心地よく吸い込まれそうになったものである。

しかし、今は灰色の人工物の圧倒的存在に押しつぶされそうであった。


確かに時代の発展は人々に恩恵をもたらした。

まず、戦争がなくなった。技術の進歩で様々な問題の根本的解決により人間は3400年ほどかけて、やっとその無為なることに気づいたのである。


次に基本労働力が機械、ロボットになった。

100年ほど前までは人間がベースだったからか、随分とこれには抵抗運動があったようだし、『人間自身の退化』も危惧されていたようだ。


だがそれがどうした。


今更多少退化した所で何の不利益があろうか。

今更人間にどこの誰が危害を加えようというのか。


自然災害?それがどうした。技術の粋を詰め込んだ機械とシステムが事前にその予兆を察知し、人々に知らせ、どこに居ても地下のシェルターへと強制転送させてくれる。


果たしてこの変化は『進歩』となった。

ほとんどの人間は働く必要がなくなり、簡単に言えば楽に遊んで暮らせるようになった。


最後に特筆すべきは『新技術フール』の存在だろう。

戦争の消滅も、労働の完全機械化も、人類の栄光の約束もこの技術あってこそであるーー


ドンッ


道の真ん中で突っ立ったまま考え事をしていたからか、前から勢いよく走って来た通行人とぶつかってしまった。

たぶん、相手は急いでいたのだろう。ぶつかられた男は衝撃でよろけ、尻餅をついてしまった。


男は相手の顔を見た。


「・・すみません。邪魔をしてしまって」


もごもごと相手に謝る。

この衝突は完全にぼんやりしていた男の非だった。

だから


「なんだテメェ、このクソオヤジ!

ボケっとしてんじゃねぇ!ぶっ殺すぞ!!」


という相手からの罵声を男はどこかで期待していたのかもしれなかった。

相手が額に青筋を立てながら睨みつけ、転んでしまった男を小突いたりしても、男にとってはそれは願ってもないことかもしれなかった。


しかし相手の態度は、おおよそ男の予想した通りであった。


「こちらこそすみません。大丈夫ですか?お怪我は?」


相手は男に向かって手を差し伸べ、微笑した。


ぶつかった相手だけではない。周りにいる通行人のほぼ全員が立ち止まり男の方を見つめて、微笑している。


「ええ、私は大丈夫です・・ありがとうございます」


男は諦めたように差し出された手をとった。


その男の顔も周りの人間と全く相違なく、微笑していた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「いやはや、滑稽な光景ですな」


町外れのどこかの場所で白衣を着た技術者が一人呟いた。

暗い部屋の壁に町中の監視カメラの映像を映しだして、ある一つのカメラの映像を見て感傷に浸っている。


そこにはマネキンのように全員が同じ表情を浮かべ、たった一人の道端で転んでしまった男の為に全員が立ち止まり、慰め、気遣う、"美しい"場面が広がっていた。


「素晴らしい・・

無駄なものを切り捨て、新たに便利で都合の良いものを付け足す・・なんと合理的なことか」


彼はただの一介の技術者ではない。現代の基盤ともいえる、『新技術フール』を生み出した天才であり、この技術の名付け親でもあった。


男は他のカメラの映像を眺めた。

ある家庭では両腕に内臓されたテレビを見ている。

またある家庭では鼻唄交じりの女性が花の水やりをしながら、背中から展開されたもう1セットの腕が長く伸びて部屋の掃除をしている。


技術者は満足気にソファに深々と座り込んだ。


「人間が老衰で死んでしまうのは何故だ?

体に老化物質が溜まって、肉体が劣化していくからだ。」


「人間が争うのは何故だ?

それは満たされていないからだ。何かしらの不満や不安を感じているからだ。確実に訪れる死の恐怖があるからだ」


「だったらその不安を根っこから取り除いてしまえばいい。

肉体が劣化してしまうのなら、脳を残して便利な身体に取り替えてしまえばいい」


それが、天才の提案であり人類の選択であった。


『フール』は老衰、病気または事故による死をきっかけとして新しい身体に交換することにより、半永久的に生きられる夢の技術だ。


初めは遺体から脳を取り出し、新しい身体の頭部に入れるだけの簡単な『作業』でしかなかったが、いつしか大袈裟な『行事』として集団で行われるようになった。


新しい身体はもちろん、元の肉体よりはるかに高性能だ。


脳だけに栄養をおくればいいので、今までのような食事は必要ない。老化を抑え、活動に必要なエネルギーを摂取できるサプリメントを必要な分だけとればいい。


だから味覚を感じる必要はない。


新しい身体はエネルギーを求めないので食欲は皆無だ。余った食料やサプリメントは後進国へ送られ、食料の分配は昔よりずっとスマートに行われている。


それだけではない。

手足の性能も向上を見せている。

腕にはあらゆる生活用品、例えば、調理器具や時計など、なんとテレビのモニターすら内臓されている。

脚には小型の噴出口がついている。どこかへ行くには空を飛んで行くのが一番効率的だ。

わざわざ律儀に歩く必要などない。

サプリメントさえ定期的にとっていれば、それこそどこまでも飛んで行けるだろう。

新しい身体は特殊な金属製なので、風圧や気圧の心配も皆無だ。


手足をたった二本で済ませておく義理もない。

背中部分と腰部分にそれぞれ更に二本ずつ『予備』として内臓してある。、


そして最大の特徴はその『外見』であろう。


人々の不満と直結する事象の中には差別がある。差別は生きている間、いつでもどこでもつきまとう。その最たるが身体的特徴だ。


ならば、人種だろうが、性別だろうが、全て同じ型の身体、同じ型の顔を用意してしまえば何の差も生まれない。


仕上げは表情。人間は簡単な生物で他人の顔を伺ってはその表情で一喜一憂する。

だったら全員笑っていればいい。例えば、赤ん坊が生まれた時に浮かべる『生理的微笑』ーーそう、全員がいつも『微笑』していれば何の怒りも悲しみも生まない。争いも起こらない。


『幸せな世界』の完成だ。


「『フール』が実施され始めてからまだ50年ちょっとしかたっとらん。

『フール』を終えたばかりの人間には違和感を覚える奴もいるかもしれないがーーなあに、直に慣れるさ。いや、慣れざるを得なくなる。そうやって人類は繰り返してきただろうが」


天才はやれやれと言うように両手をぶらぶらさせた。


「しっかし、この技術の名前の由来をちゃんとわかってる賢い消費者はどれくらいいるんだろうな。


これだけじゃあない。あらゆるモノやサービスの意味を、その存在意義を、それらの恩恵がもたらす未来を何人が把握している?理解している?考察している?


受動的な結果や効果しか望めない消費者(馬鹿フール)め」


天才はそう呟いてーー微笑した。

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