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まゐる


 翌日、貴明宛に書いた文を一成に渡して届けてもらうように頼んだ。今日は明次と三成の二人は宿直らしく、明日の朝に帰ってくると言っていた。

 梨壺が来ることを警戒してなのか、外へと今日は出かけない兄弟たちは庭で小夏丸と遊び、蹴鞠や双六をしていた。

 男手が必要な時は呼ぶとすっ飛んでくるように、一斉に兄弟が来るので宥めるのが大変だと小竹が呟いていた。

 すっかり縫い物が上達した七尾には直衣の縫い方を教えつつ、隣に座っている八代には筝の弾き方を教えた。二人ともいつも覚えようと真剣にやってくれるので、こちらとしても教え甲斐があって楽しいのだ。

 そこへ小竹が布の包みを持ってやってくる。

「では姫様、市に行ってきますので、他に必要なものはありますか?」

「そうね……。新しい糸を買ってきてくれるかしら。色は白でお願いね」

「分かりました。今日は買うものが多いので、少し遅くなるかもしれません」

「一人で大丈夫?」

「えぇ、種類は多いですが、大きい物はないので」

「そう、気を付けてね」

「はい。行ってきます」

 小竹が去っていくと、夕凪が御簾の向こうからやって来た。

「姫様、浜木さんが久しぶりに唐菓子を作ろうかと仰っているのですが、お食べになりますか」

「あら、それなら、皆さんの分と一緒に一成様達の分も作るように言っておいて。あとで、別に分けてもらっておいてね」

「畏まりました」

 この間、市に行った小竹がおまけとして干棗を貰った際に、出仕している以外の兄弟たちが全部、干棗を食べきってしまったと聞いて、明次がとても残念がっていたのだ。

 やはり、誰でも菓子は好きらしいので、それからは出来るだけ三人の分も残しておくようにしている。

 黙々と筝を爪弾いていた八代がふと顔を上げて、手を止める。

「どうしたの?」

「姫様、今、音が聞こえました」

 縫い物をしていた七尾も手を止めて、耳を傾ける。

「音? ……本当だわ。確かに何か叩く音が……」

 その言葉に雪子は自然と立ち上がっていた。

 雪子の表情に二人もはっとしたように身の回りを片付けて、立ち上がる。

「私、兄弟達を呼んできます!」

 七尾と八代が西の対屋へと急ぐように早足で行く。

「姫様、姫様……」

 そこへ先ほど、台盤所へ戻ったはずの夕凪が再びやってきた。その手には持っているのは紛れもなく、いつもと同じ陸奥紙の文だった。

「使いの方が雑舎の方まで回ってきて、この文を渡してきました」

「っ……」

 震えそうになるのを必死で圧し留め、雪子は文を受け取り、開いていく。

 だが、そこにはいつもと違う内容が書かれていた。

「……梨壺へ来なければ、今まで援助したものを全て返せと書いてあるわ」

「そんな……っ」

「もし、出来ないならば、この屋敷を右大臣家の別荘にするから、地券を寄越せ、と」

 自分でもかなり冷静に読むことが出来たと思うが、夕凪は口を袖で押さえながら何かを飲み込もうとしている。

 そこへ、兄弟達と一緒に七尾と八代が小走りで戻ってくる。

「姫様、梨壺から文が来たって聞いたが、本当ですか!?」

「えぇ、これを読んでみて下さい」

 雪子は良明に文を見せると彼もまた、眉を寄せて怪訝な表情をする。

 内容が分かるのか、明悟と睦明もしかめっ面をした。

「何だこりゃ。酷いもんだな、梨壺の女御様は」

「姫様、どうしましょう……」

 困惑している夕凪達を宥めるように優しく頭を撫でていく。

「大丈夫よ。こうなる事は……何となく、分かっていたの。だから……行ってくるわ。終わらせるために」

 その言葉に皆が一斉に雪子の方を見る。

「梨壺に行くのは今日が最後よ。行って話をするの、もう縁を切ってもらうわ」

「上手く、いくでしょうか……」

 不安げに七尾が呟くと、八代もその周りの気配を察知してか、少し怯えたように七尾の袖を握る。

「昨日、ずっとどうするべきか考えたの。この屋敷をあなたたち兄弟に、一成様に貰っていただく事にしようと思うの。そして、わたくしは出家するからこの家を出て行くことにする、と」

「それは……。一兄が納得しないだろうな」

「本当に出家するわけではないわ。あくまでも名義は一成様で、地券ももう譲ったからこの屋敷を売る事は出来ない、と言い訳する建前よ」

「確かにそうすれば、屋敷が梨壺の手に落ちる事はないですね」

 夕凪が少しほっとしたように胸を撫で下ろす。

「あの人はわたくしがどこへ出家しようと構わず聞いてくると思うから、絶対に言わないことにして、援助の件は……」

 さすがに、今までの分を返すのは無理だ。

 どれほど援助してきてもらったのか分からないほどなのだから。

「……とにかく、話を付けてくるわ。もし、わたくしが夕方過ぎになっても帰って来なかったら、貴明様からお借りしている牛車を寄越して欲しいの」

 もしかするとこの間のように、牛車がなくて帰られなくなる可能性だってある。一応、迎えのことは考えておいた方がいいだろう。

「姫様、一人で行くおつもりですかっ? いけません、私もお供します!」

 夕凪が雪子の袖を掴み、行かせないように握り締めている。

「でも、あの場所はあなたにとっては害となるものよ。この間行ってみて分かったでしょう? わたくし一人で行くわ」

「それなら、尚更です。お願いします」

 どうやら引き下がるつもりはないらしく、涙を溜めた瞳でこちらに挑むように見ている。

「なぁ、一兄達に一言言っておいた方が良くないですか?」

 難しい顔をしていた良明が顔を上げて、何かを思いついたようにそう告げる。

「もし、二人がその場所に行ったとしても、兄貴三人が勤めているのは左近衛府だし、内裏の中の警備が仕事だろ? それなら、何かあったとしてもすぐに助けを呼びに行けると思うし、助けられると思うんだ」

 確かに、近くにあの三人がいると思えば心強い。

 良明の言葉に雪子は頷いた。

「では、どなたか一成様達に伝言を頼んでも宜しいですか。あと今、市に行っている小竹にも。志木、浜木にも行くと伝えて来てね」

「はいっ」

 志木は飛び出すように台盤所で仕事をしている浜木のもとへと走り、良明が一成達、明悟と睦明が小竹のもとへ行くと手を挙げてくれた。

「あの、姫様……お供なら、私も行きます」

 それまで黙っていた七尾が声を上げる。その手はしっかりと自分自身を握り締め、何かに耐えているようだった。 

 雪子は七尾の両肩に手を置き、優しく微笑む。

「ありがとう、七尾。でも、七尾にはここの屋敷を守っていて欲しいの。ここにはまだ幼い子ばかりだから……。それに、牛車は多分、二人乗りだから、三人も乗ったらきっと窮屈で梨壺に着く前に気絶してしまうわ」

 皆、優しい子ばかりだ。一成が彼らを守りたいと思う気持ちが本当に分かる。

 出来るなら夕凪にもここに居て欲しいが自分の身に何が起きるか分からないため、助けを呼ぶには夕凪の力も必要だろう。

「いいわね、七尾。頼んだから……」

「はい……」

 七尾はこくこくと頷いていたが、見渡すと子ども達は悲しそうな顔ばかりしている。

 何が待っているのか具体的に分からなくとも、感覚的に分かるのだろう。彼らも自分と同じような思いを知っているのだ。

「大丈夫よ。必ず戻ってくるから待っていて。わたくしが行ったあとは、誰も入られないように屋敷の門はしっかり閉めておいてね。……では、行ってくるわ」

 まるで、子ども達を置いていくように雪子はその場を振り返らずに通り過ぎる。後ろからは夕凪の足音が静かに付いて来ていた。

 牛車はいつものように大きく揺れ、また人が多いところを通らなければならないのだろう。昼間だから、きっと夕方に呼び出されるいつもより、人目があることは間違いない。


 ……一成様。


 雪子は懐に仕舞っている一成から貰った扇のあたりに手を置く。自分には今までと違って夕凪や小竹達以外にも一成達兄弟が付いているのだ。

 だから、大丈夫なのだと何度も言い聞かせて心を落ち着かせる。それでも、やはり不安だけは拭いきれず、胸の奥に溜まっていくばかりだ。

 雪子は久しぶりの梨壺への訪問に、重い足取りのまま向かうしかなかった。


   

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