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くれなゐ


 どこに行くか知らされないまま、出かけると言っていた明後日を迎えた。

 貴明から借りた牛車は六人乗りで中々広いため、雪子と夕凪、小竹、そして七尾と八代が乗る事にした。

 浜木は屋敷で留守番すると言っていたので、残念だが任せることにして、女五人で乗り込むことにする。


「それにしても、よくこんなに大きくて広い車を借りられましたねぇ」

「貴明様は、今から出かける所へは来られないのでしょう? 何だか悪いことをしたわ」

 雪子がそう申し訳無さそうに言うと、七尾が横に首を振る。

「気にしなくて大丈夫ですよ。出仕があるとのことなので、仕方ありません」

「七尾と八代はこれから何所へ行くのか知っているの?」

「いえ……何でも、兄弟たちが私たちにはずっと内緒にしているみたいなので……」

 本当にどこに行くのか分からないようだ。

 ふと物見から外を見ると牛車の横を子どもたちが楽しそうにはしゃぎながら歩いているのが見えた。子どもが毎日歩いて帰ってこられる距離なので、それほど遠くはないのだろう。

 しかし、今日は晴れて本当に良かったと改めて思う。

「でも、とても楽しみにしているみたいだったので、きっと良い場所なのだと思いますよ」

「そう……ね、わたくしも楽しみだわ」

 どこに行くのだろうと気にしながらも雪子たちはお喋りに花を咲かせていた。自分達にとっても久しぶりの外出なので、嬉しいのだろう。

 暫くしてから、牛車が速度を落としはじめ、やがて停まった。

「どうやら着いたみたいですね」

 小竹が簾をゆっくりとあげていくと、そこは小さな庵のようだった。

「ようこそ、いらっしゃいました」

 先に到着いていた一成が階の上で自分たちを待っていた。

 着ている直衣は自分が縫ったものだ。

「足元にお気をつけて、降りてください」

「一兄様、ここってもしかして……」

 七尾の言葉に一成は軽く頷く。

 牛車から降りた雪子は一歩一歩その庵の中へ入っていく。開け放っている戸の向こうには明るい色が見える。

「どうぞこちらへ」

 一成に勧められるまま雪子はその明るさの方へと向かう。庵の中は暗いはずなのに、その奥がとても明るく見えるのは何故なのか。

 ゆっくりと、だが心が急かしていく。そして、それを見た。

 一瞬、そこか何所なのか分からなくなりそうなほど、明るい世界だった。

「これは……」

 息を飲み込み、その景色から目が離せなくなるほど美しい紅色が一面にあった。

 全て紅葉だ。

 屋敷にも紅葉の木は数本植えてあるが、ここの紅葉とは比べ物にならない。この場所は他に見渡す場所がないほど紅葉の色で満たされていた。

「絵巻物の中みたい……」

 雪子は思わずそう呟くと、隣にいた一成が小さな笑い声を上げる。

「確かに、そうですね。……前の持ち主もそのような気持ちで、ここで過ごしていたのでしょう」

「ここは……どこなのですか?」

「元々は私の祖父の持ち物です。ですが、古い友人から譲られたと言っていました。その友人がここで紅葉狩りをするたびに、祖父は呼ばれていたらしく、よくここで語らっていたそうです」

 こんなにも美しいものがあったのかと思わず溜息を吐いてしまうほど、この場所は本当に美しかった。

 子どもたちのはしゃいでいる声が聞こえて、簀子に出て見ると、兄弟たちと志木が楽しそうに紅葉の上を駆け回っており、階には三成と睦明が座り、ぼんやりと紅葉を見ていた。

 いつのまにか、小竹たちも紅葉の木の下まで見に行っている。夕凪と七尾は落ち葉から綺麗な葉を探しているようだった。

「実は兄弟たちにこの場所を掃除してもらっていたのです」

「そうだったのですね。通りで昼間にいないと思いました……」

「ここに来るのは久しぶりでしたから。姫君達が来るのに、汚れたままではいけませんから」

「あとで、ご兄弟にもお礼を言わないといけませんね」

「いえ、それは大丈夫です。むしろ今日の紅葉狩りは姫君にいつもお世話になっているから、お礼がしたいと兄弟たちが言ってきたのですよ」

 後ろに立っていた一成が穏やかそうにそう告げる。

「そんな……わたくしは、何もしていません……」

 雪子はその場に座り、周りを見渡すと足元まで、紅葉の葉がいくらか落ちている。自分を取り囲む紅の世界から出られなくなってしまいそうだ。

「あなたの屋敷に引っ越してから、兄弟たちは前よりも笑顔が増えました。毎日、とても楽しそうなのです」

 静かに一成が隣に座ってくる。美しい世界が二人だけのものようにさえ思えてくる。一成が着ている縹色が余計鮮やかに見えるほどだ。

「そして、これが私からのお礼です」

 懐から文箱のように細長い小箱を取り出し、それをそのまま雪子へと渡してくる。

「開けて構いませんよ」

 そっと、その小箱を開けていくとそこに入っていたのは扇だった。

 その扇を手にとり、ゆっくりと開いていくと、そこに描かれていたのはどこまでも続きそうなほど鮮やかな夕焼けの空だった。

「綺麗……」

 思わずそう呟くと一成は優しく微笑んだ。

「あなたと出会った時は夕焼けが特に美しい日だった、というのもあるのですが……。何故かあなたはとても夕日が似合う方だと思いまして」

「えっ……あっ、これをわたくしに……ですか?」

「いつもお世話になっているお礼に送りたいのです。どうか貰って頂けませんか」

 ふわりと涼しい風が吹き通り、木々が揺れて、落ち葉がさらに舞い上がる。

「私の気持ちだと思って、あなたに受け取ってほしいのです」

 一成がそう言葉を紡ぐ。

 今、彼の顔を赤くしているのは舞っている紅葉の色が反射しているのか、それともまた別のものなのか。

 だが、どちらでもいいと思った。自分のためにこの扇を用意してくれたという心遣いが一番嬉しくて仕方なかったからだ。

「……今、使っているものはこちらの小箱に仕舞っておいて、今日から頂いた扇を使わせて頂きますね」

 懐から扇を取り出し、そっと小箱の中へと収めて蓋を被せる。

「前から思っていたのですが、随分とその扇を大事にしていらっしゃるのですね」

「えぇ。……かなり傷んでいるのですが、宝物なのです。他の扇を使いたかったのですが、こちらしか持っていませんでしたから……」

「そうでしたか。どなかたに貰ったものですか?」

「はい。父と母が、わたくしが丁度、七つになった時に用意してくれたものです」

 長い間ずっと、この扇しか使ってこなかった。

 だが、やはり思い出のものは静かに仕舞って大切にしておきたい。

「ですが、一成様から頂いた扇もちゃんと丁寧に使わせていただきます。……これも、わたくしにとっては宝物ですから」

 広げた扇の鮮やかな色は今まで自分が見てきた夕日と同じだった。この扇の絵を見るたびにきっと、一成の事を思い出すだろう。

「……気に入っていただけましたか?」

「はい、とても」

 扇で口元を隠しながら、雪子は目を細めて優しく笑うと、一成もつられるように笑顔を見せる。

「では、改めて紅葉狩りをしましょうか。浜木さんにこちらの筥に料理を詰め込んで頂いたのです」

 一成は横に置いてあった布に包まれたものを目の前に取り出す。その包みの結びを解いて開いてみるとそこには筥が四段重なったものがあった。

 しかも、もうひと包みあることは全部で八段あるということか。それを見て、雪子は小さく笑う。

「皆、食べ盛りですからね。ちょうど、貴明が生魚や季節の野菜などを届けてくれましたから、たくさん作って頂きました」

 確かに、兄弟たちはとても食欲旺盛だ。

 前までは遠慮していたため、それほど食べられなかったのかもしれない。

「私が皆を呼んで参りますので、ここでお待ちください」

「はい。では、こちらの筥を広げておきますね」

 一成の皆を呼ぶ声が風と一緒に流れてきて、とても心地良く感じる。

 ふと、筥の料理の上に数枚の紅葉が風で流されるように舞い落ちる。拾おうと思ったが、このままの方が趣き深いと思ってあえて拾わないことにした。


 何かを美しいと思ったり、嬉しいと思ったりするのはきっと、一成のおかげだ。背中を見つめながら、雪子は静かに目を閉じる。 

 自分と一成達兄弟が一緒に住まうと決めたあの日の判断を自分は後悔したことはない。それでも、不安は常に後ろから迫るようにやってくる。

 話したら、大丈夫だと言ってくれるだろうか。

 雪子は目を開けて、もう一度、一成を見る。頼れることは嬉しいが、迷惑はかけられない。

 梨壺が次に来た時の対策と一緒に縁を切ることを考えなければ、穏やかな日々を得ることは出来ない。


「姫君、準備は大丈夫ですか?」

 見ていた背中がこちらへと振り返る。

「はい。もう、皆さん来られてもいいですよ」

 外からは楽しそうな声が近づいてくる。

 皆、こちらへ戻ってきているのだろう。

 ここに居る皆の生活を守るためにも、自分から行動しなければ、変えられないものもある。雪子はそっと一成から贈られた扇を握り締め、その時を待つことを隠すように笑顔を見せる。

「一成様、今日はありがとうございます」

「いえ……。まぁ、私達が休みの日であれば、また皆でどこかへ出かけましょう。参詣でもいいですし、花見でもどこでも」

「はい。……ありがとうございます」


 何気ない穏やかな日々のために、何を犠牲にすればいいのかはまだ分からないが、守るためには何だってしよう。

 たとえ、自分の身も心を削れてしまうのだとしても。


   

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