つきみ
ふと、目が覚めると、いつの間にか周りに居る者達は殆ど眠っていた。どうやら、酒を飲んだせいで眠ってしまったらしい。
一番飲んでいた明次など、瓶子と杯を両手に持って大の字になって寝ている。子ども達もそれぞれが重なるように眠っていた。
今日は風が吹かないので、それほど寒くは感じないが放って置いて風邪を引いたら大変である。雪子は急いで周りで寝ている者達を起こした。
「あぁ、すみません、姫様……。つい、眠ってしまって……」
小竹と浜木が欠伸をしながらすぐに起きる。
「ほら、皆さん! こんな所で寝たら風邪引きますよ! 今日はもう、お開きです!」
小竹は次々と子ども達を叩き起こしていく。一方で、早めに起きた夕凪と七尾は浜木を手伝って片付けていた。
「あれ……一兄は?」
成久が目を擦りながら周りを見渡している。
「まだみたいだな」
「やっぱり、抜け出すのは難しかったみたいだねー。仕方ないか」
もう、夜も遅い。
月がいつの間にか空高くまで上がっていた。
「おーい、お前たち。ちゃんと片付けするんだぞー。睦明は小夏丸を小屋へ戻してこい。ほら、八代、寝るな! あぁ、兄貴達も空けた瓶子くらい片付けろよ……」
良明が重そうな体を動かして、次々と言いつけていく。おかげで、片付けはあっという間に終わっていた。眠そうな兄弟たちを引きずるように明次と良明が抱えて西の対屋へと連れて行く。
洗い物は明日に回して、もう皆寝るのだろう。その前に、と雪子は台盤所へと向かう。
まだ、浜木がそこにはいた。
「ねぇ、浜木。……まだお酒は残っているかしら」
「お酒ですか? まだありますが……」
「持っていっていいかしら」
理由は聞いてこないが、浜木は何かを察したのだろう。笑顔で頷いて、すぐに瓶子と杯を二つ用意してくれた。
「ありがとう。片付けは明日に回して、今日は浜木も休むといいわ」
「えぇ、そうさせて頂きます。では、おやすみなさいませ」
「おやすみなさい」
真っ暗な渡殿を雪子は恐れもせず、進んでいく。
遥か向こうの方に見える月明かりが頼りだ。
先ほどまでいた寝殿前の簀子に瓶子と杯を載せた折敷を置いて、一人佇む。別に好きで待っているだけだ。
もしかすると帰ってくるかもしれないし、まだ遅いかもしれない。それでも、何となく待っていたいと思った。
庭から聞こえる虫の音は涼やかで、聞いていて心が落ち着く。かがり火はすっかり消えてしまったが、池の水面には月がそのままの姿で映っていた。
耳を澄まし、秋の音を聞いていると土を踏む音が微かに聞こえ、雪子は顔を上げた。階の下には一成がいつの間にか帰ってきていたのだ。
「あ……お帰りなさいませ」
「遅くなって申し訳ありません。ただ今、帰りました。どうやら宴は終わっていたみたいですね」
一成は少しだけ残念そうに呟きながら、階を上ってくる。
「……もしかして、待っていて下さったのですか」
「あ、あの……えっと……。……はい」
確かに宴が終わったのに待っていたというのは一成からしたら不思議に思うことだろう。その不自然さにやっと気付き、雪子は思わず顔を逸らした。
「あ、貴明様は……」
「酔いつぶれたので、二条の屋敷に置いて来ましたよ。本当はもっと早く帰ってくるつもりでしたが、中々抜け出せず……大変申し訳ないです」
「い、いえ……お仕事ですから。それに、重陽の宴をしようと思いついたのは突然でしたし……」
「それでも、参加したかったですね。こちらの方が楽しそうですから」
少し疲れ気味に一成は苦笑する。
やはり、宮中での宴は大変なのだろう。
「あの……お酒、まだ残っていて……。宜しければ気分だけでも味わいませんか?」
雪子は一成の目の前に先程持ってきた酒を差し出す。
「おや、それは姫君にお酌して頂ける、ということでしょうか」
一成はどこか嬉しそうにその場に座る。
「……まぁ、そういうことになりますね」
早速、杯を一つ渡して、そこに酒を注いでいく。
「この酒は貴明が持ってきたものですか?」
「はい、そうです。一成様はお酒で酔ったことはありますか? 今日の宴では明次様も三成様も酔っていたようでしたが……」
「どうでしょう……。人前で飲む場合は酔わないように努めていますからね。まぁ、今でしたら酔ってみてもいいかもしれません」
そう言って、杯の酒を少しだけ口に含める。その姿があまりにも目に焼き付いてしまう程、様になっていて見惚れてしまう。
「姫君は飲まれないのですか」
「わたくしは……先程、飲みましたので」
少しだけ寝ていたおかげで、頭はすっきりしているが、これ以上飲んだら、本当に酔いつぶれかねない。
「それは残念ですね。……ですが、二人きりでこうやって酒を飲みながら月を眺めるのもたまにはいいかもしれませんね」
一成がそう言うので雪子は思わず小さく笑ってしまった。
「すいません、笑ってしまって……。わたくしも、今、一成様が申したことと同じようなことを先程思っていたので……」
「たとえば、どのようなことですか」
「ここで、紅葉を見ながら宴や雪見、月見をたまにすることが出来たら楽しいだろうと思っておりました」
「いいですね。時季的にもうすぐ紅葉が見頃ですから、今度は紅葉狩りですね」
「えぇ……」
ふと二人の間に沈黙が流れる。
その静けささえも心地良かった。
「……本当は待っていて下さって、とても嬉しかったです」
「え……」
「宴に参加出来なかったことは残念でしたが、姫君と二人きりで過ごすことが出来ましたから、遅刻することもたまには悪くないですね」
「……もう、一成様は口がお上手ですね。そのように言われると勘違いしてしまいそうです」
雪子は一成の顔を見ないようにしながら、空になった杯に酒を注ぐ。
「勘違い、ですか」
「はい」
すると、一成は噴き出すように小さく笑った。
「そう言ってもらえると嬉しいですね。勘違いついでに、もう一つ。……私がこのような事を言うのはあなたの前だからですよ、姫君。勿論、他の女人の前などでは言いません」
「……一成様は優しいお人ですから、言い寄ってくる女人は多そうなのですが……」
失礼だと思いつつもそう言うと、一成は更に笑った。
「確かに、言い寄ってきた方は何人かいました。ですが、私があまりにも兄弟の事ばかり話すので、すぐに幻滅される方ばかりでした」
「まぁ……」
「おかげで橘一成は女が出来ても兄弟に現を抜かす、と噂まで立ってしまい、それ以降は女人から話しかけられることはなくなりましたよ。それを聞いた貴明は大笑いしていましたが」
その姿が簡単に想像出来て、雪子もつい笑ってしまう。
「だから、そこは安心して下さい」
まるで、自分の心の中を見抜くように一成は自分を真っ直ぐ見てきた。
「……はい」
どこか、一成の言葉に心から安心してしまう自分がいた。他の女人に言い寄られていないと聞いて、嬉しく思ってしまったのだ。
そう言ったら、一成はどのような反応をするだろうか。
「……今日はもう少しだけ、一成様とお話したいです」
雪子は視線を外しながらそう告げると、一成は笑みを浮かべて頷いた。
「私もそうしたいと思っていたところです。もう少し、話に付き合っていただけますか」
「はい」
同じ事を考えていた、ということに喜びを感じてしまう。一成の一つ一つが心に沁みるように伝わってきて、自分の中へと溶けていく。
まだ、一緒に居たいと思ってしまう。
その晩、雪子と一成は瓶子の酒が空になり、月が傾いてくるまで語り合っていた。




