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まうく


 長月に入っていくつかの日々が過ぎたころであった。

「重陽の宴、ですか」

 朝、いつも通りに一成を見送るために階近くまで外へ出ていたら、何気なくそう告げてきたのだ。

「はい。貴明があまりにも一人では気が滅入って嫌だと言うものですから、仕方なく付き添いで行こうと思いまして」

 どうやら、宴が嫌いな貴明に半ば無理やり連れて行かれる、といった所だろう。自分には縁のないことだが、こういう事はきっと大事な仕事の一つなのだ。

「では、一度お帰りになられて……」

「いえ、そのまま行きます。というよりも、宮中での宴ですから。帰りは遅くなるかもしれませんが、夕餉は私の分は用意しなくて大丈夫です」

「分かりました。……では、お気をつけて」

「はい。行ってきます」

 一成も宴は苦手だと言っていたが大丈夫だろうか。出仕する一成を見送ったあと、何となく庭を見るといつの間にか菊が咲いているのを見つける。

「もう、重陽の季節だったのね……」

 そういえば、もう何年も重陽の節句をしていない気がする。せっかく、菊も咲いているのだから久しぶりに愛でるのもいいかもしれない。

 台盤所に顔を出し、小竹と浜木に声をかける。

「ねぇ、今日は重陽の節句なのですって」

「もう、そんな時期ですか」

「米はないですが、粟ならありますよ。それに栗もありますから、混ぜ込みで炊いてみてはどうでしょうか」

「あら、いいわね。確か……貴明様から頂いたお酒もあったわよね」

「ありますけど、ここに居る人は元々誰も飲まないですからねぇ」

「明次様や三成様ならお飲みになるかもしれないわ」

「一成様はお酒、お嫌いなのですか?」

 酒を置いておいた場所を浜木は早速確認している。誰か客人が来た場合にとっておいたが、こういう時に役に立つとは思っていなかった。

「今日は重陽の宴に呼ばれているらしいから、帰ってくるのが遅いのですって」

「へぇ、珍しいですね。……夜に月が出るなら、簀子で簡単な宴でもします? 寝殿前が一番、庭が綺麗に見えますよ」

「宴、ね……。いいかもしれないわ。それなら、菊を何本か切ってもらって、飾りましょう。お酒に浮かべる分もついでに切ってもらって……」

 そこへ、夕凪と七尾がお膳を片付けにやってくる。

「二人ともちょうど良かったわ。今日の夜にね、重陽の宴をここでしようと思っているの」

「宴、ですか?」

 二人は顔を見合わせて首を傾げている。

「寝殿前の簀子で、菊の花を飾って、お酒を飲むの。あとは粟に栗を混ぜて炊き込んだものを用意するつもりよ」

 そう言うと二人の表情がすぐに明るくなった。これは楽しみな証拠だろう。

「私、兄弟にも言ってきますね!」

 持っていたお膳を浜木に渡して、七尾は来た道を戻っていく。

「……そういえば、七尾が言っていたのです。前のお屋敷では、楽しく宴が行われていても自分達は中に入ることは許されなかったって……。気を利かせて貴明様が料理や酒を持ってきてくれて、自分達にも楽しませようとして下さったって言っていました」

 去っていく七尾の後ろ姿を夕凪が少しだけ悲しげに見つめる。

「……あたし、お膳を片付けたら買い物に行って来ます。せっかくですから、料理の品数を増やしたいですし」

「そうですねぇ。それなら、志木達に頼んで魚でも釣ってきてもらいましょうか」

 浜木もいそいそと志木達がいる西の対屋へと向かう。

「……どうやら、気合を入れて準備しなくてはいけないみたいね」

 子どものように肩を竦めて雪子がそういうと小竹も夕凪も小さく笑い声を上げる。宴をするのは本当に久しぶりだ。


 ……でも、一成様も一緒だったら良かったわ。


 他の宴に呼ばれているのでそれは仕方がないことだが、それでもやはり一緒に宴を楽しみたいと思う。

「夕凪、菊を庭から何本か切ってきて貰っていいかしら。飾る分とお酒に浮かべる分を」

「分かりました!」

「小竹も買い物に行ったあとでいいから瓶子が他にもなかったか、御倉から探してきて貰える?」

「確かに、今ある分では宴をするには少ないですね。後で行って来ます」

 次々とやる事が決まっていく。宴と聞いて胸がこれほど踊るのは何年ぶりだろう。恐らく皆がいなくなってから宴など開いた事がないので、六年ぶりだ。


 昔、梨壺の女御が宿下がりする際に花見の宴と重なって、自分も無理やり呼ばれた事があるが、やはりいい思い出などなかった。

 ただ好奇の対象として次から次へと自分の姿を見にくる者ばかりで、その度に小竹が睨んで相手を威嚇していたことを覚えている。


 でも、今日は違うのだ。これは自分達のために開く宴で、皆に楽しんで貰うための宴だ。

 雪子は隠しきれない笑みを零しながら西の対屋へと向かう。子ども達にいくつか頼みごとをして手伝ってもらおう。

 やることはたくさんあるが、きっとあっという間に終わってしまうに違いないだろう。


    

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