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ザ・ギルマン  作者: Lance
1/2

前編

 一機の軍用ヘリが、湖の上に差し掛かった。

 機体の下に四つの網が吊り下げられ、それぞれには金属製の大きな円柱状のカプセルのような物が入っていた。

 そのうちの一つが、危なげなく揺れている。操縦士も誰も積み込む段階では気付かなかったが、カプセルを包む網の状態は良好とは言い難かったのだ。

 飛行機が進む度に、今も少しずつ網を模る繊維の一本一本が弾け飛ぶようにして切れていっている。

 そして操縦士の二人のうち、一人がくしゃみをした時、偶然にも連動する様にして網が切り裂かれた。

 カプセルが下へと滑り落ちる。しかし幸いにも破れた穴が小さかったため、カプセルは半ばほどで止まった。

 そう思った時、網がついに致命的にまで裂け、カプセルは滑っていった。そしてそれは湖の中央へと落ちた。当時、湖は賑わっていて傍にはクルージングを楽しむ観光客達がたくさんいたため、少なくとも、彼らは飛行機から大きな積み荷が湖の中へ落ちていったのを目撃していた。ただし、運悪くカプセルが大きな岩にぶつかり、そこから悪意ある液体が漏れ出ていることにまでは気付けなかった。



 2



 ジョーと、アル、ジェイクの昔馴染みの三人は、アルの別荘に来ていた。

 三人はこの休暇を、北のロプ湖でニジマス釣りをし、あるいは部屋で飲んだくれながらポーカーに興じて過ごすつもりでいた。

 しかし、今の彼らは、別荘の二階の一室に立て籠もり、絶え間なく窓の外から様子を伺っていたし、備え付けの一丁の猟銃を誰かしらが必ず手にしていた。

 奴らはどこだ? ジョーは下に伸びる舗装されていない山道を見下ろしつつ、その姿を探った。

 ひょっとしたら、湖の方に戻ったのだろうか。何せ、奴らは湖の方から現われたのだ。

 ロプ湖はちょっとした観光シーズン中なのだが、今日の昼頃、その客どもが慌てて車を飛ばして走り去って行ったのだ。

 三人は家の外で肉を焼き、ちょっと早いがビールを飲んでいた。だが、尋常ではない速度で、湖の方から走り去って行く車を見て、幾許かの不安を覚えていた。何せ、運転手どもの張り詰めた必死な形相はただ事でないことを示していたからだ。

 ジェイクが無謀にも道の真ん中に飛び出し、一台のヴァンを止めて、運転手の男に事情を尋ねた。

「どうしたんだ、湖で事故でもあったのか?」

 運転手は蒼白な顔で激しく首を横に振って答えてみせた。

「それならまだ良いさ。だが、違う。妙な奴らが湖の中から現われたんだよ。そいつが、次々に人を襲い出したんだ。噛み付いたのさ!」

「噛み付いた?」

「ああ! それで噛み付かれ連中は、そいつと同じになっちまったのさ」

「同じ?」

「そうさ! 走り回って、新たに人々を襲いだしたのさ」

 ふと、運転手がルームミラーへ目を向け、小さく悲鳴を上げた。

「奴らが来た。あんたらも逃げた方が良い!」

 そして相手はアクセルを吹かして走り去って行った。

 その後、湖の方から大勢の絶叫の如く奇声が聞こえ始め、砂煙を上げて奴らが姿を現した。

 それは駆けている人々であった。老若男女が歯を剥き出しにして、腕を振り上げながら三人の前を慌ただしく通り過ぎていった。

 いや、その中のビキニ姿の若い女が振り返り、こちら目掛けて走って来た。

 仮装大会でもおっぱじめたのかとジョーは思ったがそうではなかった。女はバーベキューのコンロを引っ繰り返してこちらに向かって突進して来ていた。網の上に乗っていた肉や野菜が地面に落ちる。

 女はアルに組みついた。

「おい、アンタ酔っぱらってるのか? それともアンタら全員マリファナ煙草でも決めたのかね?」

 アルはそう言った。

 女は野獣のような奇声を上げた。両眼は真っ白に剥き出されていた。

 女がアルのでっぷりとした巨体を押し倒し、上に覆い被さった。すると大口を開けた。ジョーは見たが、信じられないことに、その口に生え揃っていたのは鋭い犬歯ばかりであった。

「ハロウィンまではまだ先だったよな」

 ジェイクが言うと、アルが悲鳴を上げた。

「おい、この女、本気で俺に噛みつこうとしてやがる! 性質の悪い薬でもやったのかもしれない。早いところどかしてくれ! このままじゃ本当に喉を噛み千切られそうだ!」

 鬼気迫るアルの声に、ジョーは後ろから女の腰を掴んで引き剥がそうとした。しかし、女の力は凄まじいものであった。

「ジェイク、お前も手を貸せ」

 そしてジョーとジェイクは二人掛かりで女を引き剥がした。

「ったく、一体どうしたってんだ」

 アルが起き上がる。三人が囲んで見ていると、サイレンの音が聴こえて来てパトカーが停車した。乗っていた保安官のブライト・ミストナーが現れ、彼は、地に立つや、拳銃を取り出し、発砲した。それは起き上がりかけた女の頭を貫き、そして女はもう一度地面に横たわったままピクリとも動かなかった。

 突然の事態に三人は驚いて保安官を見るばかりであった。

 保安官は言った。

「発砲許可は出ている」

 すると、ジェイクが驚いたように言った。

「薬中の女を殺すための?」

 保安官は何とも言い難い顔つきをした。

「俺にもよくわからん。だが、政府から発砲許可は降りている。それに――」

 保安官は咳払いして応じた。

「今、麓の町は大変な騒ぎになっている。この女のようになった連中が、次々人を襲い出している。数少ない情報からだと、どうやら湖に何らかの原因があるらしい。次期に州警察も来る予定になっている」

 するとパトカーの助手席から若い保安官補が姿を見せた。

「保安官、急ぎましょう。州警察に手柄を取られてたまりますか。俺らで原因を暴いてやりましょう」

「そうだな、ラルフ」

 保安官は頷き返し、再び三人を見て言った。

「事が終わるまでお前さんらは、家の中でジッとしていろ。どうやら、こいつらに噛まれると、噛まれた方もああなっちまうらしい。まるでゾンビ映画だ。念のための銃はあるか?」

「猟銃が一丁。弾薬はそれなりに」

 アルが答えた。

 ブライト・ミストナーは頷いた。

 その時、再び湖の方から奇声が聴こえて来た。

「奴らが来たな」

 保安官が言い、パトカーに乗った。

「念を押すが、お前さんらは安全が確認されるまで外には出るな。閉じまりも忘れないようにな」

 そうしてパトカーは回転灯りをちらつかせ、湖の方に向けて走り去った。

 三人は顔を見合わせ、そして血の海に横たわる女の亡骸を見た。

「保安官の言う通りにした方が良い。こんな外にいたら、勘違いで撃たれる可能性もある」

 アルが青い顔で言い、そうして三人は閉じまりをし、別荘の二階に立て籠もったのであった。

 それから一時間も経たないうちに、別荘の下に姿を現したのは、保安官と、保安官補であった。

 二人は湖の方角から疾走して来たようだが、そのまま別荘の回りを奇声を上げながら走り、時に扉や窓を、手当たり次第に叩いていった。ジョーが窓から様子を見たところ、二人ともあの死んだ女のように白目を剥き出しにし、凶悪な顔付きで走り回って行った。

「あいつらも噛まれたってことだよな」

 ウィスキーの瓶を呷りながらジェイクが言った。

 だが、別荘のわきを走り回っていた保安官と保安官補の姿が急に見えなくなった。



 3



 奴らはどこだ? ジョーは舗装されていない山道を見下ろしながら言った。

「どうするんだ、ジョー? あいつらがいる限り、俺達は本当の意味でここに缶詰だぜ? 食料も夜の分しか無い」

 アルが言った。ジョーは考えていた。保安官達までこうなった以上、湖に原因があることは明白だ。その上州警察もまだ来ない。ならば他の誰かがこの問題を解決すべきでは無いだろうか。

「ジェイク、銃をくれ。次に保安官達が姿を現わしたら、俺が仕留める」

 すると、荒い呼吸をしながら窓の下に保安官がよろよろとしながら現れた。

「どうやら奴ら、狂人的な速度で走りはするが、ちゃんと疲れもするみたいだな」

 ジェイクが言った。

 ジョーはこちらを見上げる悪鬼の様な顔つきとなった保安官の額を狙って、引き金を絞った。

 くぐもった音とともに保安官は後ろにのけぞり、倒れた。

 次はラルフとかいった保安官補だな。

 ジョーは部屋を出て階段を下った。

 そして静まり返ったダイニングの脇にある勝手口の鍵を解除する。慎重に銃を突き出しながら外に出る。そこには息を切らして俯いている若い保安官補の姿を発見した。

 その保安官補が顔を上げる。目は白く濁り、開いた口からは牙が飛び出していた。

 ジョーが頭目掛けて引き金を引くと、保安官補は吹き飛び、そして二度と起き上がらなかった。

 後ろからアルとジェイクが出てきた。

「大胆な事しやがって、肝が縮んだぞ」

 ジェイクが幾分表情を青くしながらそう言った。

「お前の言う通り、奴らは走りに走った分だけ休息も必要らしいな」

 ジョーは自分のピックアップトラックの方へ行った。

「おい、町へ逃げるのか?」

 アルが尋ねた。

 ジョーは首を横に振った。

「いや、俺は湖に行ってくる。その元凶が何なのかこの目で見て、撃ち殺してスッキリさせたい。限りある有給を俺は楽しみたい」

「馬鹿な、保安官までこんな様になって戻って来たんだぞ。州警察が来るまでここで身を潜めてた方が利口だと俺は思うぞ」

 アルが言ったが、ジェイクは違った。

「面白そうだな。どうせ、一丁しかない銃を持って行っちまうんだろう? だったら、俺も行くぜ。武器も無しに、ただ震えて缶詰になるよりはマシだ」

「ちょっと待ってくれ、だったら俺も行くよ。銃も弾薬も、もともと俺のなんだぜ」

 アルが慌てて後に続いた。

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