剣と龍の舞(前)
カーン カーン ガガガガガッ
ここは空の見える第一訓練場。普段は模擬戦をする上級生達で溢れているのだが、今日は一風変わって作業服を着こんだ技術部の生徒達で賑わっていた。彼らは明日開催される、学内トーナメントの会場作りを担当していた。会場作りと言っても観客席への防護結界を張る、特設の放送席を作るなどその作業はそこまで大変ではない。
「さて・・・全員揃っているか?」
彼らの作業する後ろ、観客席の辺りには一つの集団が集まっていた。
「はい、拓屠様。全員揃っております。」
「ありがとう凪叉。流石、副長だな。」
拓屠の言葉に凪叉は頬を染めて、慌てふためる。
「い、いえ!これくらいのことは・・・当然のことです!」
それを少し離れたところから冷めた目で見つめる者達。ジャンヌを始め、他の冠巫である。ため息をついて、キバ・アレンシュタインは呟く。
「拓屠も罪だよな・・・あんだけアピールしといてまったく気付かないなんてよ。」
「嫉妬ですか?先輩。」
「・・・」
隣に座っているエルザの頭をポカッと叩く。エルザが涙目でこちらを見上げてくる。身長差があるためエルザがキバを見ようとするとどうしても見上げる形になってしまう。
「キバ君の言う通り、確かに拓屠様はかなり唐変木よねぇ・・・」
「昔からああだ。拓屠は人の心をよむのがまったくできないのだ。」
ジャンヌとシャルルも苦笑を隠せない。拓屠はこちらに振り返り、話始める。
「ジャンヌ以外には話したと思うが、明日から始まる学院内トーナメントでは俺達、冠巫が警備係として務めることになる。」
手に持っていたプリントを全員に渡す。そこには会場内の見取り図と各場所にそれぞれの名前が書いてあった。
「ジャンヌ、キバ、そしてエルザは観覧席。凪叉、シャルルは特別観覧席。劉と俺は放送席で待機だ。もし、自分達の手に負えないような状況になった場合はインカムで連絡をしてくれ。」
懐から取り出したインカムをキバと凪叉に手渡す。使い方を確認して、もう一度皆を見渡す。
「ここには今回のトーナメントに出る者もいるだろう。各自、全力をもって戦うように。」
そう言ってシャルルと劉を連れて離れていく。これから職員との打ち合わせだと言っていた。
「あ、ジャンヌ。」
「・・・どうした?凪叉。」
寮へ帰ろうとしていたジャンヌを凪叉が呼び止める。訝しげに尋ねると、凪叉は不敵に笑って
「私と闘え。」
「はい?」
思わず聞き返す。聞き間違いだと思いたいが、残念なことにその耳はしっかりと今の言葉を捉えていた。
「もちろん、今すぐにではないぞ?トーナメントで私と闘うまでは負けるな、ということだ。」
「それは丁寧にどうも。というかお前が途中で負けるとか、そういう事はないのか?」
「ハハッ!それは無用な心配だ。私は、」
凪叉は身を翻して、一言呟く。
「負けない、絶対にな。」
「負けない、か。」
自室に戻った凪叉は自嘲気味に笑う。負けない、ではなく負けられないだけだろう。と。
『随分と彼女を気にかけるのだか。嫉妬か?』
「べ、別にそんなものではないぞ?確かに拓屠様が直にお選びになったと聞いた時は、少しはそんな感情もあったが・・・」
机の上にあった、彼女に関する資料へと目を向ける。これは副長として拓屠から渡された冠巫全員の身体と神装のデータである。その中のジャンヌのものを取り出してもう一度読み進める。
「出身地、元東方大陸・・・『戦巫女』。」
彼女の経歴で最も気になったのがこの出身地とその頃の二つ名。東方大陸では風習で大陸から三人の巫女を選ぶらしい。生と昼を司る『日巫女』。死と夜を司る『夜巫女』。そして禍と戦を司る『戦巫女』。記録によれば、彼女が東方大陸に居たのは七歳の時までで、その間に彼女は大陸中から選ばれたことになる。だからなのか、ジャンヌの力の底が凪叉には見えない。
『自らを打ち倒してくれる、か?』
「・・・」
負けない、ではなく負けられない。彼女が今の力を得る時に与えられた一つの代償。呪いにも似たそれを彼女ならば、打ち砕いてくれるのではないか?そんな思いが凪叉にはあった。
「もういい、寝るぞ。」
彼女は
『さぁ、皆さまお待ちかね・・・学院内トーナメント開幕です!』
ウオオオオオオオッ
放送席から五十鈴が開幕の合図を告げると、定員ギリギリまで詰まった観客席が歓声で爆発する。その中に観客席の警備担当であるジャンヌ達三人の姿もあった。
「しっかし、初戦から凪叉の試合とはね。大本命が最初に出てきていいのかよ。」
「試合の抽選はランダムですから仕方ありません。・・・ですが、キバ先輩の言うことにも納得できます。」
キバとエルザが会話している横でジャンヌは気難しい顔をしていた。
(どうしたんだ?昨日の夜は通じたのに。)
今朝から何故か、ロランと会話ができない。もしかしたら神力の流れに何か異常があったのか。そんか彼女の顔色に気づいたのか、エルザが顔を覗き込んでくる。
「どうかしましたか?先輩。」
「ふぁい!?い、いやなんでもないぞ、うん。」
「・・・」
予想外の慌てぶりに流石のエルザも焦る。
「だ、大丈夫ですか?顔色は普通ですけど・・・もしかして調子が悪いとかですか?」
「いやいやいや、大丈夫だ!調子は絶好調だぞ!?」
ジャンヌとしてはエルザに心配をかけたくないという一心なのだが、それが見事に裏目に出ていて挙動不審になっている。
「おーい、エルザ。少し落ち着け。見たところジャンヌの体調は良さそうだぞ。」
「ですが、明らかにジャンヌの様子がおかしいですよ!」
「あー、それはあれだ。」
そこでキバは少し考えて、暫くして笑顔でこう告げた。
「下着を穿き忘れたとか。」
ゴッ
キバがそう言ったと同時に放送席の方から小型マイクが飛んできてキバの頭にクリーンヒットする。
『あぁ、マイクが!ち、ちょっと拓屠さん。何をしてるんですかぁ!?』
『おいおい、今のは流石の俺様でもびっくりだぜ。』
『・・・すまない、デリカシーの無い虫がいたんだ。』
放送席からも混沌とした会話が漏れてくる。エルザは半眼でキバを見て、ジャンヌは恥ずかしげに顔を覆う。
「大丈夫ですか?ジャンヌ先輩。」
「・・・あぁ、すまない。慣れてなくてな、こういうことに。」
誰もキバの心配はしない。周りで話を聞いていた生徒達も「当然の裁き」と言わんばかりの無視っぷりである。
『え、えっと予想外の事態が起こりましたがまずは一回戦のスタートです!』
放送席の掛け声と共に両サイドから選手が入場してくる。
『まずは皆さまご存知、冠巫第三位にして超イケメン女子。同性告白数トップを走り続ける東雲凪叉選手ぅぅ!』
「キャアアアアアア」
彼女が手を振ると観客席の大多数の女子が黄色い悲鳴をあげる。
「なんか・・・凄いな、これは。」
「お馴染みの光景ですよ。」
あまりのテンションに引きぎみのジャンヌ。ちなみに放送の言ったことは事実であり、凪叉は週1ペースで「女子」から告白されている。既に初等生の中にも多くのファンが存在しており、彼女のファンクラブもあり学院内女子の六割が所属している。
「さて、女性観客を見方につけたアイツとヤるのは誰かなっ、と。」
『続きまして、その凪叉選手と相対するのはこちらも超美人!初等生に突如現れた戦巫女。その正体は謎に包まれています・・・初等生総代、美空瑠璃選手ぅぅ!』
「ウオオオオオオオッ」
瑠璃の一礼と共に今度は観客席の男共が沸き出す。野太く熱い声の合唱にジャンヌは思わず耳を塞ぐ。
「・・・」
「・・・あの娘もなかなか綺麗だしな。」
彼らの下心丸出しの声援にやられている二人を気遣うようにキバはフォロー(?)をいれておいた。放送席の方では落ち着くよう促しており、ルール説明がなされていた。
『さぁ!紹介も済みましたので早速ルールを説明します。ルールは単純、相手選手をぶん殴ってノックアウトすれば勝ちです!』
『シンプルだな。だが、そのノックアウトの判断は誰がするんだ?』
『その点は安心してくださいな!戦闘エリア周辺に待機している先生方が四人がかりで判断しますので。』
いつのまにか放送席には五十鈴と一緒に龍が座っていた。確かに、よく見てみると楕円形の戦闘エリアの端の方に先生方が待機している。
『ではルール説明も終わりましたので、早速始めちゃいましょー!』
五十鈴は元気よく宣言する。戦闘エリアの方では既に二つの強大な神力がぶつかり合っている。観覧席もそれを感じ取ったのか一斉に静まる。五十鈴は一息ついてから、告げた。
『一回戦、戦闘・・・開始!』