開幕、学内トーナメント!
「そういや、そろそろ学内トーナメントの日じゃないか?」
ジャンヌが正式に『冠巫』と発表されてから二日。同じクラスのアカネとレイと共に昼食を食べていたところ、その話は突然始まった。
「それは、三日後に開催されるやつか?」
行儀よく箸を置いてジャンヌが尋ねる。対照的にレイは口に物を頬張りながら、
「あぁ、まあ俺らにはあんま・・・いやジャンヌは関係あるか。」
と答える。なお、少しご飯粒が飛んでそれがアカネの近くに落ちてアカネが貼り付けたような笑顔になっているのを追記しておく。
「私は所用でいなかったが、聞いたところによると二人は先日の契約儀式でかなり良い結果だったと聞いたが?」
学院の一期生はこの時期になると、神と契約する『契約儀式』への参加が命じられる。一期生の時点ではあまり契約が上手くいかず、二次の時に契約できるケースが多い。
「んー、まあ私は「この方」と学院に来る前から一緒にいたから。」
背中にある布に包まれた物を指してアカネは言う。恐らくアカネの巫装だろうとジャンヌは予想する。なお、巫装は常に身に付けていなければならないわけではなく、大多数の者はこの世と神々の世の間に生じる「狭間」へと収納しているものが多い。
「それよりもレイは凄かったのよ!入学前に契約済の人よりも適性結果がかなりよかったのよ。」
ジャンヌはレイを見て「ほう」と少し感心する。対してレイは歯切れ悪そうな顔で
「あー、まぁその話はまた今度な。」
と言って自分のトレイを置いて食堂から出ていく。
「どうしたんだ、レイのやつ。」
「あの手の話をふると毎回ああなのよ。まったく・・・」
アカネはやれやれと肩をすくめる。
「私は離れた所でやってたから私は見てないから、これは噂なんだけどね。」
アカネはそこで声を潜めてちょいちょいとジャンヌを手招きする。アカネはジャンヌの耳元で、
「アイツの神力、血が混ざったような黒だった、って。」
そう呟いた。
「神力の色・・・ですの?」
ジャンヌは放課後になると冠巫として生徒会で手伝いをしている。そこで昼の時に聞いたことをそれとなくシャルルに聞いてみた。
「あぁ、人によって色が違ったりするのか?」
「あらあら・・・一応、色の違いとかはあることにはありますわ。」
シャルルは書類に目を通しながらジャンヌの問いに答える。ジャンヌはさらに質問を重ねる。
「具体的にはどのようなものなのだ?」
「そうですわね、端的に言えば契約神の『神格』と『型』によって変わりますわ。」
『神格』とはその神が持つ、性質や属性のようなもの。『型』はその神の姿による分類のことである。
「例えば、私の契約神は『悪魔型』で神格が『月』や『闇』といったものです。そうすると、」
シャルルは書類を置いて指先に意識を集中する。するとその指先にポッと小さなあかりが灯る。その色は鮮やかな濃い紫色をしていた。
「こんな感じの色になりますわ。」
フッとあかりを消し、また書類へと目を通し始める。ジャンヌも先程のシャルルのようにあかりを灯そうとする。が
ブオオオンッ
つい力が入ってしまい、室内に神力の風が吹き荒れる。
「・・・ジャンヌちゃーん?」
「す、すまない!細かい制御は苦手で・・・!」
「でしたら無理に挑戦しようとなさらないでくださいますか。」
ジャンヌによって飛び散った書類を集めながらシャルルは笑顔で威圧する。
「シャルル先輩、何かすさまじい神力を感じたのですが。」
「おーい、姉御。大丈夫か?」
生徒会室の扉から一組の男女が入ってくる。男の方は背が高く180センチ程で、髪は深い翡翠の色をしている。手には書類らしき物を丸めて持っており、それで肩をポンポン叩いている。なんとなく気だるそうな印象を受ける。
「あら、劉さん。その丸まった物は報告書ですか?」
「おー、その通りだ。ほい、置いとくぜ。」
劉は無造作に書類をシャルルの机に放り投げる。シャルルはその様子を見ていたが、やがて諦めたようにため息をつく。
「はぁ・・・勤務態度の改善を要求してもよろしいですか?」
「無駄になりそうだかな。おいエルザ、そんなとこいないで入ってこいよ。」
エルザと呼ばれた少女はジャンヌと同じ銀の髪をしていた。しかし与える印象はだいぶ違い、ジャンヌが抜き身の名刀のような印象を与えるのに対し、エルザは装飾華麗な儀礼剣のようである。
「いえ、私は特に用事はありませんので・・・」
「エルザ、畏まる必要はありませんわ。それにジャンヌちゃんにも紹介したいですし。」
「・・・シャルル先輩がそう言うのなら。」
かなり透き通った声で抑揚のない話し方をしており、まるで機械のような無機質な印象を受ける。
「ジャンヌちゃん、紹介しますわ。こちら風紀委員長兼冠巫第五位の劉君ですわ。」
「劉 紅雲だ。あんたが最近、冠巫になったっていうジャンヌだな?」
劉は目を細め、値踏みするようにジャンヌを見る。その瞳は獲物を狩る肉食獣のように鋭い。ジャンヌはつい、身構えそうになった。だが、
「うん、まあいいんじゃないか。足手まといにはならなさそうだ。」
ニコリと笑い、満足そうに頷く劉。さっきまでの鋭さはそこには既になかった。
(底が知れない男だな・・・)
ジャンヌは心のなかで呟く。その劉の隣にエルザが立つ。
「初めまして、ジャンヌ先輩。エルザ・アルマダと申します。若輩の身ですが冠巫第六位を仰せつかっております。これからよろしくお願いいたします。」
「あ、あぁよろしく頼む。ところでその話し方はなんとかならないか?私に畏まる必要はないと思うが・・・」
「私は特例で学院に入った身ですので、年齢的にはジャンヌさん達の一つ下になります。」
「・・・それでも必要以上に畏まらなくていいぞ?」
「わかりました、次回から改善します。」
暫くはこのままだな、とジャンヌは嘆息した。自己紹介が終わったところでエルザは思い出したかのようにシャルルへと一枚の用紙を差し出した。
「シャルル先輩、これ、学内トーナメントの対戦表です。」
「あら、丁度よかったわ。これを待っていたのよ。」
シャルルがパチンと両手を合わせて、エルザから用紙を受けとる。シャルルが眺めてる隣からジャンヌも覗き込む。
「ん?シャルル生徒会長は出場しないのか?」
10人ずつの4ブロック、計40人の出場者の中にシャルルの名前はなかった。
「私だけじゃないですわ。拓屠様や劉さんも出ていませんわ。」
よく見ると確かに二人の名前もない。だが、エルザの名前はしっかりとAブロックのところにあった。
「エルザは出ているようだが。」
「冠巫は一回でもトーナメントの参加記録があれば参加の義務はありませんの。ジャンヌちゃんやエルちゃんは今回が初参加ですから、強制参加になってしまいますわ。」
「なるほどな。」
ジャンヌは話を聞きつつ、またトーナメント表に目を落とす。レイやアカネの名前も見つけた。幸いというべきか自分と同じDブロックではなくエルザと同じAブロックとBブロックだった。
「さて、二人ともそろそろ帰っても大丈夫ですわ。仕事は既に終わっていますから。」
「了解した。では先に失礼する。」
「失礼しました。」
エルザとジャンヌは共に一礼して、生徒会室から出ていく。劉は既にどこかへ行ってしまっていた。
「エルザはいつここへ来たんだ?」
「私は去年の末くらいでした。その頃、私は高位の神と契約できたので。」
エルザはジャンヌと同じ寮住まいということで、こうして道すがら会話しながら寮へと向かっていた。すると、
「・・・?凪叉先輩?」
寮の入り口辺りを見てエルザが声をあげる。そこにはジャンヌと背丈が同じで蒼髪を一つに結びあげた一人の女性が立っていた。凪叉、と呼ばれた女性はエルザに気付くとこちらへ歩み寄ってくる。
「やあ、エルザ。久しぶりだな。少し背が伸びたんじゃないか?」
「残念ですがそれは気のせいです。」
「そ、そうか・・・それはすまない。」
エルザと会話したあと、凪叉はジャンヌの方へと振り向く。
「申し遅れた、私は東雲 凪叉と言う。君は?エルザとやけに親しげだが・・・」
「あぁ、すまない。私はジャンヌ・デュラクと」
ジャンヌが名前をいったとたんに、凪叉はその顔を鋭くする。
「お前が、ジャンヌか。」
「は?」
「お前が拓屠様より直接冠巫を承ったジャンヌかぁ!!」
さしものジャンヌも凪叉が何に怒っているのか解らない。その間にも凪叉はさらにヒートアップしていく。
「えぇい、拓屠様が久しぶりに冠巫を指命したと思えばこんな小娘だとは・・・なんだ?私に飽きてしまったのか?私がいればこんな小娘必要なかろうに!」
顔を覆って泣き出してしまったかと思えば、いきなり烈火の如く怒り出したり、ジャンヌは堪らず隣で冷静な顔をしているエルザへと質問する。
「・・・どういうことなんだ?」
「凪叉さんは拓屠先輩のことを慕っているのです。それもかなり強烈に・・・」
「なるほど、恋というやつか。」
ジャンヌがため息混じりにそう言った瞬間、それまで喚いていた凪叉がピタッと停止した。
「・・・」
「・・・どうした?」
凪叉は顔を真っ赤にして、
「わ、私は剣に生きる女だ!こ、恋なんて私には必要ないんだあぁぁ!」
そう言って道行く人を突き飛ばす勢いで学院の方へと走っていく。それを見てジャンヌは一言、
「なんだ・・・あれ?」
「私にもさっぱりです。」
そう呟いた。
『・・・珍しいな?てめえが俺んとこ来るなんてよ。』
『俺だって来たくて来てる訳じゃない。』
そこは幻想的な世界だった。空は万華鏡のように刻々とその姿を変え、地面には花が咲き乱れていた。ここは『神界』。人の世のすぐ近くにあり、しかし人はそこには絶対にたどり着けない場所にある神々の世界。そのなかにこの場に不釣り合いな無骨な椅子があった。その前には騎士甲冑を着た男、聖騎士ロランが立っている。
『お前の様子を一々見に来なければ、俺が怒られるのだ。』
『カカッ!結局はてめえもオーディンの手先か。』
椅子に座っているのは見るからに野蛮そうな男であった。その身には何重にも黄金色の鎖が巻き付いていた。男は哄笑を上げると、
『三日後だ。三日後には俺は自由の身になる。』
『・・・』
ロランは何も言わない。
『カカッ!安心しな。てめえが動ける間には何もする気はねえよ。』
『その言葉を俺が信じるとでも?』
ロランは背中にあるデュランダルに手をかける。男はその様子を見て爆笑し、
『やめときな。てめえじゃ俺の足元にも及ばねえ。それはてめえが一番知ってるだろ?』
『クッ・・・』
ロランはそれが事実だと知っていた。今、ここに繋がれている男は東洋の国で最高位に座していた戦神であったのだから。
『楽しみだな。久方ぶりの人の世は・・・』
男は空を見上げ、人の世へと思いを馳せる。