少女と記憶
「師匠・・・なのか?」
黄昏の炎に焼かれた村で自分を救い、剣と相棒を与えてくれて、そして三年前に消えた自分の師匠が目の前にいた。
「積もる質問はあるだろう。だが、まずは自分の身を案じろ。」
ふいに目の前が揺らいだ。激しい戦闘に多くの神力消費により、体が悲鳴を上げていたのだ。揺れるジャンヌの体を師匠と呼ばれた男は優しく抱き留める。
「少し休むといい。」
聞こえていたのか聞こえていなかったのか、ジャンヌは気を失っていた。
「・・・これでよかったのか、オーディン。」
男の呟きは風に乗って消えていった。
「・・・?」
目の前には無機質な印象を持つ白い天井。ボーとする頭でここが何処か考える。が、答えはすぐ横からもたらされた。
「あら、起きたのね。」
首だけそちらを向くと金の髪を持つ美女、シャルル生徒会長が傍に座っていた。
「ここは学院の医務室よ。重度の神力消費で気を失ったのよ。覚えてる?」
コクリと頷く。シャルルは微笑み、
「そう、ならよかったわ。拓屠様、ジャンヌさんが起きましたわ。」
シャルルとは逆側、窓の方へと話しかける。そこには眼を瞑った状態で男、拓屠が窓枠にもたれかかっていた。
「シャルル、ご苦労だった。生徒会務に戻っていいぞ。」
「いえ、少し残っていくことに致しますわ。おもしろそうですし。」
フフッと笑い、保健室のドアの近くに下がる。拓屠はそんなシャルルを見て、一つため息をつく。
「・・・余計な者もいるが、改めて自己紹介をしよう。」
拓屠は窓枠から離れ、ジャンヌの傍にやってくる。その姿はジャンヌの記憶のなかの師匠とは少しだけ違っていた。まず、髪の色が昔は黒かった筈だが、今は綺麗な白というか銀色になっていた。そして腰に差してある刀。自分の知る師匠は幅広の極大剣を好んで使っていた筈だ。
(そもそも・・・私は師匠の名前を聞いたことがない。)
記憶のなかの師匠は自分の事を話さず、寡黙でやるべきことだけをやるという男だった。
「学院六期生、通称『冠巫』の筆頭。名を神威 拓屠と言う。タクトでいい。」
そう言って頭を下げる。ジャンヌも遅れて礼を返す。
「学院新入生のジャンヌ・デュラク・・・です。私のことを覚えていますか?」
緊張しながら一番の疑問を投げ掛ける。タクトは少しだけ考えて、
「覚えている。お前の剣を受け止めた感触が今でも残っているようだ。」
と答えた。ジャンヌはホッと安心する。
「・・・だがすまない。それは俺自身の記憶ではない。」
タクトはそう続ける。ジャンヌの顔の疑問を読み取ったのか、
「冠巫のことは知っているか?」
コクリと頷く。
「なら話は早い。冠巫に選ばれた者は皆、普通の巫ではあり得ないような能力を持っている。」
そこで一旦話を切り、窓の外を見上げる。まるで何かを堪えるように。
「タクト様も例外なく、その一人ですわ。彼は十の神と契約する巫ですから。」
シャルルが話の続きを引き継ぎ、とんでもないことを言った。
「タクト様は生まれながらにして規格外の神力を保有しておりました。そこに眼をつけたのが神をこの世に招き入れた組織、元老院。」
元老院。その名は巫であれば、誰もが知っている名。神を招き入れ、原初の巫となったレリーク・シリウスが作り上げた組織。表向きは巫の生活をサポートしたり、各地域の学院を統括する理事会的存在。だが裏では、
「その元老院によって、タクト様は強制的に多重契約者を作り出す調整を受けたのです。」
非人道的な調整、を繰り返す組織だった。
「タクト様が調整を受けさせられたのは十年前です。」
「十年前・・・?」
拓屠と出会ったのは六年前、今とさして変わりない姿だった。どう考えても、今この場所にいる年齢ではない。
「拓屠様は調整を受けたときから体の成長が極端に遅くなってしまったのです。拓屠様の年齢は私たちよりもずっと上です。」
シャルルが少し眼を伏せながら話す。拓屠は何も言わず、ただ窓の外を眺めている。
「拓屠様は、十の神と契約するという無理難題をこなすために普通の契約とは違う方法で契約をしたのです。」
「ちがう方法?」
通常の契約方法とは「神」に「人」が神力を供給しこの世に留めさせる事を条件に、神自らの力を人に貸し与えることを言う。
「ええ、今は禁忌とされた方法です。その名を代償契約。」
「代償契約・・・?」
「名前から察しがつくと思いますが、あるものを契約の代償にすることで神に供給する神力を大幅に減らすことができるのです。」
シャルルは話の核心をわざと濁した。恐らく、ジャンヌにはあまり話したくないことなのだろう。だが、ジャンヌは知らないでいるという選択肢を選ぶ気はなかった。
「その、代償とは?」
その展開も予想してたのだろう。シャルルが躊躇いつつも言おうとしたところで拓屠が先に口を開いた。
「俺の体の一部だ。」
唖然とした。神との契約に人の体の一部を使うとは。それはまるで一昔前の黒魔術とよばれるようなものだった。
「契約の際に神が求めるものは、この世界での存在の確立、つまり肉体を欲している。それならば、神力だけでなく人の体を形作っているものでも代償となるのではないか、と考えたのだな。」
拓屠がまるで他人事のように語る。
「そ、それじゃあ師匠・・・じゃなくてタクトは神と契約する度に腕とかなくなってるのか?」
「まあ、そうなるな。ちなみに、契約の際に使用した体の一部は巫装と一緒に神力で再構成される。」
自らの体であることを示すように手を開いたり、閉じたりする。タクトはあくまで事務的に、事情を知らないジャンヌにただ教えるように話していた。
「まあ、そういうことがあってだな。お前の師匠というのは恐らく、俺の姿を模した俺の契約神の一人だろう。」
窓枠から離れ、ジャンヌの座っているベッドの正面にやってくる。
「さて、そろそろ本題に入らせてもらおう。巫祭を知っているか?」
唐突に質問を投げ掛けてくる。コクリとジャンヌは頷く。巫祭は学院のある中央大陸で毎年行われている神に捧げる祭儀で、東方、西方、南方、北方大陸から人々が集まってくる一大行事である。
「今年はそのなかでも特別な年でな。巫同士でその腕を競い合い、『魔』への対抗力を高める目的で行われる、巫闘劇が開催されるんだ。」
巫闘劇とは三年に一回、巫祭で開かれるものでそれぞれの学院から選抜で選ばれたメンバーが戦う、学院同士の対抗戦である。優勝した学院には元老院への資金増強や設備追加などの申請ができるようになるため、毎回かなり激しく賑わう。
「その巫闘劇には10人一組で出ることになるのだが、お前にその中の一人として出てほしい。」
タクトは頭を下げて懇願した。ジャンヌは慌てて、
「頭を上げてくれ!私としては嬉しいのだが、そのメンバーの選定は来月行われる学院内トーナメントで決まるのだろう?」
「もちろんそうだ。だが、例外があってな。『冠巫』はトーナメントの結果に関わらず優先的にチームメンバーとなれることになっている。」
そこでタクトは懐からひとつの腕章を取り出す。それは突き刺さった剣に王冠が引っ掛かっている印が書いてある腕章だった。
「そういうことだ。『冠巫』になってほしい、と言っているんだ。」
ジャンヌは混乱した、何故自分のような普通の巫が『冠巫』などになれるのか。
「なぜ、私なんだ?」
ジャンヌは呆然としたまま、タクトに聞いた。タクトはそこで初めて微笑んだ。
「お前の剣はきっと俺たちを守ってくれると思ったからだ、直感で。」
根拠のひとつもない、ただの思い込みでもあった。だが、ジャンヌにはとても心に響いた一言だった。
『なんで私を助けたのかって?そんなん、あれだよ・・・なんとなく、直感でだよ!』
ジャンヌは師匠の言葉を思い出した。フフッと笑い、タクトの持っていた腕章を受けとる。
「不肖、ジャンヌ。この腕章、慎んで受け取ろう。」
タクトは手を差し出し、
「よろしく頼む、俺の騎士よ。」
ジャンヌはその手を握り返した。そこには師匠の手の温もりがあった・・・気がした。