少女と魔狩
「騎士と龍神、ですか」
シャルルは気乗りしない様子で頷く。タクトは知っている。この少女が誰よりも恐ろしく、誰よりも優しいことを。タクトは具体的には言わなかったが、シャルルはその二人が新入生の誰かだと理解していた。
「君の気持ちはわかる。だがこの状況下で、六人でやっていくのはいささか無理がある。」
シャルルにも理屈はわかっている。だからこそ異論を唱えないのだ。結局、彼女はタクトに何を言うのではなく、礼を一つしてその場から立ち去った。
「そういやさ、その剣があるってことはジャンヌも神さんと契約はしてるんだろ?」
レイはジャンヌの背中にある剣を指して問う。巫は『魔』と戦う為に神と契約をし、その身に契約神を「降ろす」ことができる。その際に神は契約した者の神力を吸収し、一時的に現世に身を顕現できる。それが神巫契約と呼ばれる巫の巫たるものである。そしてその神は自らの力を留めさせる為に、契約者に依り代を与える。それは契約者の武器ともなる、通称『巫装』。これを持っていることが神と契約を果たした証とも言える。
「あぁ、無論だ。」
「型はなんなんだ?」
『神』には型があり、一般的な『神型』、人の身でありながら人を越えた『英雄型』、神話に住む怪物『幻獣型』などの多様な型がいる。
「ふむ・・・英雄とだけ言っておこう。名前はすまんが言えない。」
「あぁ、それは心得てるぜ。」
契約神の名前を明かすということは自分の手の内を明かすということでもある。そのため、契約神の名前は出来る限り伏せるというのが巫同士の暗黙の了解であった。
「しかし、でっけえ剣だな。ジャンヌの身の丈程もあるんじゃねえか。」
「・・・私だったら持ち上げるのも無理ね。」
レイが驚き、アカネは嘆息する。ジャンヌは苦笑し、「馴れれば楽だ」と答える。そんな時だった。
ヴーッ! ヴーッ!
突如鳴り響いたサイレン。それは学院の緊急事態に鳴らす警報だった。
『当学院内にて『魔』の複数の侵入を確認。一、二期生は演習場に避難、三期生以上は演習場付近を警戒体制。また、冠巫は該当地区へと出撃してください。繰り返し-』
非常事態に対するアナウンスが響き渡る。
「・・・冠巫が出るのね。」
アカネが神妙な顔で呟く。その顔は少し強張っており、いつのまにかメガネも外していた。
「なんだ?そりゃ。」
レイはアカネに疑問をぶつける。ジャンヌも声には出さないが内心疑問に思っていたことだ。
「冠巫は普通の巫ではおよび届かない力を持った能力を持つ巫のことだよ。うちの学院には、六人程いたと聞いていたけど。」
アカネの話を聞きながらジャンヌは注意深く辺りを探っていた。ここは演習場からあまり近くはない学院棟の中庭。避難するにしてもどこかで『魔』に襲われる可能性がある。
「もしかして生徒会長もそれなのか?」
「生徒会長は代々そうらしいわ。今年の代はどうかわからないけど・・・」
アカネとレイは悠長に話を続けている。と、その二人の背後から弾丸のように何かが飛んでくる。
ビュン!ガキンッ
アカネにぶつかる直前、ジャンヌはバットのように背中の剣を振るい、かろうじて直撃を避ける。それは地面につくと、四本の足のようなもので立ち上がる。
(犬・・・か?こんな小さいのは初めて見る。)
その犬のようなものはグルルルと威嚇するように唸る。その間に犬の背後には次々とまた犬が現れる。
「・・・レイ、アカネを連れて演習場へ走れ。」
ジャンヌは背中の剣に手をかけながら、気絶したアカネを抱えているレイに告げる。
「お、おい!まさかこの数を一人で・・・」
「これ以上増えたら手に負えなくなる!早く!!」
語調を強くし、レイを黙らせる。レイは何か言いたそうだったが一言、
「無茶はするなよ?!」
そう言ってその場から駆け出す。
《やっと出番か?》
彼は自分の半身であるその剣から語りかける。
「あぁ、一年ぶりだがいけるか?」
《愚問だ。さあ、行くぞ。》
ジャンヌは厳かに唱える。
「盟友たる汝に告げる。汝の力、我に貸し与えたまえ」
剣を一息に抜き、目の前に構える。そしてまた唱える。
「sword of sword(剣の中の剣)
night of night(騎士の中の騎士)」
巫装は契約神との信頼度によってその力を増していき、初期の疑似武装からさらに信頼度が増すと、『固有神装』となる。固有神装は武器の他に契約者を守る鎧を生み出す。そしてそれらを発動するのに必要な物が音声認識キー、通称『祝詞』である。
《認証した。存分に行くがよい。》
ジャンヌの持つ剣からすさまじい神力が迸る。その神力がジャンヌの体を次々と包み込む。手甲、膝宛、胸当と西洋甲冑のような防具が現れる。最後に自分の手で髪を結ぶ動作をすると蒼空色のリボンが構成される。これはジャンヌの契約神の趣向である。
「剣は私の芯である。決して折れず曲がらず・・・」
ヒュンヒュンと身の丈程の剣を振り回し、その切っ先を魔犬達へと向ける。
「来るならこい、と言ってもわからないだろうがな・・・」
剣を体の後ろ下方に向ける。ジャンヌが師匠から習った構え、『天断』というものである。
「慈悲の1つも与えん。行くぞ!!」
地を蹴って、魔犬との距離を一足で詰める。そのまま剣を振り上げて、
ザンッ!
その一匹を両断する。他の魔犬達が遅れてその場から散開し、ジャンヌを包囲する。だが、ジャンヌにとってはむしろ好都合。
「行くぞ・・・薙ぎ払え、デュランダル!」
体を捻りその場で一回転する。すると見えないなにかが円周場に駆け抜け、犬達を消滅させた。フウと息を吐き、剣を降ろす。かくしてこの場はジャンヌの圧倒的勝利であった。
「・・・あの方が、騎士の札ですか。」
その戦いを遥か高みから見下ろす者達がいた。その数二人。どちらも女性である。
「タクト様の考えには時々ついていけないときがありますね」
ハアとため息。鎧を纏い、口元だけ見える。その背には雄々しい一対の翼があり、鋭い尾が見える。鎧から見える肌は白く、髪は黒曜石のような光沢のある黒だった。
「・・・先輩は昔から何を考えているのか分かりませんから。」
鎧の女と比べ全体的に幼い容姿の彼女。胸当と神力を収束させた薄いスカート姿である。肌は前者と同じようだが、銀の髪に墨を垂らしたように上半分が黒い。そして何よりも放つ神力の圧力が違う。
「どうして普通の巫を札に加える必要があるのでしょうね」
「巫装から考えるに恐らく英雄神。それも従属神付きの高位神でしょうか。少なくともかなりの有名所だと思いますが・・・」
鎧の女性の問い掛けに、もう一人の少女は答えになっているのかいないのかわからない回答を返す。
「まあ、そんなことはいいか。私は私の仕事をするだけさ。」
ガシャと鎧を鳴らし地面に降り立つ。少女は目を伏せ、その場から痕跡1つ残さず、隠蔽を開始した。
「ロラン、辺りに気配は?」
《んむ・・・終わってはいなさそうだ。》
彼女の契約神、英雄神ロランはデュランダルを通じて、ジャンヌに忠告する。確かにまだ『魔』の放つ魔力は薄れていない。すると魔犬達の残骸が集合し、その場で巨体へと変貌していく。
「ウオオオオオオッ」
ムカデのような体に、頭と思われる部分がついている『魔』が現れた。一般的な誇称として、これは『魔人』と呼ばれる種類だった。
「ロラン、これは何度でも復活する感じなのか?」
《そうだな。これを根絶するためには元を絶つより他ない。》
ジャンヌは剣を構え、飛び掛かろうとする。
ただそれはできなかった。なぜなら、
ズダンッ
空から落ちてきた超巨大な斧がその『魔人』を切り裂いた。それも力を込めずただ投げただけの斧が、である。ジャンヌは空を見上げた。そこには陽光を反射してキラキラと金色に輝く鎧を纏う者がいた。
「ねえ、私に黙って従ってくれるかな?」