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 白。

 白の部屋に少女はいた。それを理解した途端、絶望的な感情に支配される。

 ここに戻ってきたということは、また失敗した? 一体、どこがいけなかった?

 不安が押し寄せてきたのと同時に、向こうからティーアがゆっくりと歩いてきた。

 彼女にどんなことを言われるのか、まったく見当がつかない。

 抱きしめられるくらいの距離まで近づくと、ティーアは立ちどまる。

「高いところから見ている存在から、あなたに伝言がある。目を覚ますとあなたは葉ノ咲中央病院、五階の特別リハビリ室に御暁芹といる。体はどこも悪くないので気にすることはない。以上」と言った。

「……え? それだけ?」

「他に何か望むことが? あなたは試練に打ち勝ち、御暁芹に新たな時間を与えた」

「……えっと。そうなんだ」

 どうやら、リトライは無事成功したらしい。それなのに。

 願いを叶えたはずなのに。嬉しくてしょうがないはずなのに。うまく感情をあらわせない。

「おめでとう、珠菜」ティーアは笑った、ように見えた。

「ティーアが助けてくれたおかげだよ」

 珠菜の言葉にティーアは首を左右にふる。

「あなたが願いを成し遂げることができたのは、あなたが『それでもあきらめなかった』から。それだけのこと」

「……ティーア」

 ふわっと、一瞬、目の前のティーアが(あわ)く溶けていくような錯覚がした。

「あれ?」

「どうしたの?」

「ちょっと、疲れちゃったのかなって……」珠菜は眉間(みけん)のあたりを指でおさえてみる。

「私が消えていくように見えるのだとしたら。それは正常なこと」

「え? それはどういう……」

「珠菜」ティーアは言った。「お別れの時間よ」


【残り時間 一〇〇秒】

「お別れって……?」

「その言葉の意味に、あなたと私で齟齬はないはず」

「もうティーアと会えることはないの?」

「ええ」


【残り時間 九十五秒】

「ねえティーア、最後の最後でこんなこと言うのって、本当に恥ずかしいというか、なさけないことなんだけど」

「なあに?」

「あなたは──誰なの?」


【残り時間 九〇秒】

「私はティーア。(かえ)す者。かつて私の魂はあなたに救われた。あなたの百の時とあなたの百の涙に。それを無事、環すことができた。私の望みは満たされた。あなたのおかげよ」

「それは違うよ。私がティーアに助けてもらったんだよ。それにこんなことを誰かからしてもらえるようなこと、私、誰にもしたことがないよ」


【残り時間 八十二秒】

「与えたものは(かえ)される。(めぐ)(めぐ)って、大きくなって(かえ)される。それが世界の(ことわり)

「だったらティーア、ティーアのことをもっと教えて。あなたの本当の名前とか」

「私の名前はティーア。そこに嘘はない。でも一つだけ黙っていたこともある。私がこの想いを(かえ)したかったのは、あなたの他にもう一人いた。でも結果としてその人への想いも(かえ)すことができた。珠菜、私はあなたを心から誇りに思う。『ありがとう』や『感謝』ではとても届きそうにない。あなたを抱きしめるためだけの、特別な言葉が必要なくらいよ」


【残り時間 五〇秒】

「だったら──だったら、もっとティーアのことを話してよ」

「……それは無理」

「どうして? 高いところから見てる人にとめられてるから?」

「そうじゃない。あなたが私のことを思い出すことを私が望んでいないから」


【残り時間 四〇秒】

「……なんで?」

「私たちの出会いは……あまり喜ばしい環境ではなかった」

「でも、だけど──それでもやっぱりティーアを思い出したいよ」


【残り時間 三〇秒】

「──お」

「え? 今のは?」

「ごめんなさい。これが私の精一杯」


【残り時間 二〇秒】

「そんなのじゃ、わからないよ。お願い、もう一度聞かせて」

「……珠菜、困らせないで」

「……ごめん」


【残り時間 一〇秒】

「そろそろ本当にお別れのときよ」

「……うん」

「忘れないで珠菜、何気ない小さな思いやりこそが、奇跡を起こす種になることを」

「うん。ティーア、本当にありがとう」

「……ねえ、珠菜」

「なに?」

「──お」


【残り時間 〇秒】


 目覚めると、新しい世界が広がっていた。

 葉ノ咲中央病院。著名なデザイナーが外観を整え、撮影スポットとしても人気を博している。

 特に珠菜が今いる特別リハビリ室はロンドンにある有名なホテルのロイヤルスイートをモデルにしており、とても病院の一室には見えない。

 寝心地のいいベッドから体を起こす。身につけているパジャマの素材も高級な手ざわりだ。

「……やっと起きたわね」

 その声を聞いて、なぜか泣きそうになった。

 開いた窓の近くに、芹が立っていた。

「……芹」

 芹がいる。

 やっと帰ってきたんだ。日常に。珠菜は大きく息を吸って、はいて、胸をなでおろす。

「ねえ、珠菜」

「なに、芹」

「バイバイ」

 そういって芹は窓から飛び降りた。ここは五階である。

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