聖王女の勇気
覚悟を決めろと廊下に放り出されたアイーシャは暫く地面を見つめたまま動けなかった。いや、動きたくないのだ。覚悟を決めろと言われても何の覚悟を決めれば良いのか。首と胴体が離れる覚悟か、それとも二度と戻って来れない覚悟か。・・・どちらも同じ結末にしかならない。
「この廊下ともお別れかもしれませんね」
「どうしたんですか、姫様。さっきから少しも動いてないってディオンハルト様にばれたら引きずって連れてかれちゃいますよ!」
廊下との別れを惜しんでいると背後からマチカの不思議そうな声がする。
「マチカ。貴女も今日までよく仕えてくれました。これからもお兄様の事をお願いしますね。出来れば優しいお嫁さんを頂いて欲しいんですが・・・無理でも構いません、期待はしませんから」
「そんな悲観的な!しかもディオンハルト様に失礼ですよ!物事を悪く悪く姫様の悪い癖です。もっと楽に考えましょう」
「どうしてあの時七面鳥を投げつけてしまったのか・・・自分が憎いです」
「聞いてないですね・・・姫様、これを」
先程からマチカが胸に抱えるようにして何かを持っていたのには気がついていたのだが、どうやらアイーシャに渡すものだったらしい。何かと覗けば、彼女の手の中にいたのは小さな小鳥だった。
「小鳥?」
「一人では心細いかと思って。お守りに連れて行って下さい」
「そう・・・そうですね、確かに小鳥でも一人よりは・・・可愛いし」
つぶらな瞳の小鳥に微笑んで、そっと掌に乗せたその時。
『ご機嫌よう、王女殿下』
「ひい!」
小鳥が、可愛らしい小鳥が大変聞き覚えのある艶めいた声を発した。可愛らしさが一気に吹き飛び、そこにいる生き物が魔物にしか見えなくなる。
「あっ、師匠駄目ですよ喋ったら!」
『これは私としたことがうっかりしました。久しぶりに王女殿下のご尊顔を拝見したものでつい』
「な、何故小鳥からイザルグの声が・・・」
『陛下の命により、貴女の側を離れるなと。流石に人の姿で貴女の前に現れて貴女を幼児の姿にするわけにはいきませんからね。どうです?愛らしいでしょう。撫でて下さっても良いのですよ』
「遠慮しておきます」
イザルグはぴちゅぴちゅ、とわざとらしく鳴いてアイーシャの肩に乗って来た。何だか肩が急に重くなった気がするし、鳥肌もたった。
『さあ、参りましょう王女殿下。私がついていますよ』
確かに、憑いている気がする。
「そういえば最近貴方の姿を見かけませんでしたねイザルグ」
『寂しい思いをさせてしまい申し訳ありません。これも陛下の命にて他国へ向かっておりましたので』
「そうでしたか、ご苦労様です」
寂しい云々は無視だ。
『王女殿下、ルーディウス王子にはお気をつけ下さい。決して聖女の証を見せないように』
「えっ?」
『名残惜しいですが、話はこれまで。もう部屋についてしまいました』
アイーシャの前には華やかな装飾が為された扉があった。この部屋にルーディウスは案内されたらしい。
御忠告をお忘れなく、と肩の小鳥が囁いた。