聖王女の後悔
結局昨夜ベッドに入るまで子どもだった体は明くる朝に元に戻っていた。どれくらいの間子どもの姿でいるのか、いつ戻るのかはその時々で違う。今回のように眠っている間に戻る時もあれば、いきなり戻る場合もある。後者の場合は人目につけばまずい為避けたいところだが、これだけはどうしようも無かった。勿論アイーシャも自力で戻る努力はしてみたのだ。心の中で強く念じたり、聖女に祈りを捧げたり、踊ったり、滝に打たれてみたり、イザルグを襲撃してみたり。最初の二つは何も起きず、踊ってみるのは疲れただけ。滝に打たれたら風邪をひいて、イザルグ襲撃の結末は思い出したくもない。となれば、自然に戻るのを待つしか無いと解ってからは大人しくしているしかないのが現状だった。そうなると必然的に幼児化しないよう、部屋に篭っている事が多かったアイーシャにとって、兄やイザルグ以外の異性は未知の存在にも等しい。だからこそ、出来る限り避けていたのだ。
「・・・えっ?」
「だから、あんたが七面鳥の丸焼きをぶつけた相手からの手紙。あんたに会いたいらしいわよ」
ディオンハルトがひらひらと揺らす薄紫の手紙をアイーシャは恐怖の目で見つめた。
「そんな殺人予告は早く処分して下さい!そんなに揺らして爆発でもしたらどうするんですか!」
「大袈裟な子ねー。別に相手の王子があんたを殺害するわけでもないし、これはイザルグが検分した普通の手紙。爆発なんかしないわよ」
呆れたように言うディオンハルトの今日のドレスはやたらキラキラしていて、彼が動く度に太陽の光が反射して目に痛い。だが今のアイーシャにはそんな事はどうでも良かった。
「そ、そそそんな、私はその方に七面鳥の丸焼きを投げつけてしまったんですよ。そんな方とどんな顔をして会えって言うんですか?」
「七面鳥投げつけてごめんなさいって顔したら良いじゃない。あんたが悪いんだから」
「それはそうですけど、そもそもその方は怒ってないって・・・それでも私に会いに来るってことは、ちょっと面を貸せって事なんじゃ。ちょっと面を貸せって言う事は、許さないって事なんじゃ」
「そうだとしても断れないわよ」
「な、何故!?」
しれっとしたディオンハルトに対し、アイーシャは絶望を見たような気分になる。
「手紙の差し出し人はルーディウス・ゼッダ。・・・あんたが七面鳥投げつけた相手が悪かったとしか言えないわ」
「ルーディウス・・・ゼッダ」
いくら異性に疎いアイーシャだってそれくらいは知っている。ゼッダはメリオロッドの隣国にある軍事国家だ。兵力、財力、土地の規模、ゼッダはそれら全てがメリオロッドの遥か上をいく大国だった。そしてルーディウスと言えばゼッダの次期国王である。
「メリオロッドみたいな小国がゼッダに逆らえるわけないでしょ」
「ちょっと待って下さい、どうしてゼッダのような国の王子が、あの夜メリオロッドの舞踏会に来ていたんですか?」
ディオンハルトの言う通り、メリオロッドは小国だ。正直ゼッダからしてみれば砂粒くらいの価値しかないだろう。
「それはほら、隣国だもの。それに・・・まあ色々お付き合いっていうのがあるのよ!アタシだってねえ、本当なら・・・もうっ」
苛立った様子のディオンハルトは長い髪をぐしゃりとかきあげる。
「アイーシャ、これは命令よ。ルーディウス王子と会いなさい」
「ひいい、殺される!幼児化する前に殺されますよ!」
「命令だって言ってんでしょ、最後まで聞きなさい!今回はあんたが悪いんだから、ちゃんと謝って来るのよ」
「・・・うう、」
「七面鳥の丸焼きを投げつけたのは誰?」
「私です」
「自分の後始末は自分でつけるのよ。それからこれも命令だけど」
ディオンハルトはアイーシャを見ることなく、手の中の封筒を見つめて言った。
「ルーディウス王子と会うのはこれが最後にしなさいね」