聖王女の見解
「姫様!お帰りなさ・・・ああぁ姫様!またそんなお可愛らしい姿になっちゃったんですね」
ディオンハルトに退出を促され、今だ元に戻らない小さな体と短い足でえっちらおっちら自室まで戻って来たアイーシャを出迎えたのは身の回りの世話をしてくれるマチカだった。栗毛の長い髪を頭の高い位置で結んだ彼女は部屋の扉を開けるのに苦労していたアイーシャに駆け寄り、アイーシャが入りやすいよう扉を大きく開ける。
「ありがとう、マチカ。子どもの姿じゃ廊下も長くて扉も重いし大変だったんです」
「というか姫様、ディオンハルト様に呼ばれて何で子どもの姿に・・・あ、もしかして師匠にお会いしたんですか?」
マチカがアイーシャを椅子に案内する隣を、ティーポットとカップがふよふよと宙を漂うようにしてついて来る。
「今朝会った時に言ってたんです。陛下に呼ばれたって。運悪く鉢合わせしちゃったんですねえ」
「・・・運が悪かったんでしょうか」
マチカが師匠と呼ぶのはイザルグしかいない。そしてイザルグならむしろアイーシャの滞在中を狙って来そうだ。宙を漂っていたポットやカップはアイーシャが座ると同時に机に着地し、今は湯気を立てる紅茶を注いでいる。このカップ達を操るマチカはイザルグの弟子でアイーシャの魔術師だ。イザルグがディオンハルトに仕えるように、欠点を抱える身のアイーシャにも普通の世話役より魔術師を側につけた方が何かと都合が良いという理由からだったが、幸いな事に師匠とは打って変わりマチカは明るくて元気な娘だった。
「でも姫様は師匠の顔に弱いですよね。確かに綺麗な顔をされてますけど、毎日見てるとお腹いっぱいというか、胃がもたれるのに似てるというか・・・やっぱり美形は時々見るから素敵なんだなあ」
「お、怒られますよマチカ。いやでも確かにそれはそうだと思いますけど」
しかしそれを言うならアイーシャも毎日のようにイザルグの顔を見ているのだ。そもそもアイーシャが今まで幼児化したのは、異性にときめいた時なのだ。イザルグがいくら美形とは言え顔を見ただけでときめいてしまうだろうか。それなら自分はとてつもなく面食いだということになる。
「いいえ!男性の魅力は顔じゃありませんし、私が大事にするのは中身です!」
「えっ?あ、はい!その通りです姫様!」
流石姫様!といきなり声をあげたアイーシャに同意してくれるマチカはやはり良い娘だ。
「そうですよ姫様。師匠の顔に騙されちゃいけません。あの人は自分以外の人間は玩具か何かと思ってるような人なんです、あたしなんて弟子というより奴隷の扱いを受けてるようなものですよ!」
「た、確かに」
先日山の様な仕事を押し付けられている様子や、魔術で馬にされた挙げ句朝から日が暮れるまで乗り回されていたのをアイーシャも知っているからこそ何とも言え無かった。勿論アイーシャもイザルグに詰めよって止めようとしたが、やはりというか幼児の姿になってしまって逃げられてしまった。幼児の足で馬に追いつくわけがない。いや、正確には馬ではなくマチカなのだが。
「でもイザルグの顔を見ると、こう、心臓をぐっとわし掴みにされた気分になるんです。ぐわしっと豪快に。それで気がついたらいつも子どもの姿に」
「・・・それがときめきなんですか?」
「・・・違いますよね、やっぱり」
ときめきとはもっと甘いものだとアイーシャは思っている。アイーシャがイザルグの顔に抱くのは蛇に睨まれた蛙に似ている。だがそれなら何故彼を見ると幼児化してしまうのか。
「うーん・・・考えても仕方ないのかもしれませんが、釈然としません」
しかし何も解らないまま、結局考えることを後回しにしてしまう。
後日、この時深く考え無かった自分を殴り飛ばしたくなることは知らずに。