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 悪い噂が囁かれていると聞いたのは、オルランド様が国を離れてから数日たってのことでした。

 悪いと言うのは、少し大袈裟かもしれません。

 どちらかといえば、それは面白おかしく語られるような、男女間の噂話でした。

 どこそこの令嬢がどこかの騎士と恋に落ちたとか、某伯爵が夫人の目を盗んでとある娘と浮気をしているとか、貴族の未亡人が、若い男を屋敷に引っ張り込んだとか、信憑性はないけれど、どこか本当のことのようにも思える噂。

 社交の場ではよく話されることで、真実が混じっていることもあれば、嘘や妬みからくる中傷を含んでいたりと、様々です。

 どこまでをどう信じ、どう見分けるかというのは、人それぞれですが、やはりいい噂よりも悪い噂の方が広まるのは早い気がします。

 そして、そんな噂が私とオルランド様に対して広まっていると教えてくれたのは、友人のジェセニアからでした。

「婚約者の方に、辛くあたられているって本当?」

 そう真面目な顔で尋ねられ、面食らったのは私の方です。

 そんな事実はまったくないのですが、人目がある場所に二人でいたことがないのですから、そう思われても仕方ないのかもしれません。

 ですが、辛く当たられているだなんて、いったい誰が言い出したのやら。

「オルランド様は、よくしてくださるわ。贈り物だって頂いているし」

 あれを贈り物と堂々と言っていいのかわかりませんが、もらう私が嬉しいと思えば、それでいいのではないかと、部屋に並べられたがらくたにしか思えないものを見て最近は考えています。

 もちろん、装飾品や綺麗な花も大好きですから、贈られれば喜びますし、友人に自慢だってするでしょう。それを刺繍の図案に取り入れてもいいかもしれません。

 公の場で、婚約者同士として人前に出て、優しくされれば、悪い気もしないはずです。

 目つきが少々恐ろしいとはいえ、オルランド様の容姿はそれなりに整っています。例え、表面上の関係だったとしても、並んで歩くことを嫌悪するなどありえませんし。

 ですが、それらのことと引き替えにするほど、今の現状をやめたいとは考えていないのです。

 普通のあり方とは違うかもしれませんが、これはこれで楽しいのですから。

「贈り物を貰ったくらいでは、別によくされているとも、うまくいっているとも言えないでしょう?」

 ジェセニアは、私のことを心配してくれているのでしょう。

 わずかに顔を歪めてこちらを見ている友人からは、怒りも感じられます。彼女自身、政略結婚で随分年の離れた人と結婚しました。最初の頃は、相手の方とうまく関係が築けず、愚痴や不満を打ち明けたりもしていました。

 だからこそ、同じように政略結婚をする私を気にしているのでしょう。

「私はたまたまうまくいったけれど、最初の頃は夫との関係が最悪だったのを知っているでしょう? あの時はいろんな嫌な噂を聞いたし、傷付いたこともたくさんあったわ。あんな思いは味わってほしくはないのよ」

「ありがとう」

 出てきたのは素直なお礼の言葉でした。

 それほど多くない友人の中でも、彼女は特に親しい間柄です。幼なじみと言ってもいいかもしれません。幼い頃から互いの家や領地を行き来して遊んでいたし、秘密だって幾つも共有しています。

 それぞれの好みや考え方も知っていますから、今だって彼女が心底私のことを気にかけてくれているのはわかるのです。

 華やかで、いかにも高飛車なお嬢様という雰囲気ですが、親しい者や家族には優しい人。

 そういえば、誤解されやすいところがオルランド様に似ているかもしれません。

 だからこそ、私は自分の気持ちを正直に口にしました。

「オルランド様と婚約した時に、嫌な噂を聞くことになるのは覚悟していたから」

 そもそも、最初に彼の経歴を見た時、女性関係に関しては妹と二人眉をひそめたくらいです。

 多かれ少なかれ、その手の男女間の噂は出てくるものと予想はしていました。少しばかり予想と違う展開になってしまったのは事実ですが。

「それにね。私、オルランド様との結婚は嫌ではないの。何度かお話してみて、そう思ったのだから、大丈夫よ」

 恋愛ではないけれど、愛情のようなものは沸いてきているような気がします。家族愛みたいなものではありますが。

 それでもやはり政略結婚です。

 実際に生活してみれば、相いれないものが出てくるかもしれません。その時には、悩むこともあるでしょうし、逃げ出したくなることだってあるでしょう。

「もし、辛いことがあるなら、必ずあなたに相談するから」

 そう言える相手が目の前にいるということに、今の私は安堵しています。

 ジェセニアは、まだ心配そうでしたが、私の決意にやがて諦めたように笑いました。

「子供の時みたいに、嫌なことは嫌って口に出来たら、楽なのにね」

 言えないことばかりが増え、親しい人間以外には愚痴や弱みを見せられないのが貴族の世界。

 全ての悩みを口に出来るわけではないとはわかっていますが、それでもこうやって自分のことを心配してくれる人がいるのは嬉しいことなのです。

「ジェセニア。どうかずっと私とお友達でいてね」

 私の真剣な言葉に、顔をほんの少し赤くしたジェセニアは、当然です!と言いながら、そっぽを向いたのでした。



 噂に関しては、ひたすら消えるのを待つしかないのかもしれません。

 ですが、やはりその噂がどこから出てきたことなのか、気にはなります。

 そのあたりのことを調べるのは、私では無理ですから、それらにもっとも詳しいであろう二番目のお兄様に頼ることにしました。

 最初は相手にされないのではと心配していましたが、あまり願い事をしない私が頭を下げたのが意外だったのか、お兄様は快く引き受けてくださいました。

 しばらく時間が欲しいとおっしゃった割には、次の日には大体のことを調べてきたようで、めずらしく早く帰宅されたお兄様は、私を部屋へと招き入れ、にやにやとそれこそ意地悪そうな笑いを浮かべて報告を始めます。

「どうやら、お前の話は、この間のベルグラーノ家のお茶会に出ていた令嬢あたりから出た話らしい」

「まあ」

 それほど、噂好きの方々がいたとは思えなかったのですが、人は見かけによらないということでしょうか。私だって、それなりに噂話は好きですし。

「令嬢方の間では、お前は可哀想な人ということになっているらしいよ」

 にやにや笑うお兄様の言葉に、私は少し不安になりました。

「他にも、お前がオルランド殿に懸想して、権力を振りかざして強引に恋人から彼を奪ったとかも聞いたぞ」

 そんな泥沼な噂が!

 そこまでのことになっていたなんて、さすがにわかりませんでした。もしかすると、友人や家族が私の耳に入らないようにしていてくれたのかもしれません。

「オルランド様もそのことを知っていらっしゃるの?」

「さあ、どうだろう。噂が出はじめたころ、もう彼は国外にいたからな」

 そういえば、そうでした。

 お茶会でのことを相談したかったのに、それが出来なくてがっかりしたのを覚えています。

「気になるといえば、お前とオルランド殿の関係は特に変わっていないのに、この時期になって、急に話題にされはじめたというのがな。だいたい、屋敷の中のお前達の様子を見ていたら、そんな噂など出ないと思うぞ」

 まるで年取った老夫婦みたいだと言われてしまいました。

 そういえば、ヘッセニアが、『茶飲み友達みたい』とも言っていた気がします。

「だが、そうだな。一度くらいは二人で出かけた方がよいのかもしれない。仲むつまじくしろとは言わないが、少しは婚約者同士ってところを見せないと、今の状況だと何を言われても反論できないだろう」

 そのとおりかもしれません。

 さすがに、私だってこのままの状況がいいとは思ってはいません。

「とりあえず、オルランド殿が戻ってきたら、相談しろ」

 もっともなことなので、私は神妙な顔をして頷きました。

 とはいっても、オルランド様がいつお戻りになるのか、さっぱりわからないことは内緒にしておきましたけれど。

 だって、そんなことも聞いていなかったのかと、うかつな私に呆れられるのはわかっていましたから。

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