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 私が、オルランド様と初めて会ったのは、王宮で行われた舞踏会でした。

 伯爵である父に連れられ、姉や妹たちとともに出席したのは、ただ招待されたからという理由だけではありません。

 舞踏会は、未婚の令嬢たちが、自分たちと釣り合いのとれた相手を見つけたり、親たちがさりげなく婚約者候補に会わせるために利用されることも多いのです。

 その日の私たちの目的は、後者でした。

 姉にはすでに婚約者がいましたが、妹と私には、決まった相手はおらず、父は、以前より、身分的にも、年齢的にも――そして、政略的にも私たちの結婚相手にふさわしいであろう男性を探していたのです。そして、その相手として選ばれたのが、オルランド様でした。

 近衛騎士でもある彼は、普段は王室主催の舞踏会では表に出ることはないのですが、今日は特別に休暇をいただいているのだ――とは、彼の父親でもある侯爵様の言葉です。

 この婚姻は、相手の侯爵様にとっても、こちらにとっても益になるものでした。

 そのせいか、侯爵様の口から語られるオルランド様の性格や仕事ぶりは、聞いているこちらが疑ってしまうほどに、品行方正なものだった気がします。もちろん、私たちについても、同様でした。

 そんな完璧で非の打ち所のない令嬢など、この世にいるわけがないのですが、自分の父親の口からは、かなり美化された私たち姉妹のことが語られています。

 どこか面はゆい気持ちですが、当然のこととして、私たちもあの方も、互いの親の言葉を遮ったりはしません。

 あくまでこれは形式的なことで、本当は相手のことなど調べていて、どんな人となりか、これまでどんな相手と交流があったかなど、知っているのですから。

 そこでわかった他人には聞かせられないようなことを口にするなど、愚かなことですし、ここで、こうやって親たちが大げさなくらいに子供を褒めあっているのは、周りに聞かせるためで、互いがこの結婚を喜んでいるのだと、それとなく示しているだけなのです。

 妹か私か。どちらが嫁いでも、互いの益になるせいか、確かにいささか大げさすぎる気はしましたけれども。

 それをわかっている私も妹も、普段以上に気を遣い、常に優雅に、そして微笑みを絶やさず、相手の反応を伺っていました。どちらが選ばれるにしても、そこにいるのは将来の義理の父、あるいは親族になる人なのです。悪い印象など、与えたくはありませんでした。

 けれども、そんな私たちとは違い、婚約者候補であるはずのあの方は、とても退屈そうに見えました。もちろん、この場には、私たち以外の貴族がたくさんいます。彼らは、それとなくこちらの様子を伺い、聞き耳を立てているのです。聡いあの方がそれに気がつかないはずもありません。

 あからさまな態度はとられませんでしたし、常に貴族らしい振る舞いではありましたが、私や妹を見る目は冷たいものでした。

 正直、とても恐い方だと思ったのです。

 彼の眼差しは、常に相手の力量を推し量ろうとしているようでした。じっと見つめられると、全てを見透かされる様な気がして、目をそらしたくなってしまいます。

 あれは、私のことを無知で愚かだと思っている眼差しでした。

 父や妹が、あの方と難しい話をしているとき、私は何も答えられませんでした。

 勉強はしていますが、政治のことはよくわかりませんし、駆け引きも苦手です。

 社交的な妹がそつなくあの方の会話についていけるのに感心するばかりでした。 

 舞踏会が終わった後、父にどうだったかと聞かれ、曖昧にしか笑うことが出来なかったのは、そういう目で見られていたことが気になっていたせいかもしれません。



 結局、どちらが選ばれるかということは、その場では曖昧にされ、それでもあの方は、頻繁に私たちの住む屋敷に訪れるようになりました。

 相手をするのは、もっぱら父か妹です。

 茶会や晩餐には私も同席はしていますが、繰り返される難しい話についていけず、ただ早くこんな時間など終わればいいのにと思っていました。

 あの方も特に私に話しかけることはありません。一度、あの方の質問にうまく答えられなかったことがあり、それ以来、会話の途中で話をふられることはなくなってしまいました。

 だから、きっと選ばれるのは妹だろう。そんなことさえ思っていたのです。

「お姉様、彼のことをどう思う?」

 妹のヘッセニアにそう尋ねられたのは、あの方が訪れた日の夜のことでした。

「私は苦手だわ」

 妹にはめずらしく、困ったような顔です。

 私はてっきり妹はあの方を嫌ってはいないと思っていたので、その言葉は意外なものでした。

「一緒にいると疲れるの。あっちもそうじゃないかな。私のことを、頭でっかちでうるさい女だって思っているような気がするし」

「そんなことはないでしょう。いつもあの方の話にちゃんとついていけているのに」

「やりこめられてばかりよ。それにお姉様、知っていらした? オルランド様には、好きな方がいるらしいの」

 私は、なんと言っていいのかわからず曖昧に微笑みました。

 実は、他の貴族の令嬢たちが噂していたのを聞いていたのです。あの方にはつきあっていた女性がいて、婚約こそしていませんでしたが、いずれはそうなるのだろうと言われていたと。なんらかの事情があり二人は別れたけれど、あの方はまだ諦めていない。

 おもしろおかしく語られたそれがどこまで本当のことかはわかりませんが、少しの真実は混じっているような気がします。

 気になるとすれば、その相手が誰なのか、調べてもよくわからなかったことでしょうか。

 よほどうまく隠していたのか、それとも本当にただの噂なのか、現時点の私には判断しかねるのです。オルランド様が騎士になるために実家を出たのは、随分前のことですし、騎士となってからしばらくは自宅ではなく宿舎で生活していたと聞いていますから、その時のことであれば、調べにくいのだと父も言っておりました。

「どちらにしても、政略結婚だもの。よほど馬鹿なことをしでかさなければ、浮気くらい我慢しなければならないのでしょうけれど。なんだか憂鬱だわ」

「そうね。私も、あの方が話していることは難しすぎて、頭が痛くなるの」

 身内への気安さから、私は本音を正直に話しました。

 元々、妹とは年も近く、幼い頃から他の兄弟たちよりも仲がよいのです。なかなか他人には心を開かない妹も、私には素直な気持ちを聞かせてくれます。

「やっぱりそうじゃないかと思っていたわ。だって、お姉様ったら、あの方がいらしている時はいつも、下を向いているか紅茶のカップを睨み付けているんですもの」

 睨み付けているわけではないのです。

 顔を上げれば、目の前にいるあの方を見ることになりますし、かといって窓の外や他の場所を見るのは失礼です。会話に参加することもできないのですから、自然とそうなってしまいます。

「お姉様も、何か話をされればいいのに」

「でも、あの方、頭の悪い女性は好きではないみたいだから」

 余計なことを言って、馬鹿にされるのも嫌なのです。

 それに、私が出来る会話といえば、最近流行のドレスのこととか、どこのお店のお菓子がおいしいかとか、あの方ならばくだらないと切り捨ててしまいそうな話ばかりです。

 政治の話も、他の国の話も、普通の令嬢が知っている以上のことは詳しくありません。それでも、身分高い者に嫁ぐ可能性も考え、国の歴史も政治についても、それなりには勉強はしているつもりです。ですが、もっと具体的なこと――たとえば政治についての意見を求められても、頭が良くない私には、答えられないでしょう。勉強が出来ることと、実践でそれを応用できるかは違うのです。

 でも、私にだって貴族の娘としての誇りがあります。

 答えられないことで、馬鹿にされるのは嫌ですし、笑われるのも耐えられません。それならば、無口であまりしゃべらないと思われていた方が、ましです。

 結婚したとしても、あの方は近衛の仕事が忙しく、ほとんど家に戻ることはないでしょう。

 両親のように、表面だけでも取り繕い、干渉しあわず、屋敷の女主人としてそつなくこなし、跡継ぎをなせば、それでいい。あの方だって、それ以上のことは求めていないでしょう。

 大多数の貴族たちがそうであるように、私も妹もそう振る舞うのだと、漠然と思っていました。

 それを変えてしまうきっかけになったのは、ある日の午後。

 ですけれども、その時は、そんなことなど思いもせず、ただ自分の運のなさに落ち込んだのです。

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