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1日目 午後

今日の帰りも遥波は悠斗と一緒に帰ることになってしまった。


(こんなつもりじゃなかったのに……。)



事の始まりは半刻前に遡る。




「ばいばい」や「さようなら」といいあう生徒の声が遠くの方で聞こえる。

遥波は落胆しながら階段を降りていった。



「先生の馬鹿野郎!」



人に聞かれてはまずい事を叫びながら、足取りを進める。



今日は思ったより部活の天文部が長引いたのだ。


普段は放課後の部活はこんなに長くないのに(星を見るため、休日の夜の活動がメインである)、気がつけば最終下校時刻までいた。



(うー……、最終下校までいてしまったー……。)



太陽もかなり傾き、帰路につく生徒を赤く照らしてた。

遥波は使い慣れたローファーを履き、とんとんと地面を蹴る。


乗降口から出ようとすると、無駄に背が高い男子の軍団が横切った。

――男子バレー部だ。



(バレー部ってこの間試合だったのに、こんな遅くまで練習してんだ……。)



そう思いながらじっと眺めているとはた、と塊の中の悠斗と目が合ってしまった。

しまったと思ったが、時は遅し。


その眼が「まっとけ」と命令しているような気がした。


気がしただけだったから帰れば良かったが、帰らず律儀に待っていた。

――何故なら、その視線に射竦められたからであり。

それに、遥波は気がつかなかったが。



友達と別れた悠斗が駆け寄る。



「こんな時間までいたのか。」

「うん、悠斗もお疲れ様。」


「あぁ。」


ここで冒頭に戻る。


以降ここまで悠斗と話していない。


話す内容がないため、少し斜め前の悠斗をチラ、と見る。

今日の捺季の言葉を思い出した。



(顔はー……、整っているのかなぁ……。)



この顔を見慣れ過ぎていて、男性の顔の良さの基準は、悠斗になっている。

確かに"かっこいい"と思った男性がテレビ以外ではあまり見たことがない。


はたと、彼の髪に目が行く。

茶色がかった柔らかそうなそれは、男子なのにさらさらみたいで。



(触って、みたいな。)


ふとそんな気持ちが溢れ出た。

が、身長の問題に達する。



(身長……、確かに日本人としてはデカイよなぁ……。)



百六十センチしかない自分でも、クラスでは真ん中より後ろの高さだが、

優に百八十センチを超しているだろう彼の身長を見るとため息が出そうになる。


まぁ、バレーボールの選手だし。


というより身長が高いと何のメリットがあるのか自分には解らないのだが。



(うーん、うーん。優しいとこ、優しいとこ……。)



捺季が言っていた、

――最後の優しい所がどうしても見つからない。

確かに防犯対策の為に帰ってくれるのは有難いが、自分にとっては迷惑だ。



(だったら"やめたい"って言えばいいんだけど、

なんだか言えないんだよな。)


ふと、前に目をやる。

数十メートル先の信号機が見え、その信号がちかちかと点滅している。

この信号を渡れば家まですぐ。


早く帰りたい気持ちと――一刻も早く悠斗と別れたい気持ちが高まり、その青で渡りたいがため走った。

いきなり走り出した遥波に、悠斗はぎょっと驚く。



「お……おい、いきなり走って危ないぞ!」


「へーきへーき……、きゃあ!!」


遥波は短く叫ぶ。

足がもつれる。

ブロックとブロックの微妙な隙間に足をとられ、バランスを失った。


「転ぶ!!」と目を瞑った瞬間、自分の体は予想外の――後ろの――方へ倒れた。


ばさっ!と派手な音を鳴らしながら、遥波は違和感を覚える。

痛くない。


遥波はおそるおそる後ろを見た。

同じようにしりもちをついた悠斗が。

どうやら、悠斗が咄嗟に自分の方に引っ張ったらしい。

そして悠斗の方へ倒れ込んだみたいだ。


「つつ」と声をあげつつ、悠斗が遥波を見た。



「だい、じょうぶか?」


「あ、うん、大丈夫。」


「じゃあ、どいてくれないか。」


「へ?……あぁあ!!」



倒れ込んだ勢いで、遥波は悠斗の胸の中にいた。抱きかかえられた状態なのだ。

状況を把握した瞬間、遥波はかっと赤くなり、慌ててどこうとした。



「ごごごごごめん!!!私ってば重いのに!!!」



「ははは」と苦笑いした遥波は、さっと立ち、ぱんぱんとスカートを叩いた。



「嫌、それくらいは。」



悠斗も自分の尻を叩き、砂埃を落とす。

そんな中、遥波はわたわたと一人慌て出した。


「ていうか、腕とか、足とか!!

悠斗、バレーの選手なのに怪我とかしたら!!」



「大丈夫だって。焦るな。」



あわあわする遥波を宥めるようにぽん、と頭に手を置く。



「へ?」


一瞬理解出来なかった遥波は、固まったまま、次の瞬間、その触られた所を中心から、体温が上がっていくのを感じた。



「てて手、あああ頭撫でられるような歳じゃないし!!!」



そういって手をどけようと、悠斗の手を掴む。

自分の力いっぱいどけようとするが、びくともしない。


悠斗は無言のままぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。



「なっ……!なにしてんのよ!!

せっかく朝セットしてるのに!!!」


「髪は乙女の命なんだから!!」と反抗しようと思った瞬間、ぴたりと乱暴な手つきが止まった。


「……セットねえ……。」



そして呟いたとたん、ぱっと手を頭から放した。


自分の手も悠斗を掴んでいたためふわりと浮くが、直ぐに放す。



「もう今日どこも行かないだろ。」


「それは、そうだけど……。」


悠斗が何事もなく、歩き出す。

そしていつの間にか青に変わっていた信号を渡り始めた。



「あ、待ってよ!!」


一瞬呆然とした遥波だったが、我に帰り急いで付いていった。


家についた遥波はラフなジャージに着替えた。


スカートのプリーツを崩さないように丁寧にハンガーに掛け、ばふんとベッドの上に乗る。


今日、布団を干したらしく、ふわりとお日さまの暖かい香りが鼻をくすぐった。


ベッドのスプリングがきいきいと鳴る中、遥波はただ黙っていた。



――ありえない。


ありえない。

悠斗は頭をぐしゃぐしゃにした。

せっかくセットしたのに――



嫌、そんな事ではない。


もっと自分には"あり得ない"と思うのがあった。

それは、何がありえないのか。



(もっと悠斗に触れていたかかったなんて。)



そんな事、ありえない。



あの時、悠斗に抱きすくめられてもっとこのままでいたい。だなんて下心のような事を思ってしまった。



確かに、捺季の言うとおり、近くで見た悠斗の顔は整っていた――席の斜め後ろの男子よりかは。

身長が改めて大きいなとも思った。

胸板が広く、その中で優しく打つ彼の鼓動。


それが温かく、なんだか安心してしまった。



そして、優しい。

自分を助けてくれた。

あの時、ちょっと優しいなというほんわかした気分とは裏腹に、心がなんとも言えないくらいにきゅう、と締め付けられるような気がした。



もう少し、触れていたかった。

なんて。



(――ありえない。)


昔の、子どもの頃じゃないんだから。


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