それはいつもの日々――1日目午前
羊じゃなくて、ヤギがでる夢をみた。
すごくいきなりだが、羊は好きだがヤギは嫌いである。
テレビで取り上げる動物の赤ちゃん。
ヤギはしょっちゅう見るけど、羊なんて一年に見るかどうかだ。
それに、冬になって。
――ああ、冬も嫌いだな。
冬になるとお店に並ぶカシミヤのセーター。
カシミヤは羊毛よりずっと高く売れる。
そして、一番の理由として。
どうして、どうして。
3つ生まれた星座が違うだけで"年齢"という大きな差が生まれるのだろう――……。
――ぴぴぴぴ、ぴぴぴぴ
高い耳に障る機械音が規則的に鳴る。
ふいに手を伸ばした所に、その音源があったため、おもいっきり叩いた。
ばしん、といい音と共に部屋がしいんとした静寂に包まれる。
「――最悪。」
そう呟いた後、布団から少しだけ顔を出す。
まだ眠気が収まらない眼をこすりながら、布団から起き上がった。
何が最悪なのか、そもそも今日の第一声が"最悪"という事も最悪なのだが、一番の理由が夢の中に羊ではなくヤギが出てきたのだ。
(……昨日はなかなか寝られなかったから、羊を数えて寝たはずなのに、よりによってあいつの星座のヤギ。
ほんっと最悪。)
そう思いつつも、ある程度眼が覚めた神山遥波は、
ぱたん、ぱたんと先程の目覚ましとは違う不規則な足取りで階段を降りる。
階下に降りると、朝食の準備をする母が台所に立っていた。
そんな母が遥波に声をかける。
「今日は御門さんのお坊ちゃんが迎えに来る日でしょ!!もっと早く起きなさい!」
「……はいはい。」
(ダルいな…。)
遥波はダイニングテーブルの椅子につき、焼きたての食パンを一口食べた。ふんわりとしたバターの甘みが口の中いっぱいに広がった。
母が言う"御門さんのお坊ちゃん"というのは、この隣に住む御門悠斗の事である。
遥波の一つ上の高校二年で幼なじみの彼を最近疎ましく思う。
小さい頃は生まれた月も悠斗が1月、遥波は同年の4月と近く同い年のように遊んでいたが、
先に彼が小学校にあがってから、なんだか壁を感じるようになったのだ。
そう思いつつ、"防犯対策のため"とかなんとかで悠斗と一緒に登下校を遥波が小学一年になった時からやっている。
高校にあがり、遥波が悠斗と同じ高校に通うようになってからも、度々一緒に学校に行ったりしている。
でも最近は、もうお互い高校生だ。そ
れになんだか並んで歩くと胸の奥底がもやもやした変な気分になるし、やめたいのであった。
だが、何故かやめられない。
それ故なんとも言えない、もどかしい気持ちになっていた。
朝食をとり、顔を洗う為洗面場へ行った。
鏡に写る、自分の姿。
頭はボサボサで、顔もはっきりしていない。
「……不細工。」
そう貶し、顔を濡らした。
その後、再び二階へ上がる。
気だるさの中、制服のスカートを履き、一回二回と折り返していた所、玄関のベルが鳴った。
悠斗だ。
「もうそんな時間!?」
急いで上着に腕を通し、手元の携帯の時計をみた。
画面が7:30を知らせている。
同時に玄関から彼の「おはようございます。」という声のがした。
世話しなく廊下を走る音。母が悠斗の応対をする為に走っているみたいだ。
そして階段から「悠斗君よー」と叫ぶ母の声が聞こえる。
朝からなんと世話しないのだろうか。
遥波は「わかってる!」と叫び返し、カバンを持って急いで降りた。
ぎぃと、金具が錆び付いた門を閉め、悠斗を見上げる。
小さい頃はおどおどびくびくしていた悠斗も、いつの間にか見上げる程身長が伸びてしまった。
そんな男女の差に、ぽっかり穴が空いた気分になる。
「おはよ、悠斗。」
「…おはよう。」
悠斗はそう言い、学校へ歩き出す。
(愛想のない挨拶。)
遥波もその調子に合わせ、足を出した。
車の走る音、鳥の歌声、そして自分たちの足取りの音のみの雰囲気。
ただ話は、ない。
「「……。」」
(話題が、話題が無い!!)
そう思いながらも、遥波自身、なんだか焦がれるような気持ちだった。
ただ数十mの学校の距離が近く感じる。
まるで友達と遊んでいるような、時間の流れと同じように。
悠斗に感じる寂しさ、焦がれる想い。
それは、約十年前にはなかった気持ち。
しいんとした静寂の中、ただ黙々と歩き続け、結局話題もなく、妙な気分のまま学校についた。
「あー……疲れた、あさっぱらからもう疲れる……。」
教室に入るや否や、どん、と勢いよく遥波は机の上にカバンを置いた。
よく考えたら、悠斗とは全然話す内容が無い。
まず、彼はバレー部バリバリの運動系なんだが、自分は天文部というもう文化中の文化系なのだ。
それに男女、学年の差は大きい。
話が弾む訳がないのだ。
せめて、同じ学年であれば。
遥波は一つ大きなため息をついた。
「おっはよう、遥波!」
ふいに名前を呼ばれ、そちらを向く。
「おはよう、捺季。」
捺季は友達の一人。
いつも元気いっぱいで、どんな時でも笑顔を絶やさない、熱血な彼女は、高校に入学した時、初めて話した子だった。
それからずっと、仲が良い。
いつもと違う遥波の様子に「どうしたのー?」と続けて話した。
「朝からため息なんてついちゃたってさぁ!
あ、もしかして、今日御門先輩と一緒に登校日?」
「うん、そう。悠斗と話題無いし疲れる!いくら防犯でも本当にやめて欲しい!!」
遥波は勢いよくカバンのチャックを開けた。
その姿に捺季はびっくりしつつニヤニヤする。
「でも、あの御門悠斗先輩と一緒なんだよー?羨ましいー。」
捺季は長いポニーテールの先を弄りながら言った。
女子バレー部の捺季曰く。
悠斗は身長が高く、顔も普通に整っていいる。
バレー部ではレギュラーで、高い運動神経を披露する。そしてその上親切、らしい。
捺季がハンカチを無くした時、一緒に探してくれたそうだ。
でも遥波はその"いい所"を理解出来ない。
確かに彼は身長は高いが、それはバレー部だからだし、顔ももう、うん十数年見慣れている顔だしなんとも。
優しい所はあまり分からない。
そう言うといつも捺季か「えー」って言われる。
「遥波って本当にもったいない事してるよね。幼なじみっていいポジションだし……」
「五月蝿い。」
遥波は捺季の言葉を遮ると同時に、カバンから乱暴に教科書を取り出した。
今日はなんだかイライラするのだ。
触らぬ神に祟り無し。
それを察した捺季は「じゃあ」とそそくさ、自分の席へ戻った。
「私もあげれるもなら捺季にあげるって……。」
遥波はまた一つため息をついた。