後編
そばにいるよ 2日目
「帰ろう」
「やだよ」
「今は帰ったほうがいいよ」
「嫌だ!」
「じゃあどうするの?」
「亜美の所に行く」
「行ってどうするの」
「行って、行って…」
「修一さんとの事を聞くの?
問い詰めるの」
「それは…」
「今は止めたほうがいいよ。
こんな心じゃ、話しても聞こえないから」
「聞こえない?」
「そう。彼女に聞こえないから。
アナタの心が伝わらない。絆が薄くなってる」
「そうなのか」
「うん」
「そうか…」
「落ち着いた?」
「うーん」
「落ち着いたみたいね」
「…ふー」
「一度家に帰らない?
これからの事をもう一度考えるの」
「そうだな」
俺は部屋をイメージした。
「…」
俺の部屋が現れた。
朝なのにカーテンが開いていなくて薄暗い俺の部屋。
つい開けようとした手がカーテンを通り抜ける。
(そうか、触れないんだ…)
こんな時、ドラマなら、ベッドに倒れこんだりすんのだろうが、
今の俺には倒れる体もないんだ。
「大丈夫?しっかりして」
「どうすりゃいいんだよ!」
泣きたくても涙も出てこない。
「今までの事を整理したら?」
「整理って言ったって、分かったのは亜美と修一が出来てたって事だけだ!
ちくしょう、親友に裏切られるなんて!」
「でも2人がアナタの死んだことに関係してるのは分かったでしょ」
「う、うん」
「もっと2人から話を聞かないと」
「またあれを見るのか?!」
「いつもそうだとはかぎらない。
でも、その後なら深い話が聞けることもあるから。
2人ともアナタが死んだことにショックを受けてる。
あれはその事から逃げるためでもあるみたい」
「そうか」
「うん」
「美幸は俺と亜美をいつも見てたんだよな」
「うん。アナタが亜美さんと出会って、告白して、つき合いだして、
そして愛し合うのをずっと初めから」
「その…つらくなかったか?」
「つらかったよ。
だって私がしたかった事を全部してる。
死ななければ、亜美さんの役は私だったかも知れない…」
「そうだな。…でも俺に憑いてたんだ」
「うん。一緒に居たかった。せめて孝の人生を見ていたかった」
「そうか。
なぁ、一緒に生まれ変われないのかな?」
「それは無理。
アナタはこれから誰かに憑かなければならないし。
私はどこに行くかもわからない」
「そうか…上手くいかないもんだな」
「うん」
泣いているみたいにゆれる美幸の光。
(抱きしめたい!)美幸を抱きしめたかった。
〔ガチャ!バタン!〕
玄関が開く音がした。
「母さん。一度休め」
「ええ」
親父とお袋の声がした。
「親父達帰ってきた!」
「そうね」
台所に下りてみる。
テーブルで静かに座っているお袋。
「お茶でも飲むか?」
親父がやかんを火にかける。
「ほら飲め。腹は?なんか食わないと」
「ありがとう」
答えるお袋の姿がすごく年をとったように見えた。
「なんでこんな事に…」
「あの馬鹿が!」
親父も座るとお茶をグッと飲み干す。
「ごめん」
俺は2人にあやまる。
「母さんは一度休め。後のことはそれからだ」
「大丈夫です。あなたこそ休んで」
「馬鹿言うな。昨日から寝てないんだろ」
「あなただって」
「俺は帰ってくる途中で寝たから」
でも親父の顔も寝てない顔だった。
「風呂沸かしてくる」
親父が台所を出て行く。
「母さん」
俺はお袋に近づいた。
「ん?」
「おや?」
「婆ちゃん?!」
お袋の後ろに光が見える。
「孝君?」
「やっぱり。婆ちゃん」
「こんな所にいたのかい」
「婆ちゃんもお袋の所に?」
「そうだね。いくつになっても娘は娘だからね」
「会いたかった。最後に会えなかったから」
「しょうがないよ。お前は翌週が受験だったんだから」
「俺。合格したよ」
「知ってるよ。見てたから。おめでとう」
「孝。誰かいるの?」
美幸が聞く。
「ん?誰かと一緒なの?」
「俺の婆ちゃんだ。幼馴染の美幸だよ」
両方に答える。
「私は会ったことが無い子だね」
「うん。向こうも婆ちゃんの事は知らないって」
「じゃあお互いは見えないね。よろしく言っておくれ」
「婆ちゃんがよろしくってさ」
「うん」
「その様子だと、魂に成ってからのことはその子に聞いてるみたいだね」
「うん」
「じゃあこんな所に居ないで早く戻りな」
「でも俺は自分の死んだ様子を知らなきゃならないんだろ。
後3っ日の間に、いや、もう2日しかないけど。
そうしないと誰にも憑けなくて消えちゃうって」
「それもその子から聞いたの?」
「うん。美幸が色々教えてくれたよ。
彼女が居なかったら俺はそのまま消えてるとこだった」
「孝君。私からその子が見えないって事は、声も聞こえてないね。
私にもその子の声は聞こえないから」
「うん。会った事無いって言ってるし」
「じゃあ黙って聞きな。驚いたりしないでね。その子は嘘をついてるよ」
「え!?」
「どうしたの孝?」
美幸が俺をジッと見てるんだ。
「返事をするんじゃないよ。
いいかいお前はまだ死んでないんだ。
お前の体は生きている。ただ意識だけが体から離れているだけなんだよ」
「え?!」
「し!その子から何を聞いたか知らないけど、その子はお前を殺そうとしてるんだよ」
もう俺は言葉が出なかった。
(そんな…美幸が俺を殺そうとしてる?何でだよ。俺を好きで俺に憑いてたんだろ)
「その子は、お前は死んだと言ったんだろ。
でもまだ死んでないんだよ。今なら戻れる。早く体に戻りな」
「でもどうやって?」
「病院に行ってお前の体に触ればいいんだよ」
「でも俺、病院の場所も、病室も覚えてないんだけど」
「孝?お婆さんと何を話しているの?」
美幸の声が変わった。
「此処までどうやって来たんだい?」
「地下鉄で黒い塊がやって来て、その時、美幸に俺の部屋をイメージしろって」
「じゃあ病院の記憶は?」
「孝!なにを話してるの!」
「うん。無い。イメージ出来なかった」
「そうだったの」
「うん。病院に担ぎ込まれたときには意識が無かったから、
もう病院には戻れないんだ」
「だから事故の事を覚えてないんだね」
「うん。婆ちゃんは知ってるの?知ってたら教えてよ」
「私から聞いても駄目だよ。
お前の親が、警察から聞いてたから事情は知ってるけど、
私が事故を目撃したんじゃ無いからね。
戻る為には、実際に居た人から聞くしかないんだよ」
「美幸の言った通りか…」
「お前の友達は?誰か事故の前まで一緒だった人は居ないのかい?」
「たぶん亜美達が」
「恋人かい?」
「うん」
「その子は事故の様子を話してなかったのかい?」
「事故のことは知ってた。俺が死んだって言ってたから。
でも具体的なことは何も」
「その友達から事故の様子を聞くしかないね」
「やっぱりそれしか無いんだ」
「孝ー!」
返事をしない俺に美幸が叫ぶ。
「うるさい!話しかけるな!お前騙してたな!」
「お婆さんからなにを聞いたの!」
「あの時自分の体に戻れば、俺は生き返れたんじゃないか!」
「でも孝は病院に戻れなかったでしょ。
記憶が無いから病室にはもう戻れなかったのよ。
それに、あの黒い塊から助けるには逃がすしかなかった。
だから逃げるために、孝の一番覚えてる家に飛ばしたの」
「そして戻れなくして殺すつもりだったな」
「そんなの嘘よ!今だって協力してるでしょ」
「それは俺が人に憑ける様になる協力だろ。
生き返る協力じゃ無い!」
「同じなの!
生き返るにしても、だれかに憑くにしても、
死んだ時の記憶を取り戻さなければならないの。
そうしないと、自分で死んだことをなっとくしないと、
魂として存在してられないから!」
「うるさい!もうお前の言葉なんか信じない!
もう好きじゃない!消えちまえ!」
胸の中で赤く光っていたモノが消えた。
「孝ー。いや。怖い。絆を消さないで」
「うるさい。俺はこれから、1人でやる!
何が遭ったか、2人から聞き出すんだ。
もう憑いてくるな!」
それだけ言うと、俺は亜美の部屋をイメージした。
「居ない」
亜美の部屋はカーテンが開いていた。
でも本人の姿は何処にも無かったんだ。
「シャワーか?」
他の部屋は覚えてないから行けないし。
時計の針は10時を指している。
10分待つ、20分、30分を過ぎた。
「もう家には居ないのか」
俺は学校をイメージした。
「うわ!凄い人だ!」
学祭の2日目、今日は土曜日。一般の人も沢山来ていたんだ。
中庭のステージでは、サークルの企画が行われ。
出店も昨日以上に売り子を増やしている。
「亜美を探すのは無理だな。修一を探すか」
亜美と同じような雰囲気の子が沢山居る。髪型も後ろから見ると見分けがつかない。
スタッフジャンバーの男を見て回るが、修一も見つからない。
「あいつ。逃げたか。それとも隠れてるのか」
講堂、教室、学食、校庭、行ったことある場所を何度も行ってみた。
「居ない。居ない。居ない。居ないぞ。どこだ修一!」
焦った俺は、2人とは関係の無い場所に立っていた。
「駄目だ冷静になれ」
やつのアパートにも、亜美の家にもまた行ってみる。
「居ない。ちくしょうー!俺が行ったことの無い場所に居るのか?」
〔ピンポンパンポーン〕
「本日の学祭の終了時間がまいりました。
一般のお客様は学内から退去してください。
各サークルの方は、片付けと、明日の準備に入ってください。
皆様、本日はご来場ありがとうございました。
明日は最終日です。
コンサートのチケットは、十時より講堂前で販売いたします。
皆様のお越しをお待ちしております」
アナウンスが流れて、人が帰り始めた。
「これなら修一を探しやすくなる」
俺はその後も校内を考えられる限り移動してみた。
「何で居ないんだ。何処に隠れてる」
校内の案内板の前で腕組みをする俺。
「後行ってない所は?
部室棟、研究棟、教授会館、図書館、6号館、8号館。
…うわ、こんなにあるって言うか、俺こんなに入った事が無かったんだ」
考えたら、3年間大学に来ても、同じとこしか行ったことが無い。
いや大学だけじゃ無い。普段の生活だって家と学校の往復だけ。
他に行く所と言えば、コンビニとビデオ屋とカラオケぐらいか。
後はたまに行く、チェーンの居酒屋と学校近くの食堂。
俺の世界ってこんなに狭かったんだ。
亜美とのデートだって、2回ほどディズニーランドに行ったぐらいで、
後は俺の家か、ホテル。お茶するのはスタバかドトール。
一度ぐらいはコンサートも行ったか。
でも亜美が、
『もっとスポーツ観戦とか、遊園地とか話題のスポットとか行きたいー』
って言っても、
人が多いし、疲れるし、めんどくさいから、連れてかなかった。
亜美はそんな俺が不満だったのか? だからスポーツとか大好きな修一と…
修一からも、部室棟寄ってくか?汚いし臭いけどって言われて、
『いい。興味無いから』って断ってた。
ただめんどうくさかった、ってだけで。
サークルや部にも入らずに、
家に帰っても、ゲームかビデオ見てゴロゴロしてるだけ。
大学でも別にやりたい事も無くて、ただ毎日流されて…
そうだよな。亜美が離れるわけだ。
亜美の願いを、めんどくさいで終わらしてた。
俺って、なにに対しても関心が無かったんだ。
熱くなったりするのが、かっこ悪いと思ってた。
真剣になれるものが無くて、全部をめんどくさいですましてた。
薄暗くなった中庭。明日の準備に追われているスタッフ。
よくやるよ、って思ってたやつらが生き生きと見える。
「…帰ろう」
俺は自分の部屋をイメージした。
真っ暗な俺の部屋。
「美幸?」
そこにはまだ美幸の姿があった。
「まだ居たのか?」
「ご免なさい。
消えるならここでって思ったんだけど、まだ消えなかった」
「もう居ないと思ってた」
「直ぐに出て行くから」
「何処に行くんだ」
「自分の家に行ってみる。もう誰も住んでないかもしれないけど」
「美幸の家族って?」
「父は転勤が多いから単身赴任。
私が居たから母はこの町に残ったけど、もう私は居ないから…
父に付いて別の場所に行ちゃったかな」
「そうか…」
「うん。さよなら」
「元気でって言うのも変だよな」
「そうね」
美幸の姿が消えた。
ちょっと後ろめたい気分が残る。
台所から話し声がする。
「そうだ婆ちゃんにもっと話を聞こう。
もう美幸も居ないから、何でも聞ける」
俺は下に降りていった。
「おや。お帰り」
「婆ちゃん。ただいま」
「友達は見つかったのかい?」
「ううん。見つからなかった。俺の行った事のない場所に居るみたいだ」
「そうかい」
「婆ちゃん俺どうすりゃ良いのかな」
「そうだね。孝君に残された時間は明日の午前3時までだから」
「え!後8時間!」
「そうだよ。魂の時間は、午前3時で変わるんだ。
丑三つ時って昔から言うだろ」
「じゃあ俺3時過ぎたら消えちゃうの?」
「そうだね。それは避けられない。ルールだから」
「婆ちゃんは、その事を誰から聞いたの?」
「私かい?私は死んだあの人からだよ」
「爺ちゃんから」
「そうだよ。私が死ぬまで、あの人は私に憑いていてくれたんだ。
私の事が心配で見守りたいって。10年もね」
「爺ちゃんは如何したの?」
「私が、お前の母に憑くまでは一緒に居てくれたよ。
でもね。その後、
生まれ変わるからこれでお別れだって、消えてった。
私に、『また会おうな』って言って」
「消えちゃったんだ」
「そう」
「婆ちゃんは寂しくないの?」
「そりゃ寂しいよ。でもあの人が生まれ変わったのは分かったから。
あの人の魂との間には絆があるからね」
「きずな?」
「そうだよ。あの人の魂と、私の魂はつながってるんだよ。
だから分かるんだ。どこかにあの人が居るって」
「でもそれって世界中の何処かだろ」
「うん。でも魂がつながっているから、きっと会えるさ。
つながってる魂どうしは引き合うから」
「婆ちゃんは、何時生まれ変われるの?」
「私はお前の母親が一生を終えて魂に成った時に、
人に憑く方法を教えてからだね。
あの子が誰かに憑ける様になったら、私も生まれ変われると思ってる」
「その間に、生まれ変わった爺ちゃんが他の人と結婚しちゃうかも。
…あの人がまた男に生まれ変わってるとは限らないんだ。
もしかすると人間じゃ無い可能性だって。
でも、魂はつながってる。引き合うから必ず近くに来てくれる。
もう側に居るかもしれないねえ」
「でも人間に生まれるとは限らないって事は、
片方は人間で、もう片方は動物って事も」
「あるだろうね。同じ人間同士でも、人種が違ったり同性って事も」
「それじゃあ結婚出来ないこともあるじゃん」
「いいんだよ、結婚できなくたって。
また魂がつながれば、もっと絆が強くなる。
それに生まれ変わったら、魂の時の記憶は無くなってしまうんだ。
でもたまにほんの少し残ってる事もあって、
急に行って見たくなったりする場所ってあるだろ。
そんな場所には、魂が惹かれ合う人が居るってことさ。
だから孝君、あなたも絆を大切にするんだよ。
人と人、家族、恋人。時には動物とだって。
生き返れば、孝君はもっと沢山の人と絆を作れるから」
「俺生き返りたいよ。消えたくない」
「そうだろう。
誰にも憑けなくて魂が消えるのは、生きてる人と絆が無いからだ。
孝君の事を誰も思い出してくれない、愛してくれる人もいない。
そうは成りたくないだろ」
「うん」
「じゃあいろんな事に興味を持って、いろんな事をやってみて、
そして、いろんな人と関わりなさい。
面倒くさいとか、人と会うのは嫌とか、それじゃあ絆は出来ないから。
無関心が一番いけないんだ」
「うん。魂になって分かったんだ。
自分がどんだけ狭い世界で生きてきたかって」
「そう。よかったね。自分で分かる人は少ないよ」
「でも消えちゃったら」
「そうならない為にも、頑張りな。消えたくないだろ。
今までの関係を思い出すんだ」
「解った!」
「いい子だね。でも駄目だったら此処に帰っておいで。
最後は婆ちゃんが見てあげるから。孝君が居たって事を覚えててあげるよ」
「うん。そうならないように頑張るよ。いってきまーす」
俺はもう一度亜美の家から探す事にしたんだ。
亜美の部屋は暗かった。
「帰ってないんだな」
扉の向こうの居間で、亜美の母親と妹が話しているのが聞こえたんだ。
「お姉ちゃん今日友達のとこに泊まるって」
「そう。じゃあ今日はピザでもとろうか」
「わーい。やったー!」
(亜美は修一と一緒か?)
修一のアパートに行ってみた。
「ここにも居ないか」
部屋は真っ暗。人の居た感じもない。
「修一のやつ帰ってきてないな。学校に泊まっているとか」
クラブ棟を思い浮かべる。
「でも亜美も一緒に、そこに泊まってるとは思えないし…
そうか!ホテルって手があった」
俺は昨日あいつ等が入ったホテルに行ってみた。
「この部屋も違う、ここも違うか。
お願いだから別のホテルとか言わないでくれよ」
俺は亜美と入るホテルも何時も同じだった。
(俺ってこんなにつまらない男だったんだ。
亜美が飽きるはずだな。
ちょっと女の子うけが良いからって、テングになってた。
相手を楽しませるとか、希望をかなえるとか考えずに、
相手の話を真剣に聞いたことも無かったかも。
楽しく、その場限りで、ノリと気分で話してたんだな)
「これで最後の部屋。居てくれ!…居た!」
入った部屋に2人が居た。
もう終わった後みたいで、2人でベッドに寝転んでいる。
「よかった、今回は見なくてすんだ」
「修一どうしたのよ。今日は変だよ?朝っぱらから呼び出したりして。
しかも部室から出たくないって。ご飯も買ってきてって。
実行委員の仕事だって行かなかったでしょ」
「ゆ、夢に孝が出てきた」
「え?孝が」
「うん。恨んでる。怒ってる。殺すぞって言ってた」
「アハハハハ。夢になにビビッてるのよ。夢でしょ。
あんたの気の弱さが見せたのよ。自分で落としてどうするの」
「でもその後も、誰かに見られてる感じがして」
「よしてよ、孝の幽霊なんて。そんな物居ないから。
よし!もう一度しましょ。それでうんと疲れて寝ちゃえばもう見ないから」
亜美が修一にキスをしだす。
「あいつらまた!」
嫌な気分と、怒りが起こる。
「…孝…孝…」
急に声が聞こえた。
「ん?だれだ!」
「私。ごめんね。でも最後に話したかったから」
「美幸か!」
「うん。もう消えるみたい。だから聞いて」
「…」
「ごめんね。嘘ついて。でも好きだったのはホント。
殺したかったものホント。
だってもう見ていられなかった。アナタと亜美さんの愛する姿を。
孝が死ねば私は生まれ変われる。
そしてアナタが生まれ変わるのを待ってるつもりだった。
何年、何十年、何百年かかってもいい。いつか孝と恋人になりたかったの」
「…」
「怒ってるよね。でも、そうまでしても孝と恋をしたかったの」
「…いや。怒ってないよ」
「ありがとう。優しいね」
「違う!今はもう怒ってないよ。色々教えてくれてありがとう」
「嬉しい」
「なあ」
「なに?」
「もう一度絆を作らないか?」
「絆を?駄目、もう無理。孝との絆、無くなっちゃったから」
「でも、美幸の声は俺に聞こえるよ」
「でももう私は存在していられない。もう半分消えかけてる」
「美幸!帰って来い!」
「嬉しいけど無理よ」
「そんなことは無い!帰って来い!俺のところに、俺はここに居る」
俺の胸に赤い光が出来た。
「ごめんね。遅かった」
「遅くない!今すぐここに来ればいいんだ。動けないのか。
なら俺がそこに行く」
胸の光が明るくなる。
その光が大きくなり、まるで空間に穴が開いたように、輪が出来た。
「美幸!」
その中に美幸の姿が見えた。
「孝!」
美幸も俺に気付く。
「来い!」
俺の赤い光が美幸に伸びる。
「あ」
美幸の消えかけていた魂が形を取り戻した。
「孝!」
「美幸!」
「え?!孝?!」
「うわぁー!でたぁー!本物だ!」
突然、亜美と修一の声がした。
「た、孝!孝なの!?ご免なさい!許して」
「すまん。許してくれ」
正座してベッドに顔を埋めて謝る亜美と修一。
「俺が見えるのか?」
「孝は私を連れ戻すために、もの凄いエネルギーを使った。
だから今は2人にアナタの姿が見えてる」
「孝。許して。私心細かったの。あんたが死んで、心に穴が開いて。
そこに修一から口説かれたの。
ホントは嫌だったのよ。あんたは死んでないって思いたかった。
でも強引に関係を結ばされたの」
「なにを言ってるんだ亜美!孝が死ぬ前から関係はあったじゃないか。
君から孝じゃ物足りないからって誘ってきたんだろ」
「なに言ってるの!バカ言わないでよ!誘ってきたのはあんたでしょ!」
「違うよ。孝。俺の性格分かるだろ。亜美が誘ってきたんだ」
必死で言い合う2人に、
「うるさい!よく聞け。俺を殺したんだろ。2人で俺を!」
「違う殺してなんか無い」
「そうよ。死んだって聞いてビックリしたんだから」
「殺してない?じゃあなにをした」
「それは…」
「…」
「言え!呪うぞ、祟るぞ、お前達も殺してやる」
「ひぃ!許してください」
「ごめんなさい。お願いします」
「じゃあ話せ。なにをしたんだ」
「その…薬をお酒に混ぜました。孝が飲んでいたお酒に」
「それは後夜祭の後か?」
「う、うん。あのね私は嫌だったのよ。でも修一が面白そうだからって」
「なにを言う!お前がやっちゃおうって言ったんじゃないか。
その薬だって、お前が持ってきたんだろ」
「なにを言ってるの。風邪気味だから薬を持ち歩いてたのよ。
インフルエンザにかかったら大変でしょ。
インフルエンザ用の薬よ」
「それで。それを飲んだ俺はどうなったんだ!」
「店を出る時には、意識が危なかった。だから途中までは運んだんだ。
一緒に電車に乗って、俺達は終電が無くなるから、手前の駅で降りたんだよ。
だからその後の事は知らないんだ。本当だ!」
「そうなの。私も修一と一緒に降りたの。
そのまま家に帰って、その後で孝のお母さんから電話をもらったのよ。
別れる前にあんたは、大丈夫って言って、そのまま乗って行ったの」
(じゃあ事故に逢ったのはその後だな)
「その後俺になにがあったか調べろ!今に直ぐにだ!さもないと呪い殺してやる!」
2人に迫った。
「いや!こないで!」
「わ、わかったから!許してくれ!」
2人が布団を頭から被る。
「わかったのならさっさと調べろ!」
言ったんだけど2人とも震えている。(聞こえてるのか?)
「おい!修一!亜美!返事をしろ!」
呼びかけても、名前を呼んでも答えない。
「もう見えなくなっちゃったみたい。声が聞こえてないから」
美幸が言う。
「おい!修一!亜美!ちくしょー!」
「駄目。もう駄目ね」
「もう少しだったのに!」
「そうでもないみたいよ」
震えていた2人が布団から顔を出す。
見渡して俺が見えないことを確認すると、
「なんだったんだあれは」
「孝…だったよね」
「化けて出たんだ、俺達の事を恨んで」
「あんたを恨んで出てきたのよ」
「なんだよそれは。お前に怒って出てきたんだろ。
孝が居るのに俺と寝たんだから」
「違うでしょ!あんたに怒ってるんでしょ。彼女を取られたから」
「おい!このまま言い争いしてるだけか?!」
「2人とも怒りでアナタが言ったことを忘れてる?」
その時、
〔ピシ!パキ!〕
何かが鳴った。
「うわぁ!」
「ごめんなさい!」
2人がギョッとして振り返る。
「孝が怒ってるんだ」
「うん。私達を見張ってる」
「どうしよう」
「言われたようにするしかないよ」
「そうだな。暴れられたら大変だ。
ポルターガイストが起こる」
「早くしないと、もう直ぐ終電だよ」
シャワーも浴びずに、ホテルを飛び出す。
「待ってよー」
亜美の手を掴んで、逃げるように駅に向かう修一。
「ま…待って…も、もう足が…」
苦しくて息が出来ない亜美が、やっと言う。
「早く!」
引きずるように亜美を掴んで走る修一。
駅に着いた時には、亜美の化粧は汗で落ち、付けまつげの片方が無かった。
「はあはあはあ。え、駅員に聞いてくる」
修一が亜美を残して消える。
その場にしゃがみこんで、恐々周りを見ている亜美。
「分かった」
修一が帰ってきた。
「一昨日の夜。終電の駅で事故があったみたいだ。たぶんそれが孝だ」
「どんな事故だったの?」
「詳しくは現場の駅じゃないと分からないって」
「行くしかないのね」
「うん」
2人して改札を抜けて行った。
「終電の駅か。どこだ。行ったことが無い駅なら行けないぞ」
時刻表を見る。
「よかった。となりの駅だ。降りたことがある」
「私達も行きましょう」
美幸に言われて、俺はとなり駅をイメージした。
となりの駅は、ホームが2つあって、その両側に線路が走っていた。
俺達は下りホームで、2人が来るのを待っていた。
急行が、いっぱいの乗客を乗せて走りすぎる。
「後、5分か」
時刻は12時を回った。
「孝。これで生き返れるね」
「うん。美幸のおかげだよ」
「私、また孝に憑けるのかな」
「憑けるよ。だってこんなに絆が出来たもの」
「でも私。自分が怖い。またアナタの死を願っちゃうかも」
「俺、だれとも結婚しない」
「え!?そんなの駄目!」
「いいよ。今度生まれ変わった時に、美幸と結婚するから」
「嫌。アナタ、一生1人の人生をおくるの?」
「1人じゃないだろ。いつも美幸が側に居るんだから」
「でも話も、触れることも、姿さえ見えないよ」
「寝てる時に話しかけてよ。いっぱい話しよ。夢の中なら会えるから」
「それに生き返ったら、今の記憶は残らない。
私が憑いてる事も覚えてないよ」
「いいよ。俺のここに美幸への愛があるから」
胸を指差した。
〔キィー!キィキィキィ!キュィィィィィー!〕
ブレーキの音がして、電車が来る。
〔ガァー!〕
修一と亜美が降りてきた。
電車の中で直したのか、亜美の化粧が整っていた。
電車が行っても、ホームに立っている2人に、駅員が声をかける。
「如何しました?もう電車は終わりです。駅を閉めますから出てください」
「聞きたいことがあるんです」
亜美が駅員に言う。
「一昨日、ここで知り合いが事故にあったんです。
なにがあったのか教えてもらえませんか」
「お願いします」
修一も言う。
「ちょっと待ってください」
駅員が係員室に消える。直ぐに別の駅員がやってきた。
「事故にあった学生の友達?」
「はい」
うなづく2人。
「何を聞きたいの?」
「どうして事故にあったか」
「どんな事故にあったんですか」
「まったく。君達が飲ませたのかね」
「いえ」
「ええ」
「困るんだよなー。近頃の若者は酒の飲み方も知らないから」
「はい」
「それより孝になにがあったんです!」
すまなそうな修一とは逆に、亜美がキレる。
「あ、ああ、そうだね。こっちだ」
亜美の怒った顔に、駅員があわてて歩き出した。
(女は強えーなー)
俺と美幸もついて行こうとした時。
〔ゾク!〕
嫌な気配がしたんだ。
「なんだ?!」
「来る!あの黒い塊が!」
美幸の指す方、線路の上を黒い塊が列車のようにやってくる。
「事故や、自殺で死んだ魂を集めてる」
美幸が言う。
「逃げないと」
「まだ話が終わってない。今聞かないともう時間が無い。
私が囮になるから。孝は話を聞いて」
美幸が俺から離れた。
「止めろ。帰ってくるんだ」
「大丈夫だから。孝は話に集中して」
「此処だよ」
駅員がホームの端で止まる。
「なにがあったんですか」
「あの日、終電が止まって、乗客が残っていないか私ともう1人で点検したんだ」
「早く、早く言え!」
もう黒い塊が、ホームの側まで来ている。
「残っているあの学生を見つけて、電車から降ろしたんだよ」
「美幸ー!」
「大丈夫だから、私の事は気にしないで!」
黒い塊が美幸に気づく。
「降ろして、ベンチに座らせて、電車を出した後」
〔グワァー!〕黒い塊が膨れ上がった。
「美幸逃げろ!」
美幸の周りを黒い塊が包みこむ。
「声をかけて、2人で駅から出そうとした瞬間に」
「美幸ー!」
「話に集中して!」
美幸の叫ぶ声。
美幸が黒い塊に飲まれる。
「その子が突然立ち上がって、何かを叫びながら、走り出したんだ」
俺は駅員の話に必死に耳をかたむけた。
「そして、此処から線路に転落した。そこの線路にまだ血が残ってるだろ」
駅員が線路を指差した。
(ニュースでやってた!
インフルエンザの薬の副作用でおかしくなる子供がいるって)
「う!痛い!痛たたたた」
頭の痛み、線路の硬さと石の感触。思い出す。
「痛い!痛い!ズキズキする!うぁ!」
俺は思わず頭に手を当てた。
「あ、意識が戻りました」
女の人の声が聞こえた。
「痛たたたた」
手に包帯の感触がある。
「痛み?包帯?」
枕や布団の感触も感じる。
「生き返ったのか?」
ゆっくりと目を開ける。
母親の顔が見えた。
「かあさん」
「よかった」
「ここは」
「病院よ。2日も寝てたの」
「美幸は?」
「みゆき?誰?」
「お母さん、息子さんと話すのは後で、もう少し寝かせます」
その声に俺の意識が遠くなる。
「美幸…美幸は…どうなったんだ…」
「…無事だよ。孝と一緒に引っ張られたから」
美幸の声が聞こえた。
「よかった…」
「でも。もう憑いていられない」
「なんでだよ。きずなつながったじゃないか!」
「ごめん。
私生まれ変わるの。
絶対女の子になるから。
愛してる。
また会おうねー!」
美幸のうれしそうな声。
そのまま俺の意識は途切れた。
〔キンコン,カンコン〕
「起立ー、礼!」
「じゃあ来週からテストだ、しっかり勉強しとけよ」
「うえぇー!」
「あぁー!」
と騒ぐ声を後に職員室に戻る。
俺は現在、高校の教員。年はもう36になる。
妻はいない、恋人も。
事故の後、俺の性格は変わったようだった。
俺は休みが出来ると、旅をするようになっていた。
誰かを探したくて。
自分からいろんな所に出かけて、いろんな人に会い。
積極的に話し、そして物事に興味を持つようになった。
付き合っていた亜美と、親友の修一とは、
2人が俺を避けるようになったんで、いつしか会わなくなってしまった。
そして卒業した俺は、教員資格を取ってこの高校に赴任した。
「先生ー。桜井先生ー」
そろそろ昼にするかと思って、ペットボトルのコーヒーとパンを取り出した時、
後ろから声を掛けられた。
「ん?」振り返ると、
「何だ。棗か」
俺の担任のクラスの学級委員。棗|<なつめ>が立っていた。
「ひどい。プリント集めとけって言ったのに。
なんだはないんじゃないですか」
「おぉ。すまん。ごくろうさん」
「またパンとコーヒーですか?
栄養偏ってますよ」
「しょうがないだろ。1人もんの昼なんてこんなもんだ」
「ホンとになんで独りなんです。それなりにカッコいいと思うんですけど」
「なんか女は苦手でな」
「大失恋とかしましたー?」
「覚えてないが、心から信用できる人に巡り会わなかったんだ」
「そうですか!しょうがないなー。わたしが一肌脱ぎましょう」
「なんだ?それ」
「お弁当作ってあげまーす」
「お前料理出来るのか?」
「まずは卵焼きからですけど。
でも間に合わせますから」
「間に合わす?」
「そうです。だって私、来月には16になるんです」
「お前の誕生日と、弁当に何の関係があるんだ」
俺の中で、?が30個位浮かぶ。
「この国の法律では、女は16から結婚できるんですよ」
「お前結婚するのか?」
「そうでーす。先生がもらってくれればですけどぅ?」
「俺が…」
「もらってくれます?」
「馬鹿。大人をからかうな。だれが子供に手を出すか」
「でも高校生ですよ。大人が欲しがる高校生ですよぅー」
「俺にロリコンの気は無いよ」
「じゃあ先生が大人にしてください」
「…」
(勝てん…)
言葉に詰まる俺を残して、職員室を出て行く棗。
「失礼しました」
入り口で振り返る。
「じゃあ来週から作ってきます」
「おい!来週はテスト…」
言う前に笑顔で消えた。
「勉強しろ!」
コーヒーを1口飲んで、
(顔や姿は違うが、雰囲気が美幸に似てるんだよな)
そう思う俺がいたんだ。




