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前編

この作品は、阿坐徹作『金曜ドラマランド、そばにいるよ。』のシナリオを、

小説に書き下ろしたものです。

この物語は、フィクションであり、実際の人物、団体とは一切関係ありません。

詳しくは、〔となりのニャルちゃん〕を参照してください。

そばにいるよ。


一日目


「…はー…」

溜め息がでる。

俺はベッドを見下ろしていた。

そこにはもう一人、俺が横たわっている。

「俺、死んだの?」周りの見え方が違うんだ。

何処を見てもまるで薄い霧を通して見ている様で、ハッキリと見えない。

しかも見える物に色が無いんだ。白黒の写真の様に明るいと暗いしか解らない。

もう一度ベッドを見た。

ベッドの名札には俺の名が、桜井 孝(さくらい たかし)と書かれていて、

年齢は二十歳と入っている。

いや二十歳だったと言うべきだ。死んだんだからな。

(俺はこれからどうなるんだ?

 ドラマの様に、初老の紳士か天使でも出てきてくれるのか?)

ただ自分を見下ろして、ボーっとしていると、

「孝ー!」ドアが開いて女の子が飛び込んできた。

亜美(あみ)?!」俺の彼女、二十歳の同じ大学の3年生、だった。

「亜美」

彼女が俺に向かってくる。

抱き締めようと両手を広げた俺を突き抜けて、亜美がベッドに駆け寄った。

「孝ー、何で?!如何して?!」べッドの俺の体を、泣きながら揺さぶる。

「亜美!俺は此処だよ」

彼女を抱き締めようとして俺の体が彼女を通り抜けた。

「うわー!」

体が落ちていく。床も突き抜けて、

下の病室のベッドに居たおばさんの、

(うわ!唇が。勘弁してくれよ)も通り、

(わぁ!木に刺さる)

待合室の植木も土も素通りして、まだ落ちていく。

落ちながら、

(地獄に行くのか?)

自分でもあんまり良い事はしてなかったと思う。

「でもそんなに悪いことだって、してねーぞー!」

っと言たら、落ちるのが止まったんだ。

(地獄行きは取りやめか?)

ホッとして、でも、

「此処は?」見回すと大きなトンネルの中。

(ゴー)と音がして光が迫ってくる。

「なんだよ?!うわぁぁぁぁー!」

(電車だ!)逃げようとしたが、体が動かない。

俺は病院の下を走る地下鉄の線路の上にいたんだ。

(轢かれる!助けてー!これが罰かよ!)

目の前に電車が迫る。

横にはホームがあって人が居るのに、ホームの上の人達は騒いでいない。

(俺が見えないんだ。ちくしょう!)

吹っ飛ばされるのを覚悟した俺。でも体を電車が突き抜けた。

「そうか、みんな通過しちまうんだ」

電車の床が俺の鼻の下を通り過ぎていくんだ。

人の足、足、足。サラリーマンもOLも女子高生も居る。

電車が止まった。

(駅で停車したんだ)

見上げると、

「おっ!スカートの中見える♪ラッキー♪」

降りる人と乗る人が、俺の顔の上を流れていく。

「へへ、悪くないな、覗き放題だ。お!この姉ちゃんスゲーの履いてる。

 今日は勝負か?頑張れよ!

 お!高校生か。スカート短けーなー。

 どうせ下にスパッツでも履いてんだろーけど。

 えぇ!?この子履いてない」

驚く俺の顔を踏んづけて歩いていった。

〔プルルルルルルルー〕音がして電車が走りだす。

〔ゴォォォォォォー〕

電車が行って線路に残される。シーンと静まり返るトンネル。

「俺このまま?ずっと此処に居るの?

 やだよ。こんな暗い所。

 俺の嫌いな、ネズミやゴキブリが居るだろ。

 しかもデッカイのが」

やつらが居ないか足元を見たんだ。

「あ、足が!俺の足が!」

動けない訳だ。足が無い。フワフワ浮いている。

「浮いてる」

手を泳ぐように動かすが、

(駄目だー)進んでるようには見えない。

(何かにぶつかってみるか?無理だな。同じように突き抜けるだけだ。

 風にでも当たれば動くか?でも電車の風圧でも動かなかったし、

 如何すれば動けるんだよ)

ダンダン泣きそうに成ってきた。

(ずっと此処?ヤダよー。毎日女の子のパンツ見て過ごすのか?

 三日で厭きそうだ。別に触れる訳じゃないし)

〔ゾク!〕その時、後ろから何かの気配がした。

振り返ると黒い塊が。初めてモノが普通に見えたんだ。

(何だこいつ!)トンネルの暗闇とは違う黒さで、渦を巻いて近づいて来る。

(ヤバイ!)知らなくても危険を感じる。

「うわ!来るな!」

「逃げて!」その時声が聞こえたんだ。

「誰?」

「いいから逃げて!」

「どうやって?動けないんだ!」

「アナタの部屋を思い浮かべて」

「俺の部屋?」

「早く!」

「あ、ああ」必死で自分の部屋を思い浮かべる。

ベッド、机、衣装ケース、テレビ、パソコン、

すると目の前に自分の部屋が現れた。

「俺の部屋だ?!」霧の向こうに俺の部屋がある。

いや俺は自分の部屋の中に居た。

「イメージしたから来れたの」

俺の横に赤い塊が現れた。

(色がある!)

「え?誰?まさか!」

「ひさしぶり。孝。美幸(みゆき)よ」

「美幸!…でもお前、2年前に死んだはずだろ」

「そうよ。死んだからこうして此処にいるの。元気してた?」

赤いフワフワした塊。形もフワフワして定まっていなくて、

美幸の顔も姿も見えないんだ。

でも塊から彼女のイメージが俺に伝わって来た。

(本当に美幸だ、赤い塊の中に彼女の姿が見える。2年前のまんまの姿だ)

「元気って、俺死んだんだぜ」

「あ、そうか。話すの久しぶりだから忘れてた」

「お、お前、じょ、成仏出来なかったのか?」(幽霊…なのか?)恐々訊く。

「成仏なんてしないわよー。べつに死んでも他の世界に行くわけじゃないし」

「え!そうなんだ。でもこの霧や世界に色が無いのは?」

「それは肉体が無くなって魂になったから。

 魂の目で見てるからそう見えるの」

「普通にお前は色付きで見えてるけど」

「同じ魂どうしはリアルに見えるよ。

 そして魂になったアナタは、このまま元の世界に居続ける」

「じゃあ、死んでもこの世界に居るのは変わらないんだ」

「そう、生きていた時のまま。世界はそのままずっと目の前にあるの」

「俺。永遠にこのままか?もう戻れないのか?」

「多分、生まれ替わるまでは。私達はずっと、ただ見てるだけ。

 あの世界の物に触ることも、誰かに話しかけることも、

 誰かを助ける事も出来ないの。

 たとえ親しい人や愛する人が、事故に遭ったり、良くない事に巻き込まれたり、

 苦しんでいてもね」

「ハー、そうか、ただ見てるだけか、そうだよな、死んだんだから」

「落ち着いた?」

「うん。でも他の死んだ人は?今まで人は沢山死んでるだろ。

 俺には美幸しかに見えないけど」

「沢山居るわよ。でも親しくした人以外は見えない。

 道や電車ですれ違ったぐらいの人じゃ繋がりが無いから。

 存在として感じないの、それが魂と言うもの」

「でも近所の人も見えないぞ。去年死んだ佐藤の婆ちゃんとかも」

「アナタその人と親しかった?」

「うーん。挨拶はしてたけど。

 小さい時はボールが入ったのをよく取らせてもらったし」

「それぐらいじゃ無理ね。

 ご近所の人だって、表面上のお付き合いなら見えないわよ。

 見えるのは夫婦や恋人だったり、親友や一緒に部活したりして、

 泣いたり笑ったりして心が混じり合わないと。

 だから挨拶程度じゃ無理よ。このごろはその挨拶も出来ない人が多いけど」

「じゃあ、俺のご先祖や、死んだ婆ちゃんは?」

「アナタのご先祖はどうかな?

 いくらご先祖様でも、会ったことが無いでしょ。

 お婆ちゃんには会えるかもね。

 お婆ちゃんが身近な誰かに憑いてればだけど。

 どっちにしても、私には見えない。

 私、アナタのお婆ちゃんに会った事が無いもの」

「そうか。会いたいな」

「黒い塊に飲まれてなければいいけど」

「黒い塊?そうだ!あの塊は何だったんだ?何だかスゲー嫌な感じがしたけど」

地下鉄に居たモノを思い出す。

「あれは人に憑けなくて、漂っていた霊が集まったモノよ。

 一人だけなら私達の様に色んな色に光輝いてるけど、

 集まると黒くなる。

 絵の具が交じり合って最後には黒くなるでしょ。いっしょ。

 そして吸い込まれた意識は個性も無くなって、

 もう、他の魂を吸収する事しか考えられない。

 そうやって集まって膨らんだ物があれ。

 あれに取り込まれたらもう生まれ替われない。

 永遠に他の魂を吸収し続ける、魂のブラックホール」

「そうなんだ。じゃあ危なかったんだ。ありがとう。

 でも美幸はなんでそんなによく知ってるんだ?死んでから何してたんだ?」

「私に色々教えてくれたのは、私に憑いてたお爺ちゃんよ。

 私はアナタにずっと憑いてたの」

「え!俺に?」

「そう。死んだら誰か一人に憑ける。

 選んだ一人の側にね。

 生きてる人に憑いてれば、あの黒いのには吸収されないの。

 その代わり、その人が死ぬまでずっと一緒、離れられない。

 私はアナタを選んだの」

「お。じゃあ俺も誰かに憑いて居られるのか?誰にしようかな。

 女優かアイドルがいいな」

「最後まで話を聞いて!その人がアナタの事を知ってなきゃ駄目なの。

 誰にでも憑く事は出来ない。無理なの。

 相手もアナタを知っていて、アナタとつながりを持っている人じゃないと。

 自分の胸を見て」

言われて胸を見たんだ。

「そこに赤い塊が在るでしょ」

「これは?」

俺の光っている魂の奥に赤い光が在る。

「それはアナタと私のつながり。私を思い出してくれてた証」

「つながり…」

「そう、だから私はアナタの側に居られたの。

 生きてる人がその人を忘れない限り側に居れるの」

「忘れない限り?」

「そうよ。

 憑いてる人が自分のことを忘れちゃったら、もう一緒には居られない。

 かといって、他の人に憑けるとも限らないわ」

「憑けなくなったら?」

「ふらふらしてたら、あの黒い塊に飲み込まれる。

 あれは何処までも追いかけてくるから」

「やばいじゃん。じゃあ直ぐに誰かに憑かないと」

「でも其の前にやることがあるわ」

「なに?」

「アナタ、自分が如何して死んだか覚えてる?」

「え!それは…」考えても思い出せないんだ。

「俺如何して死んだんだ?

 美幸は俺とずっと一緒だったんだから、知ってるだろ?」

「ごめん、それ言え無い。それはアナタが自分で思い出さないと。

 そうしないとアナタは取り憑く資格が出来ない」

「資格が出来ないとどうなるんだ?あれに吸収されるのか?」

「ううん。黒い塊に吸収されなくても、消えちゃうの。

 フワフワしていられる時間は3日。

 それを過ぎたら、魂が薄くなって、最後には完全にこの世界から消えちゃう」

「そ、そうなったら?」

「もう生まれ変われない。アナタが無くなるから」

「大変だ!俺は存在していたいよ。生まれ変わりたいよ」

「なら早く思い出して。3日しか無いから」

(何時から3日なんだ?俺は死んでどの位経ってるんだ?)

「後、どの位時間はあるんだ」

「後、2日と半日」

「うわ!大変だ!でももし思い出せなかったら?

 其の時はもう他に手は無いのかよ。もうおしまいか?」

「後は誰かに教えてもらうしか」

「どうやって?」

「自分で思い出すより難しいけど、

 アナタに代わって誰かに真実を探してもらうの」

「でも俺はもう人には触ることも、話すことも出来ないんだろ」

「一つだけ、話しかけられる方法が有る」

「何だそれは」

「寝てる時に話しかけるの。夢で死んだ人が出てきた事は?」

「うん、確かに夢でおばあちゃんを見たことがある」

「それは私達が話しかけたから、寝てるときに話しかけたの」

「寝てる時なら話しかけられるんだな」

「うん。

 起きてる人とは駄目だけど。

 たまに霊の声が聞こえる人もいるけどね。

 だから普通の人には寝てる時に話しかけるの。

 昔から、寝てる人に話しかけちゃいけないって言われるでしょ。

 それは霊の声が聞こえる時間だから」

「そうだったんだ」

「うん。特に波長が合えば、夢に姿が現れる」

「ふーん」

「でも滅多に無いことよ」

「そうか。一度だけ美幸も出てきたな」

「へへ。波長が合ったからね。

 私達は細かい分子のような物で出来てるの、だから絶えず振動してる。

 たまに何かで生きてる人と、その振動が合ったりすると、

 見えたりすることも。写真にも写るのも同じ」

「それって心霊写真?」

「そう。写真は光を写すでしょ。振動は光を出すの、だから写るの」

「分かった。でも今は昼だよな」

「そうね。孝。まずは自分で思い出してみて。

 昨日何をしてた?」

「昨日?今日は何日?何曜日?」

「そこにカレンダーがあるでしょ、今日は金曜日よ」

部屋のカレンダーを見た。

「昨日は…?そうだ!今日は大学の学祭だった」

(サークルに入っていなかった俺は、昼に亜美と会って、

 そのまま前夜祭に彼女と行ったんだ。

 でもその後は…)

思い出せない俺を見て、

「じゃあ学校に行ってみましょう、何か思い出すかも。

 昨日の行動をたどってみたら?」

「そうだな」

「学校をイメージ出来る?」

「多分?出来る…かな?うーん。真剣に行ってないしなー」

「そうね。サボってばかりだったものね」

笑いながら言われたんだ。

「うるせーなー」俺は正門をイメージした。

石の門柱、錆びた鉄柵、サクラの木。



気が付くと沢山の人の中に居た。

(わ!そうか!まだ学祭の最中だ)

俺の体をドンドン人が通り過ぎていく。急に今通った女の人が振り返った。

少し離れるとこっちをジッと見ている。

俺はその人の左目がハッキリと見えることに気が付いた。

「あの人は私達が見えるの」隣に美幸が現れて言う。

「居るでしょ、霊が見えるとか言う人が。たまに居るのよ。私達を見れる人」

その人は何か呟くと手を合わせて行ってしまった。

「さー此処に居てもしょうがないから中に入るわよ」

「でも俺、少しの教室と体育館と講堂位しか知らないよ」

「何処でも良いからイメージして。覚えてるとこ行って見るしかないでしょ」

「うん」教室を思い浮かべる。

〔キュウィーン!ジャーン!〕

突然ギターの音が響いた。俺の体が崩れる。この教室は軽音のライブ中だった。

「うわーっ、何だ?」

「波長が合わないのね。外に行って、早く!」今度は校庭を思い浮かべた。

(芝生と噴水のある広場。噴水の周りにベンチがあって)

急に明るい世界になった。

日が直で当たっているんだけど、暑くも眩しくも無いんだ。

「凄い人だな」

噴水の周りの道路以外、校舎の中庭に出店が出ていて、

俺達をカップルや親子づれが、楽しそうに通り過ぎていく。

「今のは何だったんだ?」

「アナタ、ヘビメタ嫌いでしょ。

 音楽と波長が合わなかったの。

 人の波長はみんな違うから、心地よい音楽とか、

 この人と居ると安心する、とかはお互いの波長が合ってるの。

 さっきみたいに合わないと、魂の形が崩れる。

 この人とは合わないなってのは、お互いの波長が合わないからよ」

「ふーん」

「たとえばこの子」

美幸が指差す方を見ると、ベビーカーの赤ん坊が俺を指差して笑っていた。

「この子とは波長が合うみたい。

 子供にはまだ見える子が居るの、生まれてから日が浅いから。

 大人になると普通は見えなくなるから」

彼女が赤ん坊に手を振った。

「キャハハハ」嬉しそうに子供が声を上げる。

「如何したの?なに笑ってるの?」

母親が手を叩いて笑う赤ん坊を、不思議そうに見ていた。



「ダメだ」

出店や校舎を見て回ったけど何も思い出さない。

知っている教室や、購買や食堂。行ってはみたけど記憶が出てこないんだ。

「そう。他に後行ったところは?」

「講堂でサークルのライブ見たな」

「行ってみる?」

「うん」

講堂には昨日とは違ってだーれも居なかった。

看板で使っていたベニヤや、看板だけが残されている。

「誰も居ないな」

「みたいね」その時、隅の方に人が見えた。

「誰だ?修一(しゅういち)か?」

それは高校からの友達、修一だった。

携帯で誰かと話をしているが、急に駆け出して出て行った。

「何処に行くんだ」

「付いて行ってみない?」

「うん」

校庭に。

修一は校門を出るとこだった。

「駅の方に行くのか?」

「追いかけましょ」

駅までの道は何とかイメージ出来た。駅に着くと改札を抜けてホームに。

電車が来た。修一に続いて乗ろうとすると、

「乗り物には乗れないわよ」

美幸に言われる。

「じゃあ如何するんだ」

「次の駅をイメージ出来る?」

「ダメだ降りたことが無い」

「じゃあイメージ出来る駅は?」

「あそこだな」

俺は大きなターミナル駅をイメージした。

私鉄とJRの連絡通路。通路の両側のブティック。

売店と立ち食い蕎麦屋と、沢山の券売機と改札。

「よし!来れた!」

「修一さんが此処に来ると良いけど?」


何本かの電車の後で修一が降りてきた。

「お!来たー!」そのまま今度は別の路線の駅に向かう。

「この路線は、俺の…」

「そうね、アナタの家に向かっているみたい」

「先回りするか」

俺は近所の駅の改札をイメージする。

また何本か電車が行って、やがて各駅停車が来る。

思った通り修一が降りてきた。改札を出ると俺の家の方に向かう。

「行き先は俺の家か」

「間違いないわ」俺は自分の部屋をイメージする。

また自分の部屋が現れた。

「便利だな、世界中何処でも行けるんじゃないか?」

「アナタが行った事があればね。

 写真やテレビで見たのじゃ駄目よ。心が、魂が覚えて無いから」

「なーんだ」

「その代わり一度でも行っていてイメージ出来れば、行けない所は無いわ」

「でも美幸は何で俺に着いてこれるんだ」

「私はまだ孝と繋がっているから。

 でもアナタが死んじゃったから、これからはどうなるか私も分からない」

「つまり俺から離れるのか?俺はずっと美幸と一緒に居たいけど」

「ありがと。私だっていたいけど。でも霊どうしはくっ付け無いの。

 一緒にいたら混じっちゃう、あの黒い塊になっちゃうもの」

「でもフワフワしてたら同じだろ、あの塊に取り込まれちゃうんだろ。

 そうじゃなくても消えちゃうんだろ」

「そうね。私にもこれからどうなるかが分からない。

 だからその前に孝の役に立ちたいの」

「ありがと」


(ピンポン)チャイムの音がした。

「修一が来たようだ」

「うん」玄関に行く。

「そうだ、お袋と親父は?」

「居ないわね、まだ病院かしら」

「そうだな、俺の体も無いものな」

何回かチャイムを鳴らして、誰も居ないと思ったのか修一が帰っていった。

「ドアは開けられないよな」ノブを掴んでも掴めない。

「うん」

「病院に行けないかな、俺の体を見れば何か分かるかも」

「行ったことある」

「だってさっきまで居たじゃないか」

「その時はもうアナタは死んでたのよ、

 病院までの意識が無いなら、体験して無いわ」

「そうなのか」

「やってみて」

鉄パイプのベッド。後は枕もとの小さなテーブル?

(なんかテレビで見た病室しか思い浮かばないなー)

イメージしたが景色が変わらない、

「駄目か」

「他の事をしましょう」

「うん」考える。

「そうだ、亜美は?」

俺は恋人を亡くして悲しんでいるだろう彼女を心配した。

「亜美を探すには?」

「そうね、彼女の家に行って見たら?」

「うん」一度しか入った事が無い彼女の部屋を思い描く。



目の前にベッドで横たわる亜美が現れた。

「亜美ー」近づくと寝ているようだ、頬に涙の後が残っていた。

「亜美、俺はここにいるよ」

触ろうとしたが、彼女の体を俺は通り抜けるばかりなんだ。

「如何すれば良い?何かしたいんだ」

「話しかけてみたら?寝てるんだから」

「そうか」

「亜美、俺だ孝だ、俺は此処にいるよ」話しかける。

「うーん」彼女が声を出す。

「聞こえた様ね、続けて」美幸の言葉に力が湧いた。

「亜美、亜美」

「うーん、孝」可愛い唇が動いた。最後にもう一度キスしたかったな。

「そうだ亜美、俺だ!」話し続ける。

「孝、ごめんなさい」そう言ってまた涙がこぼれた。

「謝るのは俺だよ。俺こそごめん、お前を残して死んじゃって」

体が有れば俺も泣いていただろう。

「ごめんなさい、許して」

「え!許す?」眠りながら涙を流す亜美。

「如何いうことだ?」美幸を見る。

「さあ、私には」何かを知っているが言えないのが伝わってきた。

「何だ、許してって?」

二人を交互に見ながら、俺はその場に漂っていた。


「何を許すんだ?」そう聞いたが、

「ごめんなさい、ごめんなさい」亜美は繰り返すだけだった。

「これ以上は無理よ、彼女の心が話すことを拒んでるわ」

「そうか」

「他を当たりましょ、時間が勿体無いわ」

「うん、でも何処に行こうか?」考えていると、彼女の携帯が鳴った。

「う、うーん」モゾモゾして寝返りをする彼女。

また携帯が鳴り出す。

「ん?」今度は目を開けた。

手を伸ばして枕もとの携帯を取る。着信を見ている様だ。

やがてリダイヤルしだす。

「もしもし」相手が出たようだ。

(誰だ?)

「うん、うん、え!今から、うん、分かった」そう言って電話を切る。


起き上がって部屋を出て行った亜美が、帰って来て化粧をすると服を着替え始める。

「何処に行くんだ?」

「分からない。でも誰かと会うんでしょ、付いて行って見る?」

「そうするか。うはぁ」

彼女の下着姿が俺のすぐそこに。

覗いてる気分でドキドキが止まらない。

「亜美、可愛いなー。いい体だし。くー!もう一度抱きしめたい」

「ハイハイ。未練たらたらね」

「当たり前だ。愛してるんだから」

何を着ても似合う亜美。俺の自慢の彼女だ。

着替えを終えると、亜美は家を出て駅に向かう。電車に乗り込んだ。

「何処に行くんだ?」

「分からないわ、とりあえずターミナル駅に行ってみたら」

「そうするか」

俺たちは大きなターミナル駅のホームで亜美を待った。

「来ないな。途中下車したか?」

「もう少し待ちましょう」

俺達を何人もの人が通り抜けていく。

今通り過ぎた女子高生がブルっと身を震わした。

「如何したんだ?」

「あの子は霊感が強いタイプね」

「ふーん」

「あそこに耳だけ普通に見えてる人がいるでしょ」

「うん」

「あの人は私達の話が聞ける人、向こうでこっちを見てる人も居るでしょ」

「うん、さっきからずっと見てるな」

「あの人の目クリアーに見えてる。わかる?」

「うん」

「あの人も私達が見える人ね」

「じゃああの人達にお願いすれば、俺の事を助けてくれるのかな」

「どうかなー。たいがいの見えてる人は近づくと目を閉ざすから」

「閉ざすって?」

「嫌だから心を閉めちゃうの、そうするともう見えなくなる」

「そうなんだ」

「うん、しかも見えてるからって、声が聞こえるとは限らないし。

 聞こえても、私達を嫌がって逃げる人の方が多いから」

「じゃあ、駄目か」

「たぶん」

「あの背中が見えてる人は?」

「あの人は取り憑かれ易い人。見えないけど誰か憑いてる筈よ。

 よく事故にあったり怪我をしたりする人とか、

 病気の原因が分からない人、居るじゃない。そう言う人ね」

「確かに何処か疲れてる様だ」

「うん、今は悪い霊が憑いてるみたい」

「でも、霊は人間には干渉できないんだろ」

「あの人には私達が触れるから、干渉できるのよ。

 特に黒い塊に取り憑かれたら大変、

 悪くすれば自分の魂を取り込まれちゃう」

「それって」

「うん、呪い殺されるって事」

「そうなんだ」

「なー、あそこの人、背中に物凄く赤い塊が在るぞ。

 関係ない魂は見えないんじゃないのか?」

「あの霊は特別よ。特別なエネルギーを出してるから。凄い怒りを感じない?」

「そうだな…まるで殺してやるって感じかな」

「あれはね、あの人に凄い怨みを持ってるの。

 あまりに怨みのエネルギーが強くて関係ない私達にも見えるの。

 そのうちにあの人死ぬわ」

「でもあの人背中が見えてないぞ。憑いてるだけじゃ干渉できないんだろ」

「人の心は弱いものよ。

 憑かれてるあの人も、後悔とかで心の中ではあの魂の事を覚えてる。

 そのつながりを、あの人の魂を、怨みのエネルギーが取り込んでいるの。

 人によって混じり合う時間は違うけど、最後には魂が全部吸い取られるわ。

 でもあの魂はあの人の魂と交じり合うから、最後は黒い塊となっちゃう。

 もう生き返れないし、自分の存在も無くなるのに、それでも復讐したいのね」

「悲しいな」

「うん、私は幸せだった、怨んで死ななかったから」

「うん」

2人して言葉が出なかった。



「よかった。来た」

亜美が電車から降りてくる。そのまま改札を出て行った。

携帯を見ながら歩いていく。

付いて行くと俺と良く待ち合わせた駅前の広場で立ち止まったんだ。

広場の脇にあるコンビ二の前、丁度正面に大きなスクリーンが見えていた。

「誰かと逢うみたいだな」

「さっきの電話の相手じゃない?」

「そうか」

「よく此処で待ち合わせしたな」

「そうね」

「あいつ何時も遅れて来るんだよ」

「うん」

「ごめん、面白くなかったなこんな話」

「いいよ、私は死んでるんだから。現実の世界に干渉は出来ないんだから。

 でも辛かった」

「うん」黙り込む俺。

「あ、誰か来た」美幸が指差す。

「あれは、修一?」駅から出てきたのはさっき俺の家に来た修一だった。

二人で何か話しながら、交差点を渡って繁華街に。

「何処に行くんだ?」

「付いて行ってみましょう」

「うん」

良く亜美とデートした町。二人の後を付いて行った。

話しかける修一、でも亜美は俯いて歩いていくばかり、急に足が止まった。

「如何した?」

「孝死んじゃった!」

「お前のせいじゃない」

「だって、こんなことになるなんて」言って泣き出す。

「違う!お前は悪くない」

でも言葉が出ないようで、

(ハハ。おろおろしやがって、しっかりしろよ)

って思っていると、修一の奴、いきなり亜美を抱き締めやがった。

「な!あいつ人の彼女を」

「しょうがないんじゃない。アナタ死んだんだから」

「でも俺が死んだばっかりだってのに」

「そうとも限らないわよ」

「なんだって?」

「だって彼女嫌がってない。ほらよく見て」

「う、うん」

確かに嫌がって無い。

普通ならいきなり抱き締められたら、避けるか逃げるかするもんだ。

「だから、お前のせいじゃないよ」

「でもでもでも」泣き続ける亜美。

「こんな所で泣くなよ、静かなところに行こう」肩に手を掛け歩き出す。

あいつ落ち込んでる亜美に何を?昔から亜美に惚れてたけど。

そのまま修一に連れられて歩き出す亜美。繁華街を過ぎて外れの方に。

(ここは?!)ホテル街に入って行く。

「亜美に手を出すのか!」怒りが湧き上がって来た。

「落ち着いて」美幸が言う。

「でも」

「私たちは見ることしか出来ないのよ」

「余計に耐えられない」

「諦めることもこの世界のルールなの、私だって辛かったんだから」

「え!」

「アナタが彼女と居る時の事」

「そうだったか」

「落ち着いてね、現実はこれからよ」

「うん」二人そのままホテルに入った。

このホテルは、俺が亜美と行っていた所じゃないか。

(でも何で亜美は嫌がらないんだ。俺が死んだばかりなのに)

「入ってみる?」

「もちろんだ」


「何処の部屋だ」

ロビーにはもう二人は居なかった。

「入った部屋が分からない」

「やってみるよ」俺は過去に亜美と入った部屋を思い出す。

「わ!」目の前にセーラー服と抱き合うオヤジが。

「援交かよ!ん?でもこのセーラーなんか今風じゃない」

「奥さん激しいね」

「フフフ」

女の顔を見た。30ぐらいだと思う。

「なんだ人妻か。昼間っから出会い系かよ」

別の部屋を考える。

今度はさっきよりは若い女と、俺と変わらない位のサラリーマン。

「こっちは?」

(出会い系?不倫?)

「先輩!」

「もっと!」

(会社の先輩後輩か?外回りの途中でホテルかよ!)

またイメージする。

「居た!」

二人が居た!いきなりキスをしている。

「修一め!」

部屋の真ん中で亜美を抱きしめ、キスをしながら服の上から胸を揉んでいる。

「シャワー浴びてくる」亜美が言ってバスルームに、

大きなガラスで部屋と仕切られたバスルーム。

亜美の裸がカーテンの向こうで影となって映っているんだ。

カーテンを開けると、ガラス越しに亜美が修一を呼ぶ。

服を脱いで入って行く修一。二人が絡み出すのを見てまた怒りが込み上げて来た。

「こんなことってあるのか!」

「一度出ましょう」美幸が言う。

「うん」俺もこの場を去りたかった。

「あいつら前から出来てたのか」

「そうね」

「俺と付き合いながら、修一とも」彼女への怒り悲しみ、そんな感情で一杯だ。

「落ち着いて、怒りを抑えて」

「無理だ復讐してやる」

「お願い止めて、あの霊と同じになっちゃうよ」

「いいよ。こんな屈辱は初めてだ」

「お願い抑えて、アナタが悪い霊になったら私も一緒に居られない」

「そんなことは…」

続きを言おうとして彼女の心が俺に流れ込んできた。

「お願い、自棄にならないで!私が好きなアナタに戻って、私を側にいさせて」

彼女の心が俺を包む。暖かいモノが胸に沁み込んだ。

「分かった、落ち着くよ。そうだよな、俺は死んだんだ。

 もう彼女を見てるしか無いんだよな」

「うん」

「でも何時からなんだ?亜美が言った、俺へのごめんなさいって意味はこれか?」

「わからない。もう一度行くしか無いわ」

「見たくは無いが仕方が無いか」

俺はまた部屋に、今度は二人ベッドで絡み合って居る。

「修一。あーっ、もっと強くぅ」

亜美の声が部屋に響いてる。

「ちくしょう!」

「落ち着いて」

「駄目だ!無理!」

「もう一度出よう」

「うん」

「ハァー!」

「落ち着いた?」

「まだ。もう少し」

「可愛そうに。辛いよね」

「本当だ!見てるのがこんなにイライラするなんて」

「でもしょうがないよ。死んだんだから」

「分かってる」

「少しは冷静ね」

「これでも随分我慢してるよ」

「うん、分かってる」

「如何するかな、他の部屋でも覗いて来るかな、気が紛れるかも」

「孝ったら、霊のくせにまだ人間みたい」

「そうだな、まだ霊になって日が浅いからかな」

「男と女で違うのかな?でも肝心な話を聞き逃すかも」

「分かった。戻ろう」

部屋に行くとまだ二人は絡んでいる。

少し冷静になったせいか二人の様子が見えてきた。

どちらかと言うと亜美の方が積極的だった。

俺はその場で二人の行為を眺めることにした。

俺に抱かれている時と変わらない亜美、ただ相手が違うだけ、

(何時からだったんだ)俺の心に悲しみが湧いてきた。

「可哀相に…」隣で呟く美幸。

不意に修一が振り返った。

「なに?」動きを止めた修一に亜美が聞く。

「いや、誰かに見られてるような」

俺たちの方をジッと見る。

「誰も居るわけ無いでしょ。それより今度は私が上よ」

一瞬だけ怯えた顔をした亜美が、今度は修一の上に乗る。

「もっと。もっとして!」

自分から動き出した。大きく腰を振る亜美。

「あぁぁぁぁぁー」亜美の体が震えて、

「う!」

修一の上に倒れこむ。そのまま二人ベッドに転がって荒い息を吐いていた。

「やっと終ったか」

修一の鞄からタバコを取り出す亜美。

渡すのかと思っていると、自分で火を付けて吸い出した。

「あいつタバコなんて吸ってたのか?」

「そうね、アナタには見せてない事ばかりね。これが本当の彼女なのかも」

修一もタバコに火を付けると吸い出した。

「落ち着いたか?」

「少しは。でも如何しよう…」

「亜美のせいじゃ無いよ」

「でもあの後でしょ、事故に遭ったのは」

「自分を責めるなよ」

「あんた何でそんなに冷静なの!自分は関係ないって思ってるでしょ!」

「そんなことは」

「いい、あんただって同じよ!同罪なんだから!

 もし私が訴えられたら、あんたの事だってみんな話すからね」

「そんな…知らないよ!あいつは勝手に死んだんだから」

「ふーん。私のせいにするの」

「違う」

「覚えといて!捕まるのがいやなら、秘密を守るのよ!」

「あー、判ったよ!」

「ふー、でもこんな事になるなんて」煙を吹き出して亜美が言う、

「うん」修一はそのまま黙ってしまった。

「あー!もうー!もう一度!」

イラついた亜美が、修一に抱きつく。

俺はもう見てられなくて部屋を出てしまったんだ。


「肝心な事が判らないな」

「うん」

「何か手が無いかな、脅かすとか。なー、幽霊になって現れられないのか?」

「波長が合わせられなければ難しいよ、後はその場所の力を借りるとか」

「場所の力?」

「うん、物には何でも波長が有るの。色も波長でしょ。

 それが上手く合わさっている所では増幅されてるの。

 そこなら上手くすると姿が見えるかも」

「何処なんだ?それは」

「パワースポットって言われる所よ」

「神社や井戸とか?」

「うん」

「そんな所にどうやって連れ出す?

 だいたい俺は神社なんて、明治神宮に初詣位しか行ったことがない」

「そうね。駄目ね」


ホテルを出た亜美と修一が駅で別れた。

「どっちに着いてく?」

「どちらでも。孝が決めて」

「じゃあ。亜美だ」

まだ動揺している俺は、このまま亜美と離れたくなかった。



亜美についてそのまま家に。

家に帰った亜美は、母親や妹と一緒にご飯を食べると、

「疲れたから寝る」それだけ言って部屋に行ってしまった。

ベッドに転がって、ボーっと天井を見ている亜美。

「亜美。お前俺に何かしたのか?」

話しかけるが、

「無理よ。今は聞こえないから」

美幸に言われる。

「寝るまで待つか」

「そうね。でも何時も声が届くとは限らないよ」

俺達は、その後ずっと亜美を見ていたが、

「亜美。お風呂入っちゃいなさい」

母親の声に返事もしない。

「亜美!亜美。返事ぐらいしなさい!」

ドアをノックして母親が言う。

「分かってるから。ほっといてよ!」

そう言って、枕に顔を埋める。

(俺のために泣いてる?)

俺はその姿が本当の亜美と信じたかった。

「うう。孝…」

泣いていた亜美は、電気も消さないでそのまま寝てしまった。


「寝たのか?」

「そうみたい」

「じゃあさっそく。亜美。亜美。聞こえるか?俺だ孝だ。亜美」

寝息を立て始めた亜美に話しかける。

「くうくうくう」

(変わらないな)

「亜美。聞こえるか?亜ー美。おーい」

「う、うーん」

「俺だ。孝だよー。もしもし亜美ちゃん。返事してください」

「真面目にやりなさい」

「はーい。亜美。亜美ってば」

「うーん。くうくうくう」

「聞こえてないな」

「うん。心が閉じてるのかも。今は駄目ね」

「心が閉じてる?」

「そう。誰にも邪魔されたくないみたい。人の話を聞く気が無いって事」

「しょうがないな。後でまた来るか?」

「うん」

「じゃあどうする?」

「一度家に帰れば」

「そうだな。お袋も帰ってきてるだろうし。お袋なら俺の声が聞こえるかも」

自分の部屋を思ってみた。



「真っ暗だ」

家中の電気が点いていない。

「誰も居ない」

時計を見ると、もう12時近い。

「お袋は何処行ったんだ」

「まだ病院じゃない?」

「親父は単身赴任中だし…」

「ミャー」

下から猫の声がする。

「ミースケだ」

台所に下りていくと、

「ミャー、ミャー」ミースケが空の皿を引っかいている。

「ミースケ。ご飯か?」

「ミ?ミャー」俺の方を見て鳴く。

「ミースケ。俺が判るのか?」

「ミャ?ミャー、ミャー」

「こいつ判ってるのかな?」

見上げて鳴き続ける。

「アナタとは判って無いかも。何か居るって判って鳴いてるみたいだけど。

 動物には見える子も多いの」

「それって、猫や犬が天井とかをジッと見てるってやつ?」

「そうよ。誰かは判って無いし、言葉も通じないけど」

「うわ。本当なんだ」

「後は赤ちゃんね。しゃべれる位になると見えなくなるけど」

「ミャー、ミャー、ミャー」

「腹が減ってるんだな。飯はあげられないよな?」

「当たり前でしょ」

「悪いなミースケ。早くお袋帰って来ないかな」

〔ガチャ!バタン!〕玄関のカギが開いて、ドアが閉まる音がした。

「誰だ?」

「母さん!居ないのか!」声がして親父が家に入って来たんだ。

(親父!帰って来たのか)

「母さん!…居ないか」

電気を点けると家中を見て、携帯を取り出した。

「もしもし。俺だ。今帰って来た」

「うん、うん、そうか、分かった」

「ミャー」ミースケが親父にまとわり付く。

「ミースケか。飯か。まったく、こんな時に」ネコ缶を開けると、

「また出かけるからな。大人しくしてるんだぞ」

ミースケに言って家中の電気を消すと、

〔バタン!〕また出て行ってしまったんだ。

「何処に行くんだ」俺も一緒に家を出る。

「あぁ」

大通りでタクシーを拾うと、そのまま走り去られた。

「ちくしょう。これじゃあ何処に行くのかわからない」

「たぶん。病院だと思う。お母さんもそこじゃないかな」

「俺。入院とか、誰かのお見舞いとかしたこと無いからな。

 風邪引いて、近くの医者とか、歯医者ぐらいなら行った事があるけど。

 せめて病院の名前ぐらい分かれば」

「さっきの地下鉄の駅に行ける?」

「駅名覚えてない。名前見なかった。美幸は」

「ごめん。教えられない」

「え!それも駄目なの」

「うん」

「教えてくれよ!」

「落ち着いて。これもルールなの」

「そんなの。誰が決めたんだよ!」

「知らない」

「ちょっとでいいから。じゃあヒントでも」

「駄目」

「なんだよ!じゃあ何だったら教えてくれるの!」

「何も」

「じゃあ何の為に一緒に居るんだよ!」

「アナタが好きだから」

「じゃあ教えてくれたっていいだろ!」

「だからそれは出来ないの」

「じゃあ美幸は居るだけかよ!」

「うん」

「使えねーなー」

「ごめん」

言葉にすると美幸の色が青くなる。

「…如何したんだ?」

「アナタが私を嫌いになったから」

「え。美幸を嫌いになった?」

「そう。見て、アナタの胸も」

俺の赤かった所が青く変わっている。

「ごめんなさい。もう一緒に居られない」

「待ってくれ!一人にしないでくれよ」

「もうアナタと私のつながりが無くなる」

「そんな事無い。待ってくれ。ごめん。謝るから」

「言葉で言うだけでは駄目。心が取り戻してくれなければ」

美幸の姿が薄くなる。

「待ってくれ美幸!」

「強く思って。私の事を。強く」

「愛してる。美幸が必要だ。愛してるよ」(行かないでくれ)

消えかけていた美幸の姿が赤く変わった。

「美幸」

「もう大丈夫」

「よかった。ごめん」

「ううん。でも怖かった。消えるのは嫌」

「ごめんよ。もう嫌いにならないから」

「うん」

美幸の嬉しいと言う感情が、俺に伝わってくる。

「聞いていいか?」

「なに?」

「何で俺に憑いてたんだ?」

「アナタを好きだったから」

「それは聞いた。でも告白されて無いぞ」

「言う前に死んじゃったから、

 でもアナタに憑けたって事は、アナタは私を忘れなかった」

「だって。返事もらってなかったもの。忘れられなかったよ」

「ごめんね。返事しないで。直ぐには恥ずかしかったの。

 ねえ、私が死んだ時のこと覚えてる?」

「うん、自転車事故だって。車にぶつけられて。でも病院で見た顔は綺麗だったよ。

 寝てるみたいだった。今にも起きそうで」

言いながら涙が出てくる。

「うん、本当はね、あの日アナタに会って言おうと思ってたんだ。

 でも、あっ!と思った時には死んじゃったから。

 残念だったよー。告白しようと思ってたのに。付き合いたかった」

笑う彼女の顔。

「俺も驚いたよ。

 呼び出したくせに、待ち合わせ場所に何時までたっても来ないんだもの。

 携帯も繋がらないし。事故のことは家に帰って後で知ったよ」

「ごめんね、沢山待たせちゃった。暑かったでしょ」

「うん、平気だよ」

(抱きしめたい)触ろうとすると、

「あ、触ろうと思ったでしょ。

 だめ。触ったら混じっちゃう。あの黒い塊と同じになっちゃう」

そう言ってヒラリと離れる。

「え、そうなんだ。抱き締めたり、触ったりも出来ないの」

「うん、私達は魂だもの。

 人のように抱き合ったり、キスしたりは出来ないの。

 体が無いから欲望も起きないし、眠くなったり、食欲だって起こらないよ。

 でもありがと。孝の優しい気持ちは私に分かるから」

「じゃあ純粋に、好きと嫌いだけか?」

「そこまで簡単じゃ無いけど、でも近いかな」

「そうか。でも気分が高まったらどうすりゃいいんだ」

「アナタはまだ魂になって間もないから、そんな感情が起こるの。

 そのうちに起こらなくなるから」

「つまんないな」

「そんな感情も無くなるわよ」

「そうか」

「ねえ。修一さんの方に行ってみない?

 もしかすると、あの人も病院に行くかも」

「そうだな。此処に居てもしょうがないからな」

俺は何度か行った事のある、修一のアパートを思い浮かべる。

(難しいな。回りの景色とか良く見てなかったから)

「部屋でいいんじゃない」

「そうか。でも男の部屋を思い浮かべたく無いんだけど」

「今はそんな事言ってる場合?」

「はいはい」

「さっさとやる!」

「へーい」

修一のアパート。

六畳と四畳半の台所。トイレとユニットバス。

(お、なんか思い出してきた)

ニトリのソファーベッドと、20インチのパソコン。

(そうだこの下にエロ本が)

「そんな事まで思い出さなくていいの」

美幸に怒られた。

「でもほら来られた」

そこは修一の部屋だった。

でも、

「居無いな。あいつも何処に行ったんだ?」

部屋は暗いままで、窓も閉まっている。

「あの人学祭の実行委員の腕章してた。まだ学校に居るんじゃない?」

「そうか」

また学校を思う。

「あちゃー。入れない。閉まってるよ」

校舎のドアがもう開いていない。

「教室を思い浮かべればいいのよ」

「そうだった」


校舎に入る。

「夜の学校って不気味だな。お化けとか出そう」

「私達の方がお化けよ」

「でもなんか怖いな」

「大丈夫よ。他の魂が居ても、私達には関係ないから見えないもの」

「そうか」

「うん。怖いのはあの黒い塊のほう。何処にいるか分からないから気をつけて」

「了解」

教室から講堂に行ってみる。

明後日の最終日の準備か、ステージがまた組んであった。

「そうか!最後に青山テルマが来るんだった。ちくしょー見たかったな」

「まったく。自分の状況が分かってるの」

「はいはい」

「ん?」美幸が舞台のそでをジッと見る。

「なにか居るのか?あの黒い塊か?」

「奥に人が居るみたい」

ステージの上。ダンボールを敷いたその上に、ジーンズが見えていた。

「修一か?」

行ってみると、それは修一だった。

「寝てるな」

「うん」

「修一。俺だ。孝だ。聞こえるか?」話しかける。

「う、孝」

「聞こえてるようだな」

「もっと話しかけて」

「何時から亜美と付き合ってるんだ!」

「そんな事は後でもいいでしょ」

「よくない。俺は怒ってるんだ」

「でも起きちゃうよ」

「何時からだ!いつ口説いたんだ!」

「もー」

「う、うう」汗をかき、修一の息が荒くなる。

「俺に隠れて会ってたんだな!」

「止めなさいよ」

「う、うう。すまない」やっと言葉にする。

「今までに何回やった!」

「許してくれ」

「うるさい!何度寝たんだ!殺してやる!化けて出てやるぞ!」

「孝止めて!アナタが変わっちゃう」

「うるさい!怒らずにいられるか!」

ハッ!急に目を開けて起き上がる修一。

「もー。起きちゃったじゃない」

「修一!許さないぞ!」

「もう聞こえてないから」

体に掛けていたジャンパーを掴むと、修一が講堂から走り出て行く。

「待てー!」

「待ってよ」

後を追う。

外に出た修一は、部室棟の建物に向かって走っている。

部室棟に着くと、怯えるた顔でこっちを向く。

ドアを開けて中に入った。

「くそー!逃げられた!」

部活に入っていない俺は、部室棟に入った事がなかったんだ。

部室棟をにらむ俺。追いついてきた美幸が、

「おちついて」言う。

もう二日目の日が昇りだしていた。



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