婚約者を自らの占いで断罪する
——団長! ここですよ、ココ!
——ここは確か、百発百中で先を見通せる占い師がいると、王都でも噂になっていた店だよな?
——ほーう、占いとは。何とも物珍しいものだな。
——前々から気になっていたんですよ。遠征から帰る時に繁盛している所をよく見ていたから。
店先では、三名の騎士と思われる方々が、自分の店についての話題で盛り上がりを見せていた。
今日はいつもより、客入りが少ないこと喜んで、「どうする? 入る? 止めとく?」みたいな葛藤を繰り広げる。
挙げ句の果てには、お客が少ない理由について、「最近は調子悪いのかな?」と要らぬ心配をする者まで。
ふん、余計なお世話だ。
こっちはアンタたちのために、お膳立てしたというのに。
立ち話をしながら、店に入るか思案している様子ではあったが。
——いらっしゃいませ!
と、待機していた部屋の外から、元気の良い案内人の挨拶が聞こえてくる。
どうやら入店はしてきたようだ。
ぞろぞろと、私がいる部屋に入室してこようとしていたが、慌てた様子で案内人が止めに入る。
「おぉ〜っと、お客さん! 占いはお一人ずつです。なぁ〜に、秘密主義ってやつですわ! 多人数での入室はご遠慮願います」
「それもそうだな、申し訳ない。では団長からお先にどうぞ」
部下たちは一度、ロビーで待つように促されて引き返していく。
掛かった。と、私は相手の顔を確認してから、内心で笑みを浮かべる。
案内人が上手く間に入ってくれて、今回のターゲットと一対一の構図となっていた。
私にはある目的があったのだ。
この男の婚約者となった手前、実情を知る必要がある。
地位を利用し好き勝手に女を侍らせる、この男の本性を暴く。
そのためだけにわざわざ占い店まで開いて、評判を広めて、こうして招き入れることに成功した。
貴方の一面、垣間見させてもらうわ。
騎士団長——ライルとの婚約が決まったのは一年ほど前のことだった。
侯爵家の聖女として初めは非力だった私ことフェアリスも、いつしか”大聖女“と呼ばれるほどに成長を遂げていた。
そんな最中、寝耳に水といった感じで、不意に婚約の話が舞い込んでくる。
私としてはまだそんな気はない、と断固として抗議したのだが、両親からの圧は凄まじかった。
何を言っても容易く跳ね除けられて、聞く耳を持ってくれない。
もうすでに、両親とライルの仲は深まってしまっているようで、会話の節々からライルに対する全幅の信頼が浮き彫りとなっていた。
これは、正面から挑んだとしても太刀打ち出来ない。
何故ここまでライルにご執心なのかは全くもって理解不能。
しかしその信頼を寄せている部分から崩さないと、現状を打開出来そうにない。
よって彼の弱みを握る必要があった。
けれど私は知っている。
ライルには何やら、きな臭い噂があることを。
どうやらライルには婚約者がいるにも関わらず、他にも想いを寄せている異性がいるとか。
もしこの話が本当だとすれば、形勢が変わる可能性は十分にあり得る。
体裁を重んじる貴族において、求心力の低下にも繋がりかねない、問題となるような事態は極力避ける。
しっかりと証拠を掴めれば、婚約の話も無かったことに出来るはずだ。
探りを入れるべく、私直々に調査を開始した。
侯爵家の聖女という身分もあって、国家の重鎮たちと顔を合わせることもしばしばある。
王城の中で、彼が部下と話している姿を目撃した。
柱の影に身を潜め、覗き込むようにして、遠目から彼の姿を見通す。
ライルの姿を見るのは、これが初めてだった。
なるほど。
屈強な肉体に対して、中々に端正な顔立ちをしていらしておいでだ。
その上、騎士団長としての身分も申し分ない。
異性からの人気が高いのも頷けた。
これならば期待も出来る。
それはそれは噂通りの、裏の顔もお持ちなのだろうと。
しっかりと情報を引き出すべく集中する。
私には聖女としての力とは別に、他者の姿を見るだけで先を見通せる予知能力があった。
知る人は誰もいない。家族にも公にせず隠していた。
けれど時々、ふと視えたものが口から出てしまうこともあって。
それがズバズバ当たるものだから怪しまれもしたが、もう面倒なので占いが得意ということで通している。
彼の姿を視る。
浮気相手との密会する瞬間を予知できれば、私がその場に居合わせることも可能。
それだけでライルの本性を暴ける——はずだった。
何故か、視えなかったのだ。
普段ならこれだけで全て分かっていたのに、ライルには上手くいかない。
何度も何度も、何度でも、日を跨いで別日にも試みたのだけれど結果は同じ。
私の侵入をライルは許してはくれなかった。
どうしよう、と考えた挙句に私は次の手段に打って出る。
何かしらの影響で、私の予知の力が防がれているのだとすれば、遠目からではダメだ。
もっと接近する必要がある。
けれどそれには一つ問題があった。
今以上に接近するにあたり、接触する可能性も必至。
出来ればフェアリスとしての関わり合いは、なるべく持ちたくない。
後々の聖女としての務めにも影響が出る可能性もあるだけに、穏便に済ませたいという思いもあった。
なら、ライル側から興味を持ってもらう必要がある。
幸いにもライルの部下を視た時に、占いに興味を持ってくれそうな人がいた。
これならばと判断し、やむなく私は占いの館を開いた。
予知能力という占いにおいての、反則技を駆使したことにより、噂が更なる噂を呼んでいく。
すぐさま知名度は高まって、王都中に広がっていった。
そして私は目論見通りに、今日という日を迎えた。
ここまで長かったよ。
しっかりとお膳立てをするのに三か月。
繁盛しすぎたせいで、ライルたちの足が遠のき続けたことで追加三ヶ月の計半年だ。
さあさあ、ようやく目の前に現れてくれましたわね。
じっくりと、全てを丸裸にして差し上げますわ。
内心笑いが止まらないと言ったばかりに、意気込んでいたのも束の間だった。
「あれ? 何にも視えない……」
気がつけばポツリと、そう呟いていた。
「——どうかされましたか?」
「い、いえ、何でもございませんわ」
怪訝そうに見てくるライルに対して、私は動揺を表に出さないように必死だった。
み、視えない、どうしよう。
結局のところ、真正面まで近づいてもライルの本性は見抜けなかった。
ライルを視てからはおかしいことだらけだ。
こんなことは一度も無かったのに。
えぇーい! こうなったらやけだ。
「率直に言わせてもらう。貴方とその婚約者がこの先上手く行くことはない。今すぐ別れることを推奨する」
裏は取れなかったがライルの黒い噂は、ほぼ確実な情報。
高位の者たちの中では噂となって、そこら中で広まっている。
ならこのまま弱みを突いて、やんわりと別れ話の方向に持っていくのが最善の策であると。
「それはまた……いきなりだな。理由を聞かせてもらいたいが」
「簡単なことだ。貴方には婚約者の他に、想い人がいると見えている」
「——ふーん……」
どこか含みのあるような笑みを浮かべるライル。
何だろう。そのどことなくスカしたような態度、気に入らない。
まるで私には、勝ち目が無いと言いたげなその目。
逆に闘志が燃え上がる。
「貴方には、本当に好きなお方がいるのでは?」
「まあ、そうだな。好きな人がいるというのは真実だ。よく当たる占いというのは本当らしい」
私からの追及に、ライルは素直に認めた。
どういう理屈なのかは分からないけど、私が直接彼を見通すことは出来ない。
だけど私にはまだ占いがある。
占いで上手いこと誘導して、相手の名前を聞き出せば、彼女からのルートで見通すことも——
「だがいるのは、すぐ目の前だ」
「…………はい……?」
騎士の男は、呆けている一瞬の隙を突いて、顔を覆い隠していた私のフードを捲った。
私とライルの視線が交錯する。
「勝負は俺の勝ちかな——フェアリス」
「な、何のことでしょうか……?」
さぞ今の自分は驚いた表情をしていることだろう。
そんな私の表情を見た騎士は、ニヤッと笑みを浮かべていた。
「フェアリスは最後まで俺を見通すことが出来なかった。その優秀すぎる力を以ってしてもね」
「私の予知能力にも気づいて————はっ!」
「やはりそうか。視えるにしても百発百中はやりすぎたな。もうそれは占いの域を超えている」
ば、バレた。
いや違う。この人は初めから分かっていたのかもしれない。
それでも、確証は無かったはず。
しかし今日この瞬間をもって、彼の中では確信へと変わった。
自らの自白という名の自爆によって。
それに彼の言う通りだ。
ライルに興味を持ってもらうため、店の評判を高めようとするあまり、正直に力を行使しすぎた。
占いを体験した多くの人々は、その効果を実感していることだろう。
目的ばかりに目を向け過ぎてしまい、見つかってしまう可能性を完全に失念していた。
「それは……非常に不味いですね……」
「フェアリスの持つ力の価値はあまりにも計り知れない。そんな力が世に知れ渡ったとすれば——」
まず間違いなく、私自身を巡って取り合いの勃発。
予知能力のみ利用されて、常に囚われの身。
人間らしい自由な生活が失われて、新たな紛争の火種として利用される。
当初から考えていた懸念が、一気に想起した。
「フェアリスの視る力は、フェアリス自身を視ることが出来ないのが欠点だな」
などと蚊帳の外なライルは、呑気な様子で淡々と予知能力を分析してくる。
こっちは命の危機で、頭がどうにかなってしまいそうだというのに。
「今度は俺の話だ。フェアリスの予知能力で、もう一度視てくれて構わない」
「——な、何を言っているの? 私には貴方を視ることは出来ない。分かっているでしょ……」
「大丈夫。今度は視えるよ。そしてその光景はきっとフェアリスの助けになるはずだ」
恐怖で震える私の手を握って、諭すように彼は告げる。
今までは全く視えなかった、太刀打ち出来なかった、こんなことは初めてだった。
今更視えたとしても、それに何の意味があるのか、私には全く理解できない——それでも。
これまで視えなかったものが、視えるようになる。
彼の言葉を聞いてから、興味や好奇心といった類の感情が湧き始めていた。
何を考えているのだろうか?
私自身も彼の言葉に乗せられるように、内に秘めた視えなかった何かが、視えるような気がしていた。
自然と促されるがままに、私は先を見通す能力を行使する。
そしてライルは全てを受け入れるように、私に挑戦状を叩きつけた。
「さあ、フェアリス。君には何が視える?」
さあて、あの当時の出来事何から話そうか。
じゃあまずは、占いの店についてからかな。
店自体はあの日を最後に、閉店を迎えました。
ライルを呼び寄せることを目的とした占い店だったから、目的も完遂しちゃったし。
これ以上予知で占いを続けることも出来ないから、名残惜しいけど一区切りはつけたんだ。
その後、百発百中の占い店は一つの伝説として語り継がれ、復活を渇望されるも、店主の素性はライル以外は誰も知らない。
謎めいた部分も、伝説たる所以なのでしょうね。
それでそのライルについてだけど、予知した世界で得意げに語る彼を視て、色々と分かっちゃった。
でも先に一言で言うなら、私の完敗。
彼の弱みを握るべく、他の異性の存在について確かめていた際、もうすでに私には気づいていたらしい。
逆にライルは私が調査しに来るのを利用して、もっと自分の存在を深く知ってもらえる良い機会だなんて言ってたし。
分かってた上で泳がせてたんだよ、酷い話だよね。
それとこれは後で知ったことだけど、ライルは予知に対抗するための結界を全身に張り巡らせていた。
通りで彼だけ全く視えなかったはずだと、合点がいったわ。
それでライルに対して流されていた、婚約者以外の異性の噂話だけど、あれも全部嘘っぱち。
急成長を遂げるライルの存在を目障りに思っていた勢力が、彼を振るい落とそうと画策した偽情報だった。
見事に私は偽情報に踊らされたのだけど、ライルはそれすらも利用していた。
結果的にライルを探る理由となり、後々占い店を開く一つの動機となって、当初距離の離れていた婚約者同士が急接近するきっかけとなった。
そして、ライルが私に対して抱いている想いも視えてくる。
たまたま聖女としての祈りを捧げる瞬間に立ちあったようで、その時の私の姿に一目惚れしたらしい。
ライルはこのシーンについては極めて重要視していた節があり、予知の後も事細かく私に尋ねてきた。
予知きっかけで、自分の想いを全て伝えたことにしようとしていたようだけど。
流石の私も勘付く。
これまでやられっぱなしの状況も兼ねて、逃げさせないための仕返しを敢行する。
——ええ〜、ハッキリと言ってくれないと何のことか分からないなぁ〜。
と、私は小悪魔全開の視えてないフリで応戦すると。
あからさまに彼は困った様子で、予知で見たセリフと同じ言葉を言っていた。
ずっとしたり顔だったライルの表情も、あの時だけは真っ赤に染め上がってって可愛かったな〜。
騎士団長ライルの貴重な瞬間に出会えた。
ここまでがあの当時に私が視た予知の話だけど、ここからは今現在までの話だね。
私は未だ現役の聖女として祈りを捧げ続けていた。
元より辞める理由もない。
しかし予知能力については止まることを知らずに、若干暴走気味になっていた。
進化を続ける中での、過程の一つだったのだと思う。
私の意思に関係なく、誰かしらの予知が視えてしまう恐怖に震えながら日々を過ごす中、そんな時に支えになってくれたのはライルだった。
過保護なまでに親身になって、献身的に支えてくれて、私の予知能力の発散のためにわざわざ結界を張ってくれたりもして。
所々で滲み出る彼の優しさを垣間見て、この人本気なんだなって自覚させられた。
とりあえず、まだ誰とも一緒になりたくないからという理由で、遠ざけていた自分を恥ずべきだったと痛感。
今なら両親がこの婚約を推し進めていた理由もよく分かる。
初めから噂を偽りだと見抜き、ライルの人となりを理解した上での話だった。
私よりもよっぽど見る目がある。
考えを改め直して、私が婚約を受け入れると両親に伝えた時には泣いて喜ばれた。
彼と運命を添い遂げる、その決心はすでについている。
まだまだ、予知能力自体は発展途上で、これからも迷惑を掛けてしまうかもしれない。
でもライルと二人でなら乗り越えられる。
少なくとも予知能力で見た私たちは、幸福に包まれていたのだから。
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