第一章 1
―ウルム・ヘルガ大森林―
深く暗く閉ざされた彼の森は
恐ろしくも凶悪な、冒涜が蔓延る地
その地に君臨するのは・・・
悍ましいその面貌は見たものを凍りつかせ
凄惨たるその巨躯は等しく心に畏怖を植え
禍々しきその双眸は光もなく魂をも砕くとされる
『異形の王』
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「腹・・・減ったな」
―――深く暗い森の中の最奥、じめじめとした洞窟。
洞窟の入り口に木々の隙間から漏れた一条の光が刺した。
まるでそれを合図にしたように大きな何かがゆっくりと起き上がる。
「・・・朝か」
ノソノソとその大きな何かは洞窟から這い出てくる。
その大きく大きな巨体で更に大きく伸びをする。
たったそれだけの動作で周囲の落ち葉が舞い、巻き起こる風で木々を揺らす。
朝の微睡みに暫く呆けて、これまた大きな口で大きな欠伸をした。
そうして無造作に右手を伸ばし、洞窟の入り口にいつも置きっぱなしにしている使い古した鉈を手に取る。
しかし鉈というには其れはあまりにも大きく、普通の人間では持ち上げることすら不可能な重量。
一振りで大木をも両断できそうなサイズである。
それを軽々と右手に持ち、狩りのため
その大きな何かは、のっしのっしと森の中へ歩き出した。
大きな鉈は狩りのために持っていく訳ではない。
森を進むのに邪魔な木を切り、ついでに薪の材料を調達するために持っていくだけだ。
彼の狩りは独特で、道具は一切使わない。
暫く森の中を歩くと木々の奥で影が横切った。
普通の人間では肉眼で捉えることはまず不可能な距離だ。
しかし彼にとっては5m先のものを見るような感覚であり、動きも止まって見える。
「《縛》 ―バインド―」
そう、彼が狩りに使うのは【魔法】である。
何の詠唱も無く、つぶやくようにそう言うと
瞬間、地中より樹の根が飛び出し獲物の足に絡み付き動きを封じた。
「かかった」
頬が弛む。
一角熊だ。
のっしのっしと近づいてみると、思いの外大きな獲物であることが分かった。
それもまだ若い瑞々しい瞳をしている。
一角熊の中でも大きい部類に入るだろう。
一角熊はその名の通り頭に一本短い角を生やした熊の魔獣である。
だがその体長はそこらの森に住む普通の熊よりも二回りは大きくその性格は獰猛である。
鋼のような体毛は防御力の高い、マント等の防具として古くから冒険者たちに重宝され、肉は深い味わいと良い出汁が出るため鍋等にして食されてきた。
但し、その獰猛な性格故、専門のハンターがおり市場には頻繁に出回らず、毛皮も肉も高級品とされている。
だが、彼にとっては日常食だ。
「ふむ、良い肉付きだ」
これなら二日分はとれるなと皮算用をする。
「今日は少し朝冷えするな、鍋にするか」
未だ樹の根に絡まれ、ジタバタともがく獲物を見やり、ふと視線を獲物の向かい側へやる。
すると予想外のものが目に飛び込んできた。
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そこには一人の少女がいた。
それもとても美しい。
胸を掻き毟るほどに。
年の頃は十歳くらいだろうか、その顔立ちは形容するにはあまりにも整いすぎていて、どんな言葉も安っぽくなってしまう。
萌ゆる樹々の新緑のような深緑の長い髪は、大地より祝福を受けているかのようだ。
白樺よりも透き通った眩しさで、目を細めてしまいそうな真っ白な肌。
少し尖った流線型の耳は、まるで太陽に向かって背伸びをしているようだ。
彼は思わず息を呑んだ。
「……天、使?」
ふとこぼれた言葉
自分でもその表現は陳腐だと思いながら、そう表現するのが精一杯であった。
「グオォォー!」
暫く呆けていたところに大きな叫び声で我に返る
その声は今しがた捕らえた獲物からのものであった。
ハッとして、右手に持つ鉈を背にして獲物の頭を殴り付け絶命させる。
普段であれば鉈は使わない。
慌てて行動を起こした結果である。
そしてもう一度少女の方へ向き直る。
よく見ると意識を失っているようであった。
「何で・・こんなところに」
彼は自分の醜さをよくよく理解している。
自分の姿が・・・
『他者』にどんな影響を与えるか。
『自分』にどんな影響を与えるか。
だからこんな森の深くにひっそりと住んでいるのだという事を。
「よりにもよって、何故・・俺の・・・」
普段なら絶対に他者へ自ら近づくことはない。
だが思考と行動が一致しない。
自分でもなぜそんな行動を取ったのか分からない。
自然と身体が動いてしまった。
まるで精緻なガラス細工の置物に触れるように、丁寧に少女を抱き抱えた。
右肩には一角熊を乱暴に担ぎ上げ、左腕にそっと少女を抱き、自らの住処へ、のっしのっしとできるだけ静かに歩き出した。
揺らさないように、慎重に、ゆっくりと。
ヘベレケ・ホッピと申します
拙い文章ではありますが、精一杯楽しめる物語を書きたいと思っています。
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※2話は3月16日の7時10分に投稿されます




