第6話 少女剣士と死にかけの男たち
リリアが泣き止んだ後、俺たちは宿屋に泊まった。
リリアを先に寝かせて、深夜の内に奴隷市場に行こうかとも考えたが、それはなんだかリリアを裏切る行為のような気がして、結局行かなかった。
ベッドで静かに眠るリリアを見る。
リリアを購入した当初は、全く心を開いてくれず、受け答えも微妙だったが……たった一日で、かなり心を開いてくれた。
それに、リリアのお陰で、Bランクまで続けた冒険者稼業を辞めずに済んだ。
なのでリリアには、できる限り幸せになってもらいたい。
……もしリリアが冒険者をやりたくないと言ったら、奴隷から解放して自由にしてもいいかもしれないな。
その内奴隷の身分から解放するのは考えているが、冒険者を辞めたいと言っても、受け入れてあげるべきかもな。
そんな事を考えながら、リリアの手を握る。
『真実視』での鑑定を行うには、相手の体に直接触れる必要があるのだ。
今日一日でどれだけ成長したのか。
リリアの潜在能力を考えるなら、結構な成長を遂げていてもおかしくはない。
――鑑定。
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名前:リリア
種族:人間
年齢:14
職業:奴隷(剣士)
STR:D
VIT:E
AGI:D
INT:G
DEX:E
MND:F
スキル:
・剣術Lv2
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おお、STRとAGIがDに上がっている。
それに、『剣術』スキルのレベルも上がっている。
一日でこれとは……やはり、リリアは才能があるな。
一応、『真実視』の方も試すか。
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潜在成長上限:S
隠しスキル:
・雷閃(未解放)
・連鎖加速(未解放)
・雷神因子(極低確率変異)
精神安定度:56%
信頼度:32%
裏切り確率:1%
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ふむ、問題無さそうだな。
リリアの裏切りも心配しなくてよさそうだ。
元々あまり懸念していなかったが、『真実視』によって確認できるのは大きい。
俺は鑑定結果に安堵すると、ベッドに横たわって眠りに就いた。
それから二日ほどが経過した。
この二日間はずっと1層に潜った。ダンジョン初日のリリアのステータスを見るに、別に2層に潜って問題があるわけでもないだろうが、経験的なものを考慮した。
いくらステータスが高かろうとも、経験が伴っていなければ実力は発揮できない。
逆に言えば、経験があってもステータスが低い俺みたいな奴も、実力を発揮できないのだが……そこは置いておいて。
そんなこんなで、この二日間、リリアにはダンジョンでの戦闘というものをひたすら叩き込んだ。
索敵の仕方、一対多での戦闘、戦闘中にやってくる他の魔物への対処……覚える事は多くある。
基礎的な事はほとんど教えたつもりだが……一つだけ、教えられていない事がある。
それは、負傷者が出た際の対処だ。
リリアはAGIが高く、敵の攻撃を全て避けるため、怪我を負わない。
そのため、比較的安全な1層で負傷者の対処を学ばせるため、俺がわざと怪我をする事も考えたが……リリアが、一切魔物を俺に近付けなかった。
その場で怪我人の治癒ができる魔法使いが居れば話は別だが、このパーティーは俺とリリアだけの二人。そうもいかない。
フリーの魔法使いの冒険者なんてそうそう居ないし、まして治癒魔法の使い手ともなると、見つからないだろう。
となると、やはり、鑑定し放題の奴隷から、才能のある者を見つけるのが最善なのだが……あれ以来、リリアが奴隷市場に行く事を許可してくれないので、未だに新たな奴隷を探せていない。
別に仲間を奴隷で固めたいわけではないが、信用できない奴とリリアを一緒に行動させるのは何となく嫌だし、それに、奴隷であれば鑑定や『未来視』が使い放題なので、安全マージンも取りやすい。
ううむ……やはり、どこかのタイミングで、奴隷市場に顔を出すべきか。
そうは思ったものの、しかしリリアに対して申し訳なく、結局今日も二人でダンジョンに潜るのだった。
「今日は、2層まで潜ろう」
ダンジョン入り口に向かいながら、リリアに言った。
「1層での戦闘でリリアも成長したし、ステータス的には4、5層まで潜れるんだけど……まあ、まだ蟻系の魔物との戦闘しか経験してないから、敵が弱い2層で練習がてら戦おう」
「ん、分かった」
1層が蟻系の魔物のみだったのに対して、2~5層の魔物は、主にゴブリンが現れる。
亜人系の魔物に分類されるゴブリンは、少なくない知性を持っている。流石に人間のように言葉を喋ったりする事はないが、無視できない性質がある。
それは、ゴブリンは武器を使うという事。
純度の低い鉄製だったり、粗く削った木製だったりと材質は様々だが、ゴブリンは剣や棍棒などの武器を使う。
更には、弓などの遠距離武器や、罠などの搦め手までも扱ってくる。
そう、罠までも扱うのだ。
単純な落とし穴だったり、壁から矢が飛んできたり。
壁が硬質な2層では後者は無いが、5層は壁が木製なので、そういう罠もある。
ともかく、何が言いたいかというと、目に入る範囲に敵が居なくとも、油断はできないという事である。
随分と慣れた様子でメジャーアントを処理するリリアと共に、2層へ下る階段までやってきた。
ちなみに、メジャーアントには、瀕死になると鳴き声で仲間――マイナーアントやキラーアントも含まれる――を呼び寄せるという特性を持っている。
その点はしっかりとリリアに伝えているので、メジャーアントを殺す時は必ず頭を落とすように言っている。昆虫系は生命力が段違いだが、頭を落とせばどう頑張っても鳴く事はできないからだ。
そんな雑学は置いておき、ここからは2層である。
一応、2層にはゴブリンが生息している事はリリアに伝えてあるが、それでも少しばかり不安だ。
爪や歯などで攻撃してくる昆虫系と、自前の武器で攻撃してくる亜人系は、わけが違う。
リーチも違っていれば、武器と武器で打ち合う場面も出てくる。
1層以上に一瞬の判断が命取りになりかねない2層……初めてのリリアがミスをして怪我を負わないかが心配だ。
「ギ、ギギィ!」
「ギギギー!!」
内心でそんな事を思っていた時、聞こえてきた鳴き声が考えを中断させた。
聞こえてきたのは、ゴブリンの鳴き声。それも、興奮している様子だ。
「リリア、行こう」
「ん」
聞こえてきたのは、突き当りの角を曲がった先。
他の曲がり道からゴブリンが飛び出してこないかを警戒しつつ、剣を抜いて鳴き声の発生源を目指す。
角を曲がると、目に入ったのは、血塗れで倒れている二人の男女と、ボロボロの装備を着た一人の男。
そして、それらを囲むゴブリンの群れだった。
男はゴブリンに囲まれているというのにも関わらず、俺たちの存在に気付くと、大声で逃走を促した。
「アンタら、逃げろ! 数が多過ぎる!」
自分たちの命が懸かっている状況で他者の心配をできるのは、男が善良な人間である事の証だ。
ダンジョンで遭遇した冒険者は基本、敵対者の可能性もあるので相互不干渉だが……あの男は人を殺すような人間に見えないし、何より、目の前で死にかけの人間を置いて逃げるのは、寝覚めが悪くなりそうだ。
「リリア! 取り敢えず、俺たちの側に居るゴブリンを一掃するぞ! あの動けている冒険者を、ひとまず包囲網から救出しよう!」
「了解」
見たところ、ゴブリンの群れの中に、弓使い――アーチャーは居ない。
後衛が居ないのならば、俺とリリアの二人で充分対処できる。
通路で男たちを挟んでいるゴブリンの内、俺たち側に立っているゴブリンの背中に斬りかかる。
直後、血の臭いに興奮していたゴブリンたちは、俺たちを敵と認識し、振り向いてそれぞれの武器を振るった。
俺とリリアは最小限の動作でそれらの武器を回避すると、次々とゴブリンを斬り倒していく。
AGIだけならDランクの俺は、2層なら充分戦えるのだ。
「っ」
ゴブリンの小刀が僅かに頬を掠め、ごく小さな傷を作った。
が、こちらの負傷はそれだけだった。
手前側のゴブリンを一掃した俺たちは、比較的傷の浅い男を包囲網から救出した。
「まだ動けるよな? そこら辺で休んでてくれ」
「わ、悪い……助かった」
男を後ろに下がらせると、残ったゴブリンに向き直る。
いや……待て、数が異常に多くないか?
「ギギ!」
「ギ、ギギィ!」
「ギー!!」
ざっと見ただけでも、30を超えている数だ。
手前側は10も居なかったのに、何故。
いくらリリアが成長したとはいえ、あの数相手に二人で挑むのは無茶だ。
いや、二人で挑むどころの話ではない。負傷している男と、気絶している二人……それらを守りながら戦う必要がある。
果たして、そのために命を懸ける必要が、俺にはあるのか?
懸かっているのは、俺の命だけではない。リリアの命もだ。
……そうか、リーダーってのは、こういう役目なのか。
ガルドが俺を追放した時の気持ちを、今なら少し理解できる気がする。
正しかろうが正しくなかろうが、非情だろうが卑怯だろうが、パーティーのための最善な判断を下す必要がある。
それが、リーダー。
俺は深く息を吸うと、男に言った。
「……すまん、あの二人は諦めてくれ。アンタだけでも助かるべきだ」
「そ、そんな……! アンタら、強いんだろ!? あいつらも、助けてくれよ!?」
「……悪いが、そのために命を懸ける気にはなれない」
男の必死な様子に絆されそうになったが、一時の感情で動いてはいけない。
俺だけならともかく、リリアまで居るのだ。
ゴブリンたちが気絶した二人の血に興奮している、今が好機。
「さあ、早く逃げろ! アンタが逃げる間の時間稼ぎぐらいはする!」
「……クソッ!」
男は悪態を吐きながらも、負傷した足を引き摺って逃げていく。
……さて、数体殺したら、俺たちも逃げていいだろうか。
目の前で二人を見捨てるのは罪悪感があるが……背に腹は代えられない。
「あの人たち……見捨てるの?」
俺が覚悟を決めようとしたその時、リリアが訊いてきた。
俺はああ、と頷こうとして……リリアの瞳が、揺れているのに気が付いた。
「嫌……私、助けたい。あの人たちの家族が、悲しむ。そんなの、嫌だよ」
「…………」
リリアの瞳の中には、あの墓石が映っていた。リリアが涙を流した、リリアの大切な人の墓石。
……。
俺は大きな深呼吸をすると、剣を握り直した。
「分かった……助けよう」
「……ん!」
二人は血塗れではあるが、ぱっと見では急いで応急処置をすれば助かるように見える。
俺は先程までとは別の覚悟を決めると、目前でニヤリと笑うゴブリンたちに向き直った。
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