第2話 追放鑑定士と少女奴隷
銀貨2枚を支払い、諸手続きを済ませると、もうリリアは俺の奴隷となった。
諸手続き――主に契約の内容は、一般的なもの。
一つ、奴隷は決して主人に反意を抱いてはならない。
一つ、奴隷は主人の命令に背いてはならない。
一つ、主人は奴隷に最低限の食事を保障しなければならない。
この三つだ。
ちなみに、契約を破った場合、強烈な痛みとともに体が数秒麻痺する、という罰則があるらしい。
契約内容は、ほとんどが主人のためのもの。
唯一、三つ目だけは奴隷のためのものだが、これに関しても、あくまで最低限だ。死なない程度に与えれば、主人側にそれ以上を与える義務は無い。
しかし、奴隷とはいえ、自分より3歳も年下の少女を飢えさせるような真似は、俺にはできない。
きゅるる~……と可愛らしくお腹を鳴らしたリリアを見て、俺はそう強く思った。
「何か食うか?」
「…………」
リリアに訊いてみても、彼女は黙りこくるばかりで、返答を返さない。
何か病気であれば『真実視』で分かっただろうし、単純に心を開いてくれないだけだろう。
沈黙は肯定と判断し、飯屋を探して歩き始める。
前までだったら、ガルドたちと共用で使っていたホームを寝食に使っていたが、今はもう追放された身。あそこで食事は摂れない。
なので、どこか飯屋を探す必要がある。それに、宿屋も探さねばならない。
今はもう深夜になりかけだが、まだ日付が変わったわけでもない。探せば、空いている飯屋の一つや二つ、見つかる事だろう。
そう思って歩き始めた矢先、俺に声を掛けてくる人が居た。
「よう兄ちゃん! さっきぶりだな!」
先程奴隷市場で少しだけ話した男だった。
傍らには、俺と同い年くらいの女性の奴隷が居る。男の好み通り、豊満な胸の奴隷だ。
「おっ、兄ちゃん、やっぱりそういう趣味だったのか……」
「いやいや、違いますよ? この子はそういう目的で買ったんじゃありませんからね?」
「まあまあ、分かってるからよ」
変な勘違いをされてしまった……。
否定した俺を恥ずかしがっていると思ったのか、男は俺の背中をバンバン叩いて笑った。
男は俺から離れると、品定めするような目でリリアを見た。
「ほぉ……結構美人じゃねえか? 良い奴隷を買ったなぁ、兄ちゃん」
「……そうですね」
リリアが良い奴隷である事は間違いないので、頷いておく。
丁度その時、リリアのお腹がもう一度鳴った。かなりお腹が空いているのだろう。
「ん? もしかして兄ちゃん、これから飯食うところだったのか?」
リリアの空腹に気付いた男は、俺にそう問い掛けてきた。
「そんなところです。この時間に空いている飯屋を探してて……」
「それなら、ウチに来るか? もう閉じてるが、二人分くらいだったら作るぞ」
「え……いいんですか?」
「おうともさ。一緒に奴隷を見たよしみだ」
どうやら男は、飯屋を営む人間らしい。
という事は、横の女性奴隷は、給仕用に買ったのだろうか?
そんな分析をしながら、俺たちは男についていった。
『閉店』という札が提げられた男の店に入り、案内された席に座った。
「結構良い雰囲気の店ですね」
「だろ? 酒を置いてねえから夜はそんなに繁盛しねえが、昼飯を食いに来る奴は多いんだぜ?」
家具が木で統一されているこの雰囲気は、結構好きだ。
酒を置いてないなら冒険者もあまり来ないだろうし、今後お世話になってもいいかもしれない。冒険者はガルドしかり、酒が好きな奴が多いのだ。
そんな事を考えながら、男が料理を用意してくれるのを待った。
女性奴隷に色々教えながらやっているからか、それなりに時間が掛かっていた。まあ時間外にお邪魔しているのはこちらなので、文句を言える筋合いもないし、言うつもりもない。
「へい、おまちどう」
しばらくして、男と女性奴隷が料理を運んできてくれた。
鶏肉をソースで絡めて、少量の野菜と一緒に炒めただけの単純なものだが、それでも美味しそうな香りが漂ってくる。
男が俺の前に量の多い方を置き、女性奴隷がリリアの前に少量の方を置いた。
「そんじゃ、たっぷり味わってくれ。俺らはルイーナ用の飯を作るからよ」
男はそう言うと、女性奴隷――ルイーナを連れて、再びキッチンに戻っていった。
それを目で追った後、食器を手に取る。
「さ、食べようか」
「……食べて、いいの?」
何の気なしに言った言葉に、リリアが初めて反応してくれた。
その事を嬉しく思いながら、言葉を返す。
「うん、勿論。それはリリアの分だよ」
「…………」
リリアはしばらく無言で料理を見詰めた後、恐る恐るといった様子で食器を手に取り、鶏肉を一口食べた。
「……!」
味に感動したのか、リリアは目を輝かせると、そのままガツガツと食べ進めていく。
俺はそれを見て微笑みながら、自分の分の鶏肉をつまむ。奴隷市場に行く前――というか、ガルドに追放される前に少し食事を摂ったので、それなりに腹は満たされている。が、それでも美味い。
俺がゆっくり食べている間にも、リリアは凄まじい速度で食べ進めていき、リリアの分はあっという間に無くなった。
俺はそれを見て、自分の皿をリリアに差し出した。
「……?」
無言で首を傾げるリリア。
「いや、まだ食べ足りなさそうだったから……食べて、いいよ?」
「…………」
リリアはしばし俺の顔と皿を交互に見た後、意を決したように料理を食べ始めた。
うん、いい食いっぷりだ。
料理をどんどん食べていくリリアを見て、なんだか娘か妹でも持ったような気持ちになった。
しばらくしてリリアが料理を完食したので、俺は二人分の皿と食器を重ねて、キッチンに向かった。
リリアも無言で俺の背後を付いて来る。
キッチンに入ると、食事をしているルイーナと、それを見ている男が居た。
「すみませ~ん、食べ終わりましたー」
「おお、持ってこさせちまって悪ぃな。そこ、置いといてくれるか」
「分かりました」
男に指示された場所に皿と食器を置き、懐からお金を取り出す。
そして代金を支払おうとしたのだが……男は片手で俺を制した。
「あの、お代……」
「いや、今日は要らねえよ。その代わり、また来てくれや」
「……分かりました」
元々そのつもりではあったが、ここの常連にでもなんでもなろう。
所持金が少ない今は、男の厚意がありがたかった。
……そういえば、まだ自己紹介もしていなかった。
「俺はレイで、こっちはリリアです。よろしくお願いします」
「おう。俺ぁベルンだ。よろしくな」
今更の自己紹介に、ベルンさんは文句一つ言う事無く、握手をしてくれた。
ベルンさんと別れ、俺は再びリリアと二人で夜の街を歩いている。
「…………」
なんだか、リリアが少し寒そうだ。
それはそうか。リリアは奴隷市場を出てからずっと、あの薄くてボロボロの服を着ているんだった。
服の一つでも買ってやりたいが、もう夜は遅いし……風呂にでも行こうか。
この街にある有料の浴場は、基本的に掃除の時間以外は夜間も営業している。ついでに、俺も久々に入ってサッパリしよう。
寒そうなリリアを連れて、俺は浴場に向かって歩いた。
一階建てだが、そこそこ大きな建物。
木造建築で、入り口の上には『サバンド街公衆浴場』という看板が提げられている。
その看板を一瞥した後、俺は建物の中に入ろうとしたのだが――リリアが付いてこない。
「リリア? どうした?」
「…………」
問い掛けても、無言だった。
「風呂、入らないのか?」
重ねて訊くと、リリアはようやく答えた。
「……奴隷に、風呂?」
「いや、そのままじゃ寒いだろうし……それに、体を綺麗にしたいだろ?」
「…………」
俺が本心からそう言うと、リリアは訝しそうにしながらも、俺の傍までトテトテと歩いてきた。
う~ん……奴隷商人が言ってた、『受け答えがハッキリしない』っていうのは、こういう事か……。
俺は一人で勝手に納得しながら、浴場に入る。
受付のお姉さんの元まで歩き、暗記している二人分の金額を払う。一人分が銅貨5枚なので、銀貨1枚だ。
「ありがとうございます。ごゆっくりどうぞ」
お姉さんの感謝の声を受けてから、奥の男女別入り口の前に立つ。
そして、リリアに教えるために、女性用の入り口を指差した。
「リリアはあっちな。もし先に上がったら、ここで待っててくれ」
「…………」
リリアは一度首を傾げたが、幸い俺の言った事を理解してくれたのか、女性用の入り口に向かっていった。
なんだか……言う事を聞かない子供の面倒を見ている気分だな。
そんな感想を抱きながら、俺は男性用の浴場に入った。
……変な人。
それが、私が最初に抱いた感想だった。
レイという名らしきご主人様は、変な人だった。
私は、奴隷市場の不人気商品の一つだった。
胸は小さいし、表情の変化は乏しい。
女奴隷を買い求めに来た男たちは、一度は私の檻の前に立ったが、すぐにどこかに行く。
私の反応が無いからだ。
奴隷市場では、試しに奴隷に触ったりする事ができる。男が女奴隷を買う時に、感度なんかを確かめるためなのだろう。
だから、私の檻の前を通った男も、みんな私の顔やら胸やら下半身やら、好きなだけ触っていく。
私はもう、奴隷になってからは、ほとんど何にも感じない日々だったので、そんな風に触られても、不快感も快感も感じる事は無かった。
強いて言うなら、ああ、またか……という、諦念ぐらいだった。
そんな日々が、奴隷になってから3年間続いた。
そして、今日。私は、変なご主人様と出会った。
見た目は、何の変哲も無い、ただの男だ。強いて言うなら、顔が少し良いくらい。
ご主人様は、商人と何やら話すと、やはり私を触る許可を求めた。
またか……と思った私は、体をまさぐられる覚悟をした。
しかし、ご主人様は、私の肩に数秒触れるだけだった。
何故?
分からない。
ご主人様はそれだけで満足したのか、私を銀貨2枚で買った。それが私の価値だった。
この人は何がしたいのだろう。
私はそう思いながら、ご主人様について歩いた。
私がお腹を空かせている事を知ると、ご主人様はご飯屋さんに連れていってくれた。
当たり前のように、美味しそうなご飯を食べる許可をくれた。
当たり前のように、自分の分のご飯まで分けてくれた。
私は、3年振りにお腹いっぱいのご飯を食べた。
そして、ついさっき。
私が寒さに震えている事を知ると、ご主人様はお風呂に連れてきてくれた。
私は当然、ご主人様が一人で入るものと思っていたので、外で待とうとした。しかしご主人様は、さも当たり前のように、私をお風呂に入れてくれた。
なんだか……体が、あたたかかった。
お風呂に浸かっているから、ではない。
ご主人様が……あたたかかった。
「…………」
こんな思いを抱くのは、いつ振りだろう。
誰かに、大切にされるなんて。
ご主人様は、私を娘のように、優しくしてくれる。
娘……。
……そうだ。
「お父さんに……会いたい……」
誰にも聞こえない声で呟いた私の言葉が、水面を少しだけ揺らした。
まるで、私の心を映しているかのように。
「ふぅ……」
浴場に入るのは結構久々だったが、やはり良い。体だけでなく、心も洗われたような感覚だ。
タオルで髪の毛を拭き、服を着て、ロビーに戻る。
ロビーでは、あの奴隷服に身を包んだリリアが待っていた。
俺はリリアの髪を少し触って、ちゃんと拭いている事を確認する。濡れたまま外に出たら、風邪を引くかもしれないからだ。
特に湿っていない事を確認すると、俺はリリアの頭から手を離す。
「明日になったら、それ以外の服か何か買うから……今日はそれで我慢してくれ」
「…………」
リリアは相変わらず無反応だった。
でも……なんだか、少しだけ、表情が柔らかくなっている気がする。やはり、リリアも風呂で心が洗われたのだろうか。
「それじゃ、宿に行こうか」
「…………」
無反応のリリアを連れて、俺は浴場を出た。
奴隷はいい。
宿代が安く済んだ。
俺は当然二人分の宿泊代が掛かると思っていたのだが、俺が入った宿の女将は、リリアが奴隷だと知ると、相部屋にする代わりに宿代を一人分にしてくれた。
リリアには相部屋にしてしまい申し訳ないが、もう少しお金に余裕ができたら、リリアを奴隷の身分から解放してもいいかもしれない。
そんな事を考えながら、渡された鍵を使って部屋に入る。
部屋に入って、俺は納得した。なるほど、道理で一人分でいいわけだ。
何故なら――ベッドが一つしかなかった。
いやまあ、当然か? 普通の人は、奴隷は床で寝かせるんだろうから、これが普通なのかもしれない。
とはいえ、俺はリリアを床に寝かせたくはない。しかし、俺が床に寝るのも嫌だ。
う~ん……リリアは結構小柄だし、頑張れば入れるか?
ベッドの幅を確認した俺は、リリアに言った。
「俺は壁際で寝るから、リリアは反対側で寝てくれ。距離は取って、リリアに当たらないようにするから」
「…………」
俺は荷物を置いて、ベッドの壁際に横になった。
リリアは相変わらず無反応で立ち尽くしたままだ。
……まあ、その内ベッドに入るか、床で満足できるなら床で寝るだろう。
そう判断した俺は、壁の方を向くと、目を閉じた。
……本当に、変な人。
相部屋になった時は、もしかして、さっき風呂に入らせたのは私に夜伽をさせるためか、と思ったのに……ご主人様は、何もせずに寝入ってしまった。
本当に、変な人だ。
私は恐る恐るベッドの端に横たわった。
聞こえるのは、ご主人様の寝息だけ。
私はご主人様の方を向いた。
大きな背中が見える。まるで……お父さんみたいな。
「…………」
ご主人様の背中にお父さんの面影を重ねた私は、気付けば無意識に、ご主人様の背中に抱き着いていた。
……あたたかい。
誰かと一緒に寝るのは、いつ振りだろうか。懐かしかった。
奴隷になってからは、一人で冷たい床に横たわるだけだった。でも今は、あたたかい布団の中で、あたたかいご主人様と一緒。
「…………」
なんだか安心した私は、ぎゅっ、と更に強くご主人様に抱き着いた。
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