第10話 追放鑑定士の帰還
俺はリリアが泣き止むまで、ひたすらリリアの頭を撫で続けた。
ダンジョン内で大声を出すなど、魔物を呼び寄せるだけの自殺行為だが、俺はリリアを咎める事はしなかった。
どれくらい時間が経ったかは分からないが、体感では数分だったと思う。
それぐらい経ってようやく、リリアの涙は止まった。
リリアは黙って手で涙を拭いながら、俺の上から退いた。
リリアが退いたので、俺は体を起こす。
体を起こしている時になってようやく、少し離れた所に、ローブ姿の女が立っている事に気付いた。
女冒険者の知り合いはほとんど居ないはずだが、不思議と見覚えがあるような気がする。
俺が記憶を探っていると、女はこちらに近付いてきて、俺に頭を下げた。
「さっきは助けてくれてありがとう。私はポーナよ」
「……ああ! 俺はレイだ」
感謝を述べられて、初めて気付いた。
2層で助けた、倒れていた男女の片割れだ。
俺は自己紹介を返した後、チラリとリリアを見る。
「えと……リリアに付いて来てくれたって事か?」
「まあ、そうなるわね。私たちも、恩人が行方不明って言われて、おめおめ帰るつもりにもなれなかったし……」
「なるほど……。助けてくれて、ありがとう」
俺が感謝を返すと、ポーナは両手をワタワタと振った。
「いやいや、私たちが死にそうなところを助けてくれたんだから、お礼とかは要らないわよ」
「いやでも、この怪我、君が治してくれたんじゃないのか? 魔法使いなんだろ?」
ポーナのローブ姿と手に持った杖からそう予想したのだが、ポーナは首を振った。
「違うわよ。私は火魔法だから、回復はできないわ。その怪我は、ユンザ――うちのリーダーのポーションで治したものよ」
「じゃあどちらにせよ、君が治したようなものじゃないか」
「…………」
ちなみに、回復系の魔法が使える属性は、水、風、光の三属性だ。
その他にも、魔法には火、土、闇の属性がある。合わせて六属性が、魔法には存在するのだ。
俺は次にリリアを見ると、その頭にポンと手を乗せた。
「リリア、助けに来てくれて、ありがとう」
「…………」
俺の感謝に対し、リリアは黙った。
最初の頃のように、心を開いてくれていないのではなく、照れているのだろう。
よくよく見てみると、頬が僅かに赤くなっているし、目も逸らしている。照れ隠しに黙っているだけだ。
そんなリリアを可愛く思いつつ、ポーナに方針を確認する。
「取り敢えず、このまま2層の階段まで行けばいいのか?」
「ええ。そこで、私の仲間の二人が待機しているわ。そこまで辿り着けば、五人で地上まで戻れるはずよ」
「そうか……でも、悪いんだけど……俺はあんまり戦力にならないかもしれない」
何故なら、俺の傷は完全には塞がっていない上に、失った血は回復していない。
特に傷の大きい、足と左腕の傷は、血は止まっているもののまだ残っているのだ。剣は触れるが、膂力は小さいし、機動力も格段に落ちている。
その上、血を失ったままなので、急に動けばフラつくだろう。
なので、恐らく、自分の身を守るのが限界だ。
場合によっては、リリアに守ってもらわねばならない状況もあるだろう。
それに――。
「剣も折れちまったしな」
多分、まだそこら辺のゴブリンの目に、突き刺さったままだろう。
一応、殺したゴブリンの持っていた得物を使う事はできるが、慣れない武器を使う事になる上に、品質は悪い。
敵の武器なんて……というタチでもないが、慣れない武器はあまり使いたくない。自分の命を預けたくないのもそうだが、仲間の命までも預けられない。
ならばせめて、預けるのは自分の命のみだ。
「そうね……まあでも、ここなら代わりの武器はいくらでもあるでしょう?」
「ああ。ちょっと取ってくるよ」
使う武器は、もう決めてある。
俺の剣を叩き割った、あのゴブリンが持っていた剣。剣のみならず、俺の左腕をも傷付けた、あの剣だ。
特にこれといった理由があるわけではないが、なんとなく、あの剣なら命を預けるに足る気がした。
しばらく歩き回り、左目に折れた剣が突き刺さったゴブリンを発見した。
その右手には、無骨な鉄剣が握られている。
俺はその剣を掴み、柄を握る。
初めてなのにも関わらず、不思議と手に馴染んだ。
軽く振っても、違和感は無い。これなら、自分の身は守れる。
「……よし、武器はこれで大丈夫だけど……魔石、どうしようか」
剣を鞘に仕舞った――運良くサイズは合っていた――俺は、ポーナに向けて言った。
ポーナは悩む仕草を見せた後、俺に丸投げした。
「任せるわ。そもそも、この大部分を倒したのは貴方だし……」
「うーん……」
怪我の事を考えると、一刻も早く地上に帰還してしまいたいが、剣が折れた以上、新しく買うための金が必要になる。
となると、この数のゴブリンの魔石を置いていくのは、非常に勿体ない。
……集めよう。
「集めよう。リリア、俺と一緒に魔石を獲ってくれ。ポーナは警戒を」
「はーい」「分かった」
それぞれに指示を出し、しゃがんでゴブリンの死体に剣を入れていく。
少し離れた所では、リリアも同じようにして魔石を獲っていた。
数十分ほどして、全てのゴブリンの魔石を回収し終えた。
数はかなり多く、五人で分けてもそこそこの金額になりそうだ。
「……よし、魔石も回収できたし、行こうか」
「そうね。真っ直ぐ階段まで向かうのよね?」
「ああ。リリアを前衛、俺が中衛、ポーナが後衛、で移動しよう」
「分かったわ」「ん」
一番近接戦闘能力の高いリリアが先頭に居るのが、最も適した配置のはずだ。
魔法使いであるポーナは当然後ろ、となると余った中衛が俺の仕事だ。
俺たちは簡素な隊列を組むと、3層の通路を移動し始めた。
結論から言って、2層の階段へは無事に戻る事ができた。
というのも、遭遇したゴブリンは全て、リリアが斬り伏せてしまったからだ。
何度かゴブリンに遭遇したものの、その全てにおいて、俺とポーナの役目は無かった。
何故か金色に輝くリリアの剣が、一瞬にしてゴブリンたちの首を刎ねていったのだ。恐ろしいのはそのスピードで、ガルドたちAランクの戦闘を見慣れている俺でも、集中しなければ目で追えないほどだった。
リリアのAGIがそこまで急上昇する事は無いだろうし、考えられるのは、隠しスキルにあった『雷閃』だ。字面からして、それが一番あり得るだろう。
まあ、スキルの事は、帰ってから鑑定すればいい。
ともかく俺たちは、2層階段でユンザたちと合流した。
軽い自己紹介を交わした後、お礼の言い合いをして、次にゴブリンの魔石の扱いについて話し合う事になった。
「この魔石は、五人で分配しようと思うんだが、どうだ?」
「いやいや……そいつらを殺したのは、レイさんなんだろ? なら、あんたとリリアさんの取り分にすべきだ」
俺が全員での分配を提案すると、ユンザは両手を振って否定する。
他の二人も同意見なのか、ユンザの言葉にうんうんと頷いている。
リリアを見てみても、「任せる」と言いたげな顔をしていた。
「じゃあまあ、ありがたく貰っておくけど……。そうだ、ポーション代は?」
俺の怪我はユンザたちのポーションで治したのだから、その分の代金を払うのは当然。
そう思って言ったのだが、今度もユンザは首を振った。
「要らない。そもそも、最初に助けてもらったのはこっちで、そのせいであんたが怪我をしたんだからな。それで金を要求できるほど図々しくはない」
「……そうか? 要求してもいいと思うが……」
「いやいや、命の恩人に金をせびれるかよ」
結局、ポーション代は不要、魔石も全てこちらの取り分、という事になった。
なんだか、少し申し訳ない気持ちだ。
分配関係の話もまとまった俺たちは、五人で地上目指して帰還する事になった。
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