第9話 追放鑑定士の死地
思えば、俺は冒険者を始めてから、これまでも何度か死地を経験した事があった。
死地――生きて帰る事が叶わないかもしれない、危険極まりない場所。
しかし、その全てを振り返ってみると、共通するある一つの事がある。
それは、その時に命を懸けて必死になって戦うのは、俺以外の者だった、という事だ。
それはリーダーのガルドだったり、魔法使いのミレナだったり、剣士のレオスだったり。
実力の無い俺は、決して死に物狂いで戦う事は無かった。
だが、今はどうだろうか?
俺は今、必死になって、命を賭して、ゴブリンと戦っている。
死闘を、演じている。
死闘を演じる俺が感じている感情は、言葉で形容しがたい高揚感だけだった。
数多のゴブリンに囲まれた絶望感でもなく、助けに来た俺を見捨てた冒険者たちに対する憎悪でもなく、ダンジョン内に残したまま、地上に帰らせてあげる事のできなかったリリアに対する申し訳無さでもなく。
ただただ、自分の命を燃やし尽くして敵と戦う、高揚感だった。
高揚感は絶望を誤魔化し、感情を爆発させ、痛みを有耶無耶にし、力を増幅させる。
気付けば、俺は血塗れになりながらも、ゴブリンの数を着実に減らしていた。
「はぁ……はぁ……」
決して高いとは言えない俺のVITでは、ここまで連続戦闘を行えば、簡単に息が上がる。
息が上がった、そんな目に見えて分かる隙を見逃すほど、ゴブリンたちも馬鹿ではない。
剣、棍棒、槍、斧。
それぞれの得物を振り回しながら、俺を殺そうと躍起になっている。
あからさまな殺気を向けられた俺は、恐怖感は一切抱かず、ただ目の前の戦闘に対する笑みしか漏れ出てこなかった。
俺は異常なのだろうか。
いや、異常でもいい。
醜く足掻け。
手足が千切れても、血を吐いても、戦え。
生きるために。
「ギギィ!」
ゴブリンの一体が、槍を突いた。
度重なる激闘で愚鈍になった俺の体は、俊敏な動作をできずに、槍に足を貫かれる。
既になくなりかけていた機動力は、完全に失くなった。
俺は槍に足を貫かれたまま、必死に腕を伸ばし、槍の持ち主の目を突き刺す。
その間にも、右から左からゴブリンが現れ、俺の伸ばした腕を好き放題攻撃してくる。
「っ……」
血を吐いた。
鉄の味が口中を支配する。
血生臭い臭いを、今になって意識した。
傷だらけの腕を振るい、俺の腕を斬って刺したゴブリンたちを斬る。
意識は朦朧としていて、貧血か何かによる頭痛も酷いが、まだ腕が動く間は、俺は生きている。
この痛みが、俺はまだ動けると伝えてくるようだ。
「ぐぁっ……」
無防備な背中を刺された。
精一杯腕を動かし、背後に居ると思しきゴブリンを斬る。
もう、当たったかどうかさえ分からない。
「ギィィ!!」
ゴブリンが、愚直にも目の前から上段斬りを放ってきた。
もう、角度を付けて攻撃を受け流す事さえできない。
俺は力なく剣を掲げ、真正面から受け止める事しかできなかった。
――バキッ。
到底、攻撃を受け止めたとは思えない音が響く。
「悪い……親父……」
せっかく作ってもらったはずの剣は、刀身が半分になっていた。
親父製の優れた剣は、呆気無く壊れた。
壊れた剣を見て、ゴブリンがニヤリと笑い、横斬りを放ってくる。
俺は左腕を犠牲にして剣を防ぐと、壊れた剣をゴブリンの目玉に刺し込む。
「ギヤァァァ!」
ゴブリンが悲鳴を上げる。
――あと何体だ?
――どれだけ殺せば終わる?
――俺はいつ死ぬ?
立て続けに、頭の中で疑問が生まれていく。
もう目眩がするせいで、ゴブリンが何体居るのかすら分からない。一体のゴブリンが三体に見えているような気もするし、ただの三体のゴブリンなのかもしれない。
「……ああ……ダメだな、これ」
ふと、俺の体から力が抜けた。
血を流しすぎたのだろう。
俺の体はゆっくりと倒れていき、地面にバタリと転がった。視界はどんどん暗くなり、もう目の前すら見えているか怪しい。
……死ぬって、こんな感じなのかな。
「ご主人様ぁ!!」
ふと、リリアの声が聞こえた気がした。
いや、幻聴だな……リリアがこんなところに居るはずがないし、第一、リリアはあんな大声は出さない。
俺は思ったより、リリアの事が好きだったらしい。
保護者として……せめてリリアが成人するぐらいまでは、面倒を見てやりたかった。まだ出会って数日なのにも関わらず、強くそう思う。
その思いを最後に、俺の意識は途絶えた。
「ご主人様ぁ!!」
複数のゴブリンに囲まれて、血塗れで倒れたご主人様を見て、私は無我夢中で叫んだ。
普段全く喋らない私の口は、今この瞬間だけは、心の底からの大きな声で、大切な人を呼んでくれた。
「っ!」
私は今にもご主人様を殺そうとしているゴブリンに、思いっきり剣を振るった。
ビリビリ。
突然、雷光が煌めいた。
私の剣はあり得ない速度で、ゴブリンの首を斬り飛ばした。
凄まじい速度で斬った影響か、ゴブリンの首が空中でクルクルと回転した。
「何、今の……」
剣が、金色に光った気がした。
いいや、今はそんな事はどうでもいい。一刻も早く、ご主人様を助けなければ。
私は首を斬り飛ばしたゴブリンの死体を蹴ってどかすと、ご主人様の傍に立った。
血塗れで、弱々しいご主人様。
――ごめんなさい。
今、助けるから。どうか……死なないで。
ご主人様を一瞥した後、私は周りのゴブリンを見た。
ご主人様が必死になって数を減らしたのか、辺りの死体はかなり多いが、生きているゴブリンは残り6、7体ほどだ。
ならば、勝てる。
私は最も近くに居る、片目に折れた剣が突き刺さったゴブリンの首を刎ねた。
またも雷光が煌めく。凄まじい速度だった。
「ギッ、ギギィ!」
ゴブリンの悲鳴が聞こえた。
見ると、ポーナが火魔法でゴブリンを焼いていた。
そして更に、ポーナは次の魔法の詠唱を始める。
そんなポーナに、近付く影が見えた。
私は一瞬でポーナの元まで駆け寄ると、金色に光る剣でポーナの背後に居るゴブリンの胸を突き刺した。
「なっ……え、何、今の?」
突然の出来事に、ポーナが混乱している。無理もない。今の動作に掛かった時間は、一秒にも満たない時間だった。
私は混乱しているポーナを無視して、ご主人様の所に戻る。
なんだか、体がいつもより軽い。体だけでなく、剣までも軽くなっている感じがする。
私は不思議な感覚を感じながら、残ったゴブリンを一掃するべく、動き出した。
「…………」
なんだか……体が温かい。
死ぬ間際は体が冷たくなるものと思っていたが、意外と温かいらしい。心地良い温かさだった。
「――さまっ……!」
なんだ?
誰かの声が聞こえる。
泣いているようにも聞こえた。
「――じんさまっ……!」
段々と、声が大きくなってくる。
おかしいな。俺は死んだんじゃなかったのか?
あんなゴブリンの群れに囲まれた状態で倒れて、死なないわけがない。
ならば、この声は一体?
「――ご主人様っ!!」
気付けば、俺の上に、リリアが乗っていた。涙を流して、俺を呼びながら。
「……あれ?」
槍に貫かれた足や、剣を受け止めた左腕の痛みが無い。
流れた血の跡はあるが、新たに流れている血は無い。傷が塞がっている。
「ご主人様ぁ……! ごめん、なさいっ……ごめんなさいっ……!」
「リリア……」
リリアが涙を流しながら、ひたすら俺に対して謝っていた。
謝る事なんて、ないはずなのに。リリアは、俺を助けてくれたのだ。
「……ありがとう」
俺は未だしゃくりあげているリリアの後頭部を撫でながら、小さな声で感謝を伝えた。
少しでも面白いな、と思って頂けたら、感想・評価・ブックマーク等して下さると非常に嬉しいです!今後の活動のモチベーションになります!




