プロローグ
――その宝箱には、触れてはならない未来が詰まっていた。
とあるダンジョンの奥地。
赤黒い明かりに照らされた石室の中央に、金縁の宝箱が鎮座している。
「鑑定は?」
パーティーリーダーのガルドが短く言った。
俺――レイは、宝箱へと視線を向け、深く息を吸う。
――鑑定。
すると、視界に、俺にしか見えない半透明の表示が広がる。
これは、俺にしか使えない特別な鑑定だ。スキル名は『真実視』。
────────────────────
対象:古代式封呪宝箱
危険度:測定不能
開封成功率:13%
致死罠発動率:87%
未来分岐:
A:希少装備入手(生存率12%)
B:パーティー壊滅(生存率9%)
C:撤退(生存率92%)
────────────────────
喉がゴクリと鳴った。
「……やめた方がいい。致死級の罠だ。成功しても、一割かそこらだ」
「またそれかよ」
鑑定結果を見た俺が忠告すると、後衛の魔法使いミレナが露骨に溜め息を吐いて文句を言った。
「はぁ……お前の『やめた方がいい』は、いっつも大袈裟なんだよ。この間もそんな事言って、全然大した事なかったろ?」
――違う。俺には視えている。罠が発動し、天井が崩れ、誰かが血を吐く未来が。
そうやって否定したいが、説得力のある説明はどうしても出てこない。
「成功率は一割以上あるんだろ?」
俺が必死に考えている間に、ガルドが鼻で笑いながら言う。
「だったら、挑む価値はある。俺たちはAランクだ。それぐらいの危険を冒さないで、何が冒険者だ?」
誰も反論しない。
冒険者というのは、危険を承知で生きる者たちだ。そんな煽られ方をして、反論する者は居ない。
確かに、成功率はゼロではない。
しかし、成功したとしても、重傷を負ったり、誰かが死亡する可能性は大きい。
そう考えて唯一言い返そうとするのは、鑑定による結果を知っている俺だけ――。
「責任は取れるのか?」
俺が口を開こうとしたのを察して、ガルドが低く言った。
……責任は取れない。
鑑定で未来がある程度視えても、それは確定事項ではない。未来分岐は揺れる。
俺の鑑定は、「曖昧」で「慎重」だと、ずっと言われてきた……。
結局、俺以外に反対意見を主張する者はおらず、宝箱は開けられた。
――次の瞬間。石室の床が割れ、漆黒の杭が飛び出た。
その杭が、前衛のレオスの肩を貫いた。
「ぐああああッ!!」
悲鳴。血飛沫。
俺が視た未来そのもの。
しかし、それ以上の怪我を負うものは、居なかった。
ミレナの使った咄嗟の防御魔法が間一髪で間に合い、以降の罠を全てガードしたからだ。
結果は「重傷者一名」。
致死ではなかった。
ダンジョンから帰還後。
ギルド酒場の喧騒の中で、ガルドが冷たい声で言い放った。
「お前、今日で外れろ」
周囲の冒険者たちがざわめく。
ガルドの言う「お前」とは、間違いなく俺の事だった。
「俺たちはS級昇格を狙ってんだ。お前みてえな、慎重過ぎる無能鑑定士はいらねぇ」
「俺は、壊滅する可能性が――」
「可能性可能性って、お前はいっつもそう言うけどな」
俺の言葉はガルドによって遮られた。
ガルドは続ける。
「結果はどうだ? 壊滅してねぇだろ? 確かにレオスが肩をやっちまったかもしれねえが、それだけだ。後から治療できる範囲の怪我だし、壊滅ってほどじゃねえ」
何も言い返す事ができなかった。
俺の鑑定では、レオスや他の者たちが心臓を貫かれる未来が視えていた。
貫かれたのが肩だったのは、偶然だ。運が良かったからだ。本来ならば、レオスは即死だっただろう。
しかし、証明できない。
それを視たのは俺だけ、鑑定結果は他人に見せる事はできない。
拳を握り締めて震える俺に、ガルドは更なる言葉を投げかける。
「次の探索は、攻撃系の奴を入れる」
冷たい宣告。
俺はもう、このパーティーで必要とされていなかった。
ガルドは少量の金の入った小袋を放ると同時に、俺に対する最後の言葉を放った。
「報酬は分けてやる。温情だ。受け取ったら、さっさと出ていけ。腰抜けが」
それだけで終わりだった。
俺は随分とあっさり、Aランクパーティーを追放された。
半ば追い出されるようにして酒場を出て、夜風に当たる。
これからはもう、Aランクパーティーの鑑定士として担がれる事もない。
まあ、あいつらなら、俺が居なくとも……。
そう思った時だった。
視界の端に、半透明の表示が現れる。
────────────────────
パーティー未来分岐:
遠征継続 → 三ヶ月以内に壊滅(確率78%)
原因:新加入の戦士
裏切り確率:84%
────────────────────
俺はその表示を見て、驚きながら目を閉じた。
どうする? 忠告すべきか?
いや、もう俺はあのパーティーの鑑定士ではない。あいつらのために鑑定をする義理はない。
仮に忠告したとしても、戯言と受け取られるのがオチだろう。
それに――。
────────────────────
干渉した場合:
レイの死亡率:62%
────────────────────
俺はその表示を見ると、何も言わずに歩き出した。
無能鑑定士と呼ばれたまま、あいつらの俺に対する評価が変わる事は、もうない。
だが、俺には、俺にしか視えないものがある。
それだけが、俺の唯一の武器だった。
プロローグなので短いですが、次話からはもう少し長くなるはずです……!
少しでも面白いな、と思って頂けたら、感想・評価・ブックマーク等して下さると非常に嬉しいです!今後の活動のモチベーションになります!




