ほんとうの私
「……革命?」
「はい、革命です」
きっぱりと言い切る彼女と、置いてけぼりの俺。
話が飛びすぎて、やっぱり展開についていけない。
「革命軍とかは、もちろんあるんだろ?」
「えっと……えへへ」
屈託のない笑顔を向けてくる。
「笑ってごまかすな。まさかノープランか?」
「……うへへ」
「もう突っ込まないからな」
「ごめんなさい! そのですね…」
「笑ってもごまかせないぞ?」
彼女は俯き、唇をかみしめているようだった。
「そんなに噛んだら血が出るっての…」
本当に、何を考えているんだこいつは。
俺はもう呆れた。計画すらしないから、頼ることができないんだろう。
「そんな話なら、俺はもう帰る」
――「あなたの名前、通報しちゃいました」
立ち上がって帰ろうとした俺に、彼女はぽつりと、けれど確かにそう言ったのが聞こえた。
「えっ……はぁ?」
唐突な言葉に、俺は足を止める。
彼女はにやりと意地悪そうに笑った。その顔には、どこか楽しげな色が浮かんでいる。
俺はその笑みの裏に、なにか計算されたものを感じた。
机の上には、さっきとは違う形の魔法陣がまだゆらめいている。別の魔法か?
「つまり?」
「だから、もうあなたも反逆者です。革命側に入るしかありません」
彼女の言葉が静かに、しかし確実に重くのしかかってくる。
ぽかんと、俺は彼女の顔を見つめていた。
「冗談、だよな?」
「いいえ。報告済みですとも。」
意味が分からない。でも、心に引っかかる。
彼女の笑顔が、ふと別の何かに見えた気がした。
「いや、通報とか冗談でもまずいだろ」
「本当にしましたってば!」
「はいはい。じゃあな、俺は旅に戻るから。元気でな」
彼女の顔から、スッと血の気が引いた。
店を出ると、すぐに数人の男たちが俺の前に立ちはだかった。
村人でも商人でもない。冷たい目をした兵士だ。
「ノインだな。王命により、拘束させてもらう」
……空気が変わった。
「は?」
「反逆容疑で告発があった。身柄を確保する」
背後から足音が近づいてくる。
「ほら! 本当にしちゃったんです、剣士さーん!」
「どうやって?」
「魔導式通信って知ってます?」
「知らねえけど、厄介そうだな」
「どれだけ離れていても通信ができるんです。便利な時代ですよね!」
「無駄話は終わりだ。お前たち、動くな」
男が合図を送ると、裏口や窓からも兵士が現れる。完全に包囲されていたらしい。
腰の刀に手をかけると、兵士が鋭い目を向ける。
「動けば容赦はしない」
やれやれ、そう来るか。
「斬ってもいいのか?」
「もう! もっと罪が重くなりますって! 逃げますよ!」
なぜかきゃっきゃとはしゃぐ通報者。
「わかった。こっちか?」
「そっちはトイレですってば!」
「じゃあこっちだな!」
「いいから、ついてきてください!」
俺は一瞬で彼女の後を追った。
足音が迫るたびに心臓が高鳴る。窓の向こうから兵士の声。息が上がってくる。彼女の背中だけを追い、俺は走る。
追っ手が来ていないことを確認すると、進む速度は段々とゆっくりになり、いつの間にか隣で歩くようになっていた。
「…剣士さん。怒ってないですか?」
彼女は日が落ちた夜のそばで、そう問いかけた。
「怒るどころか、そもそもついていけてすらない」
「なら良かったです」
良くはないが。
◇
ようやく街はずれの洞窟にたどり着き、身を潜めた。
中はうす暗く、ひんやりしている。火照った体にはちょうどいい。
「ここまで来たら安全ですかね?」
「……斬ったほうが早かっただろ」
「だから! もっと罪が重くなりますって!」
「もう犯罪者みたいなもんだろ。どこかの魔法使いのせいでな」
「うるさいですよ!」
…まったく、うるさいのはどっちだよ。
反逆者になった上、罪が積み重なってしまった。どこかの魔法使いのせいでな。
まあ、しばらくはここで休めるだろう。
しばらくの沈黙が洞窟に満ちる。
遠くで風が唸る音だけが聞こえた。
さっきまでの勢いはどこかへ消え、彼女の横顔には、違う影が落ちていた。
そんな彼女は、息を深く吸ってぽつりと口を開く。
「あの、剣士さん」
彼女が急に真面目な顔を向けてくる。洞窟内で反響した言葉を感じながら、言葉を返す。
「今度は何だよ」
「さっき言えなかったこと、言わせてください」
「はいはい。どーぞ」
「名前、ノアって言います」
「……ノア」
俺は彼女の名を繰り返す。一人称から分かってはいたけども。
目を逸らしたまま、彼女は小さく息をついた。
――――「私、デディに…両親を殺されたんです」
しんどい沈黙が流れる。耐えがたい空気の中で、彼女は、重い唇を必死で開いて言葉を紡ぐ。
「両親も革命家でした。最後に聞いた言葉が『行ってきます』だったんです。一週間後、新聞に載っていたのは…"人"とは言えない物でした。くしゃくしゃにした新聞紙は、捨てても頭から消えません。」
彼女の苦しそうな吐息が混じり、自分自身を抱える腕が震えている。
「話をしてて思いました。あなたは、あいつとは真逆だって。信じてみようって。賭けようって。どうしようもなくて、通報までしてしまったんです。ごめんなさい。」
今にも泣きそうなほど震える声は、感情に流され荒ぶる。
「だから私は!」
そう言った彼女は突然言葉を飲み込む。そうして、俺をぎゅっと腕で抱き、顔を俺の肩に埋めた。
力強く、でも、今にも崩れそうに。
そして、か細い声で祈るように、懇願するようにただ一言、言葉を漏らした。
「……助けてください」
「ああ」
俺はただ、それだけを返した。
その言葉を聞いた彼女は涙でぐしゃぐしゃの顔を向けてくる。その目は、悲しみや不安でなく、ただひとつ、復讐の炎で燃えていた。
彼女は腕を離し、隣に座る。
彼女を見ると、その綺麗な瞳に月がぼんやりと映し出されていた。その月はまるで、亡き両親へ届いてほしいと願う祈り、そのもののようだった。
「剣士さん。お月様、綺麗ですね」
俺もふと、空を見上げた。
星がにじみ、ひときわ明るい満月が、俺たちを照らしている。
「……ああ、綺麗だな」




