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第7話 最後の通告

朝から、スマホのアラームがうるさい。


いや、アラームじゃない。


──────────────────────

《SYSTEM NOTE》

・ワールドエラー使用により、観測不能領域が拡大しています

・高位存在からの注視リスク:上昇

──────────────────────


「わかった、わかった……」


知ってるよ。

前もこの神技、黄泉で使ったらえらい事になったんだから。

神様が次から次へと現れるわ、黄泉から追っ手が来るわで。


「そんなことより、今日から泊まるところどうするかな。流石にいつまでもここに泊めてもらうわけには……」


ドアを叩く音。


「翔くん、起きてる?」


「起きてるよ。どうぞ」


「朝ごはん、出来たから降りてきてね」


ミラ。

なんて良い子なんだ。

……ダメだ。

穏やかな時の後には、必ずトラブルがやってくる。


「翔くん? どうしたの?」


「あ、いや。なんでもない。行くよ」


テーブルに並んだオシャレな北欧食器。

パン。チーズ。ヨーグルト。

ラズベリー。スモークサーモン。

コーヒー……


嘘みたいに、いちいち全部オシャレだな。


「ミラが作ったの?」


オレの質問にミラは笑った。


「作る? 出しただけだよ。北欧の朝は、そんなに料理しない」


「そうなんだ。両親は?」


ミラはコーヒーを注ぎながら、笑みを浮かべた。


「出かけたみたい。仲良いんだよね、あの二人」


「そっか。今日オレ泊まるとこ探しに行かなきゃ。ずっとここにお世話になるわけにはいかないから」


ミラの手が一瞬止まった。


「そう言うと思った! だから先手を打った!」


「へ?」


「しばらくここに泊まって! パパもそうした方がいいって!」


マジか。

ラッキー。

正直、すげえ助かる。

……でも、こういう時ほど何か起きるんだよな。


「あ、いや、でも……」


「いいの! それより、今日は私が街を案内するね! 翔くんに、見せたいものがあるの!」


外に出た瞬間、冷たい空気が頬に当たった。


「さむっ……」


「でしょ? 北欧の朝はこうだから」


ミラは平然としている。

こっちは完全に観光客だ。


歩き出すと、街は驚くほど静かだった。


低い建物。

淡い色の壁。

石畳の道。


車の音も少なくて、人の話し声も遠い。


「……なんか、落ち着くな」


思わず口に出た。


ミラは少し嬉しそうに笑う。


「この街、好きなんだ。うるさくないし」


「確かに。日本と全然違う」


信号待ちで立ち止まる。


ミラが隣に立つ。

ミラの長い金髪が視界に入った。


金髪って、本当に金色してるんだな。

光ってる。

こんな近くで見ても、なんか信じられない。


「翔くん、青だよ」


「あ、ごめん」


しばらく歩いて、大きな建物が見えてきた。


ガラス張りの入口。

石造りの外壁。


「ここ」


ミラが立ち止まる。


「スウェーデン・ミュージアム?」


「うん。子供の頃から何度も来てる場所」


自動ドアが開いて、中に入る。


中は広くて静かだった。


木の床。

高い天井。

展示ケースに並ぶ剣や盾、石の彫刻。


「すげ……」


思わず声が漏れる。


「北欧神話の展示が多いんだ」


ミラは慣れた足取りで進む。

オレはキョロキョロしながらついていく。


巨大な壁画の前でミラが止まった。


絡み合う枝のような模様。

円の中に九つの区画。


「翔くん、これ見て。これが見せたかったの」


「えっと……木の絵?」


「これが、ユグドラシル。世界樹よ」


「世界樹……」


ミラは頷く。


「うん。北欧神話には9つの世界がある」


「9つ?」


「簡単に言うと、人の世界、神の世界、死者の世界……それが枝分かれして九つあるの」


「枝分かれ?」


「うん。幹はひとつで、行き先が違う感じ。世界が重なってるの。アースガルド、ヴァナへイム、アルフヘイム、ミッドガルド、ヨトゥンヘイム、ニザヴェリール、ヘルヘイム、ニブルヘイム、ムスペルヘイム。それぞれが……」


ミラ。

待って。

何言ってるかわからない。

何一つ覚えられない……


「翔くん?」


「ごめん、全く頭に入ってこない……」


ミラは、口を押さえた。


「やだ、ごめんなさい! そうだよね!」


「あ、いや。日本神話は、葦原、高天原、黄泉の3つしかないんだ。しかも、そっちは横文字だから……」


ミラは手を叩いた。


「わかった! じゃあ、また翔くんが、知りたくなったらいつでも聞いてね!」


ミラは少し恥ずかしそうに笑った。


それからオレ達は、しばらく博物館を見て回った。


「世界樹……ユグドラシルか」


オレは出口に置いてあった世界樹のイラストが描いてあるパンフレットを手に取った。


「翔くん、カフェでも寄らない?」


「いいね。行こうか」


カフェは、建物の角にあった。


大きなガラス窓の外側に、木製のテーブルと椅子が並ぶオープンテラス。


白い街並みを正面に見渡せる席だ。


「外、寒くない?」


ミラが聞く。


オレは空を見上げた。


薄い雲。

淡い日差し。

吐く息は白いけど、風は思ったより弱い。


「……せっかくだし、外で」


「じゃ、外ね」


テラス席に座ると、冷たい空気とコーヒーの香りが同時に流れ込んできた。


焼き菓子の甘い匂い。

遠くを走る車の音。

通りを歩く人の足音。


街が、ちゃんと生きてる。


椅子に腰を下ろした瞬間、身体の力が抜けた。


……昨日から、気張りっぱなしだったな。


「翔くん、何飲む?」


メニューを覗き込みながらミラが聞く。


横文字だらけ。


「えーと……普通のコーヒーで」


「了解。私はカフェラテ」


注文を済ませると、ミラはコートを椅子の背に掛けた。


セーター姿になったミラは、さっきより少しだけ柔らかく見える。


向かいに座ると、距離が近い。


今度は、ミラの瞳が気になった。


青いな……。

めちゃくちゃ青い。

白人の目ってこんなに青いのか。

作り物みたいに見える……。

マジで、吸い込まれそうになる。


「翔くん? どうしたの?」


「ひっ。いや、ミラの……目」


ミラは、キョトンとした。


「目?」


「うん……青い。めちゃくちゃ青い。思ったより、青くて……その、不思議というか」


オレは、何を言ってるんだ。


「フフフ、変なの〜」


「ですよね……」


通りの向こうでは、観光客らしい家族が写真を撮っている。

ベビーカーを押す夫婦。

犬を連れた老人。


誰も、ドラウグルのことなんて知らない。

誰も、世界が少しずつ壊れてるなんて気付いてない。


……不思議な感じだ。


コーヒーとカフェラテが運ばれてくる。


白いカップから立ち上る湯気。


オレは一口飲んで、ほっと息をついた。


オレは今、遠い異国にいる。

少しずつそんな感覚が大きくなっていた。

誰もオレのことを知らない。

それが妙に気持ちよかった。


二口目。

カップを口につけた。


その時、背筋に強烈な寒気が走った。

……なぜか、街の音が消えた。

直後、頭の奥を劈くような耳鳴り。


同時にスマホが震えた。


見なくても分かる。


《敵性存在:確認》


ミラが、オレの腕を咄嗟に掴んだ。


「翔くん」


「ああ。わかってる」


正面の道路の向こう側。

人じゃない。

でも……ドラウグルとも違う。

はるかにやばい気を感じる。


見てる。

完全に、オレを見てる。


目を離したら、一気に襲われそうな殺気を感じる。


スマホがまた震える。


目が離せない。


ミラが呟いた。


「……死霊戦士。しかも、格が違う」


思わずミラを見た。


しまった。

視線を外しちゃった。

その瞬間、首筋に冷たい感覚。

慌てて振り返る。


「消えた……」


切られた。

痛みはない。

でも、“やられた”って感覚だけが残った。


「翔くん……今の」


オレは、ようやくスマホを取り出した。


おびただしい数の通知。


《敵性存在:分析》

識別名:Glámrグラム

分類:上位死霊戦士


《生存確率:低下》


《生存確率:12%》

《生存確率:8%》

《生存確率:5%》


Warning!

生存確率:算出不能

計算を終了します。


「グラム?……待って、計算終了って何? アプリが諦めちゃってるじゃん!」


ミラの顔が青ざめる。


「グラム。恐怖と呪いの象徴……伝承のドラウグル」


「恐怖と呪い……?」


グラムの姿は消えた。


でも、声だけが耳の奥に響いた。


「ラグナロクは止められぬ。

お前は想定されていない。

……ヘルヘイムがお前を待つ。

最初で最後の通告だ」


ヘルヘイム……。

さっき、ミラが言ってた世界の一つ。


──死者の国。


博物館のユグドラシルの絵。

そこに描いてあった言葉を、

今、グラムってアンデッドが口にした。


「ミラが言った通りだ。

本当なんだ、この世界。

展示じゃなく、“現実”だ……」


そしてヘルヘイムからの宣戦布告。


いや……。


死亡宣告ってわけか。


スマホが、もう一度震えた。


──────────────────────

《SYSTEM UPDATE》

アップデートを利用できます。

──────────────────────


「……は?」

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