第6話 見つかると分かっていて
しかしドラウグルは、倒れなかった。
胸を貫かれたまま、ゆっくりと顔を上げる。
黒い靄が、傷口から溢れ出していた。
「……嘘でしょ」
ミラが小さく呟く。
次の瞬間、彼女は踏み込んだ。
トン。
氷の上を滑るような足運び。
レイピアが白い軌跡を描く。
一突き。
二突き。
三突き。
連続突き。
ドラウグルの胸、喉、肩。
正確で無駄のない刺突が叩き込まれ、白い閃光がドラウグルを貫いていく。
だが──
消えない。
倒れない。
ドラウグルの身体は揺れるだけで、黒い靄がすぐに傷を塞いでいく。
「チッ……!」
ミラが距離を取る。
「おかしい。普通なら、もう消えてる」
ドラウグルの背後で、空気が歪んだ。
見えない何かが、奴らを引き上げている。
オレは舌打ちした。
「一体何がコイツらを守ってる?」
《敵性存在:再解析》
《外部魔力供給:確認》
《WARNING!》
《対象は自己再生状態》
外部魔力、供給?
何かの神だとしたら......
そうか!
ドラウグルが一斉に動いた。
四方から、錆びた剣が振り下ろされる。
「翔くん!」
ミラが叫ぶ。
オレは前に出た。
「下がれ!」
緑のオーラが弾ける。
腕に纏ったオーラが剣を受け止め、強引に押し返す。
衝撃で足が沈む。
クソ、重い。
「ミラ!分かったぞ!コイツらの倒し方!」
「倒し方?」
「ああ。自然で世界を上書きする!」
「どういうこと?」
説明してる時間がねえ。
「見てろ!」
オレは地面に手を叩きつけた。
正直、使いたくない。
見つかる。
絶対に。
でも──ここで死ぬよりマシだ。
「来い……!」
視界が、滲む。
次の瞬間。
公園の景色が、崩れた。
アスファルトは苔に覆われ、街灯は樹木に変わる。
空気が湿り、草の匂いが広がった。
幻想の森──いや、自然そのもの。
現実の上に、別の世界が重なった。
ドラウグルたちが一斉に動きを止める。
足元を見下ろし、周囲を見回す。
「これがワイルドブラッドの能力?......」
魔力の流れが、乱れた。
黒い靄が、風にほどけるように消えていく。
「今だ、ミラ!」
ミラは迷わなかった。
一歩。
次の瞬間には、もう目の前。
白銀の閃光。
レイピアが一直線に走る。
一体、消滅。
続けて二体。
ミラは舞うように踏み替え、最後の一体の懐へ滑り込む。
「──トゥシェ」
短く、冷たい声。
胸を貫かれたドラウグルは、光の粒子になって崩れた。
静寂を取り戻した。
森の輪郭が、ゆっくりと現実に溶けていく。
街灯、公園、ベンチ。
いつもの夜の風景が戻る。
オレは膝に手をついた。
はぁ……疲れた。
ミラがレイピアを消しながら、こっちを見る。
少しだけ、手が震えていた。
「ふう、緊張した......。すごいね、翔くん……何をしたの?」
説明難しいな。
なんというか......
「自然を呼んだ......のかな?」
「世界を自然で書き換えるなんて……反則だよ」
オレは苦笑した。
「オレもそう思う」
スマホが震える。
《SYSTEM LOG》
・敵性存在:全滅
・外部魔力遮断:成功
《生存確率:安定》
《生存確率:68%》
オレは空を見上げた。
星、出てる。
スウェーデン、寒い。
そして初日から喧嘩三昧。
「なあミラ」
「なに?」
「この街、治安悪くね?」
ミラは一瞬きょとんとしてから、吹き出した。
「アハハ、翔くんが来てからね!」
「やっぱり?」
まあ、たぶん、オレのせいだ。
スマホが震えた。
《SYSTEM LOG》
・LEVEL UP!
・異常現象『WORLD ERROR』を神技枠に暫定登録
ワールドエラー:自然によるフィールド侵食
個体の意思か自然の意思か判別不能
オレは画面を見て、鼻で笑った。
「ワールドエラー……オレのスキルまでエラー扱いかよ」
オレのスマホをミラが覗き込んだ。
「とんでもないスキルだね。ワイルドブラッドって」
「そうかな」
「うん、ヤバい。世界を自然で塗り替える......かぁ」
そう。ヤバいの、これ。
これ使うと、見つかっちゃうの。
いろんな奴らに......
それより。
「ミラ、帰らない?寒くて......」
「うん、帰ろう!パパとママにも報告しなきゃね」
ん?
公園に背を向けた瞬間、何かを感じた。
ミラも、オレと同時に振り返った。
「今、なんか......」
「うん、私も感じた......」
ドラウグルが消えた後も、空気の重さだけが残っていた。
まるで──
どこかで“誰か”が、こちらを見ているみたいに。
家に戻ったオレ達を、エリクとリンネアが笑顔で迎えた。
ミラは二人の胸に飛び込んだ。
「パパ!ママ!」
エリクとリンネアは、ミラを抱きしめた。
「無事だな、ミラ?」
「うん、大丈夫!それより、翔くんすっごいの!」
オレはポカンとその様子を見ていた。
こっちの人は、すぐハグするんだな。
見てるこっちが──
ぼーっとしてたら、エリクの腕に引き寄せられた。
「え?」
「ありがとう翔くん!娘を守ってくれて!」
いや、オレは、あんたの娘の強さに圧倒されてたけどな。
「あ、いや、別に......どういたしまして」
力強え。
腕、太っ。
親父みたいだ......。
リンネアが、微笑んだ。
「さ、二人とも、紅茶でも飲んで暖まってね」
エリクが、オレの肩を抱いて笑った。
「ガハハハ!翔くん、後でサウナにでも入ろう!今日はゆっくり休んでくれい!」
「あ、どうも」
とんでもない海外生活、初日目。
とりあえず、泊まれる場所が確保出来たってことでOKか。
それにしても、いきなり下位死霊兵にこんなにてこずるなんて。
......先が思いやられる。
それに──
「時差ボケで寝れねえ」
なんとなくスマホを開いてみた。
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種族 ワイルドブラッド
職業 サニワ
名前 霧島 翔
守神 未登録
レベル 2(+1)
体力 85/120
攻撃力 95(+25)
防御力 50(+15)
敏捷 140(+15)
北欧神話シンクロレベル:3(+1)
スキル
・あばれる
神技
・ワイルドスピード(仮)
・ワールドエラー (仮)
《SYSTEM LOG》
・北欧神話圏に滞在しています。(推奨レベル45)
・北欧神話との親和性:上昇中
・環境デバフ:温度上昇により消失
・ワイルドブラッド固有補正:???
※通常のサニワと生体構造が異なります
WARNING!
未登録神域です
推奨レベルを大幅に下回っています
《SYSTEM NOTE》
戦闘終了により一時安定。未登録神域の致死率は継続。
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オレのスキル、まだ“あばれる”しかない。
親父からあらゆる格闘技習ってたはずなんだけどなぁ。
「神技、全部(仮)ってのもなぁ......」
翔は暗い天井を見上げた。
「ミラ、強かったなぁ......」
スマホを閉じたタイミングで、またアプリが鳴った。
《SYSTEM NOTE》
・ワールドエラー使用により、観測不能領域が拡大しています
高位存在からの注視リスク:上昇
「高位存在......」
完全に目付けられたな。
ここでも……結局、オレだけが異物だ。
ここでも……結局。




