第5話 戦場の乙女ヴァルキリー、降臨
テーブルに並んだ料理を見た瞬間、オレは固まった。
「……え、なにこれ」
焼き色のついたミートボールに、白いソースと赤いベリーのジャム。
マッシュポテトと黒パン、チーズ。
スープ皿からはディルの爽やかな香りが立ちのぼっている。
「それ、ショットブッラル」
ミラが得意げに言った。
「スウェーデンのミートボール。定番だよ」
リンネアがスープを配りながら微笑む。
「ラクスッパ。身体、温まるわ」
エリクはもうナイフとフォークを構えていた。
「翔くん、遠慮せず食え。北欧は寒さとの戦いだ。カロリーは正義」
説得力ありすぎだろ。
とりあえずスープを一口。
……うま。
クリームは軽く、サーモンの旨味がじわっと広がる。
続けてミートボール。肉汁にソースとジャムが絡んで、甘さと塩味が一気に来た。
「……合うな、これ」
「でしょ?」
ミラが嬉しそうに笑う。
エリクが黒パンをちぎりながら言った。
「甘味と脂は北欧の基本だ。寒い土地じゃ、生きるための味になる」
なるほど……生存のレシピってわけか。
「日本とは全然違う……」
ミラは首を傾げた。
「翔くん、日本のごはんって?」
「白米に味噌汁。焼き魚とか」
「シンプル!」
一瞬だけ、部屋に静けさが落ちた。
カトラリーの音。
スープをすする音。
外では風が窓を叩いている。
ああ、こんな雰囲気でメシ食ったこと……記憶にねえな。
これが家庭料理ってやつか。
さっきまで墓地で死にかけてたのが嘘みたいだ。
なんか、生き返るわ。
オレはもう一口ミートボールを食べながら思った。
──悪くないな、北欧料理。
その時。
リンネアの手が、ぴたりと止まった。
フォークが皿に触れて、小さく音を立てる。
リンネアは何も言わず、ゆっくりと窓の方を見た。
リンネアの視線の先。
カーテンの隙間から見える夜の住宅街は、いつもと変わらないように見えた。
リンネアは、そっとスプーンを皿に置いた。
「……あら」
その声は静かだったけど、エリクがすぐ反応する。
「どうした」
リンネアは少し首を傾げる。
「あの墓地」
ミラも箸を止めた。
「……来てる?」
リンネアは小さく頷く。
「集まってる」
オレにはよくわからない。
けど、知ってた。
オレの人生、
こういう穏やかな時間は長く続かないのがデフォなの。
やれやれ……。
背中の奥が、ぞわっとした。
ああ……来たな、これ。
「ミートボール、もう一個もらっていいですか?」
オレと同時にミラが席を立った。
「翔くん?」
「行って来ます。オレを狙ってるんでしょ」
エリクとリンネアは顔を見合わせた。
「行くって、どこに?」
「おそらくドラウグルだぞ。さっき君がやられた……」
オレは扉に手をかけた。
行きたくない。
寒いから。
ミラはかけてあったコートに手を伸ばした。
「翔くん、私も行く!」
エリクが席を立つ。
「ミラ、お前まで!?翔くん!どうする気だ!?」
決まってるじゃん。
そんなの。
「喧嘩ですよ。ぶっ飛ばせばいいんでしょ?」
リンネアがクスッと笑った。
「フフフ、戦闘型ヴォルヴァ、サニワかあ」
エリクはため息を吐いた。
「ミラ。油断するな。相手は人間じゃない」
「分かってる!」
「行って来ます」
ガチャッ。
ドアを開けた瞬間、後悔した。
やっぱやめたい。
寒すぎ。
明日じゃダメかな……?
ミラが背中を押す。
「翔くん、行こう!」
「お、おう!」
初の海外。
スウェーデン初日。
もう2回目の喧嘩。
そんなやついるかよ。
エリクは目を丸くした。
「ウォーリアーだな……君は」
そうですね。
スマホをチラッと見た。
相変わらず、生存確率12%ですけどね。
公園に向かって駆けながら、ふと思った。
このミラって子、本当に戦えるんか?
フェンシングのチャンピオンとはいえ、手に何も持ってないし。
蘭レベルなら、安心して戦えるんだが……。
「ねえ、翔くん。さっきの電話の女の人。その人もサニワなの?」
ひっ、心読まれた?
「あ、ああ」
「ガーディアンは、なんて神様?」
ガーディアン?
守神のことか。
「瀬織津姫……知ってる?」
ミラは首を振った。
「わからない。でも、会ってみたいなぁ」
いや。やめておけ。
絶対会わない方がいい。
ミラが叫んだ。
「翔くん、アレ!」
《敵性存在:確認》
ドラウグル。
見える限り5体。
《敵性存在:分析》
識別名:ドラウグル
分類:下位死霊兵
《Warning!》
敵は複数です。
《生存確率:低下》
《生存確率:8%》
「ミラ!バカ、気付かれた!」
先制攻撃しようと思ったのに……。
「こうなったら、正面突破!」
緑のオーラが浮かび上がった。
ミラは一瞬、息を呑んだ。
「これが、ワイルドブラッドのオーラ……」
《ワイルドブラッド反応値:急上昇》
《ステータス急上昇》
攻撃↑
防御↑
敏捷性↑
《生存確率:上昇》
《生存確率:17%》
先頭のドラウグルが、錆びついた剣を振り上げた。
へへ。狙いは──
「お前じゃねえ!」
振り下ろされた剣を、体を逸せて避けた。
「バカめ!」
オレの狙いは、お前だ!
後ろで、まだぼんやり立ってるドラウグルを、思いっきり、どついた。
でも、手ごたえがない──
拳が当たる直前、何かに阻まれる。
ドン!
吹っ飛んだのは、やっぱり──オレ。
「グッ……!」
なんとなく予想してた。
辛うじて受け身を取ったが……
《体力 59 /120》
《生存確率:低下》
《生存確率:13%》
「なんでだ!?」
ミラが目を細めた。
「拳が空中で弾かれてる。ドラウグル、やっぱり何かに守られてる。何かが、彼らに力を与えてる……」
《敵性存在:バフ確認》
《物理防御異常上昇》
《防護結界展開中》
《被ダメージ軽減:80%》
《WARNING!》
対象は外部神性エネルギーにより保護されています。
……要するに、神様か何かが後ろで糸引いてるってことか。
「翔くん!私も戦う!」
「戦うって、お前何も武器持ってないじゃん!」
ミラは目を閉じ、右手を天に掲げた。
公園が、一瞬時間が止まったように沈黙した。
「戦場の乙女よ──」
「我が歩みに、翼を授けよ──ヴァルキリー!!」
ミラの背中に一瞬白銀の翼が浮かぶ。
天から光に包まれたレイピアがゆっくりとミラの手に落ちる。
「ヴァルハラの名のもと、汝らを払う!」
オレ、痺れた。
かっこよすぎる、この子。
ミラは前手でレイピアを構え、重心をわずかに落とした。
白銀の街に、淡い光のオーラが揺れる。
ミラの周囲に、細い光の軌跡が走った。
剣先の動きが、そのまま空間に刻まれる。
触れた瞬間貫かれそうな鋭さ。
この子、優しくない。
──敵には。
ミラは、静かにレイピアの切先を下げて呟く。
「エト・ヴ・プレ?……プレ──」
同時に一体のドラウグルが、ミラに向かって踏み込む。
「避けろ!」
思わずオレは叫んだ。
だが、ミラは一歩も動かない。
ドラウグルの錆びた剣が、振り下ろされる。
え?
錆びた剣の切先は、ミラの前髪をかすめて地面に突き刺さった。
見切った!?
その瞬間、ミラは残像を残して消えた。
同時に、ドラウグルの胸からレイピアが飛び出た。
「トゥシェ……」
いつの間に後ろに!?
見えなかった。
オレは、息を忘れていた。
ミラの口から白い吐息が漏れた。
「一本。──還れ」
《SYSTEM LOG》
・ヴォルヴァ、ミラ・アスクリンド、ヴァルキリーとのリンクを確認。
・共闘意思、確認。
《生存確率:上昇》
《生存確率:47%》
──まだ足りない。




