第44話 神は盤上を閉じる
《生存確率:3%》
「どうやっても.....こいつ」
今のオレには勝てねえか。
ガルムルの半身は、自らの炎で焼け落ち、炎がその輪郭を作っている。
歩くたび、地面から炎が吹き上がる。
オレは思わず笑っちまった。
「はは、ヘルヘイム。まさに......地獄だな」
その時、ミラがオレの前に立った。
「やめろ、ミラ。これは、男のタイマンなんだ」
ミラは少しだけ振り返り言った。
「そんなの知らない。私は、女だから」
ガルムルが首を傾げた。
「ヴァルキリーが、なぜ」
その時、黒い空に浮かぶ雲が揺れた。
空を見上げるガルムル。
黒霧の奥から声。
「──退け、ガルムル。これはオーディンの盤上、手を貸してはならん」
ガルムルが止まる。
その瞬間、ガルムルの炎が青に変わる。
ガルムルの目が細くなる。
「……なるほど」
「ヴァルハラが荒れれば、死者は増える。まだ、早い」
「退け」
ガルムルは鼻を鳴らす。
「王妃の命とあらば」
王妃?……誰だよ。
黒霧の奥で、何かが微かに笑った。
そういうとガルムルは、ゆっくりと霧の中に姿を消した。
石畳が消え、景色が元に戻る。
「戻った......王の墓ガムラ・ウプサラ──」
いや、なんかおかしい。
空が暗い。
地面が......黒い。
「翔くん、あれ......」
ミラは指を指した先。
フワリと白い輪郭が浮かび上がる。
「……あれ、墓……か?」
その奥で、青白い建物が揺れる。
ミラが唇を噛んだ。
「ヴァルハラ......」
ミラがそう呟いた瞬間、オレ達の目の前に人影が浮かぶ。
「ドラウグル?......ここで湧く!?」
そう言えば、オレ達レベル上げに来たんだっけ?
ちょうどいいっちゃ、ちょうどいい。
全身ボロボロだけど。
《敵性存在:確認》
──いや!
違う!
そう感じた瞬間、突然体を締め付けるような圧。
「翔くん......」
ミラの視線の先。
《敵性存在:確認》
デカい......。
鎧。毛皮。
なんだ、アイツ......。
《敵性存在:分析》
識別名:BEOWULF
分類:神話級英雄霊
脅威度:A
空気が重くなる。
ミラの指先が僅かに震えたように見えた。
「ベオウルフ……北欧最古の英雄……」
「ベオウルフ?」
いや。
一人じゃない!?
ベオウルフの両脇に、さらに二つの影が立つ。
《敵性存在:分析》
識別名:RAGNARR
分類:神話級英雄霊
脅威度:A
空気が揺れる。そして──
識別名:HARALDR The 3rd(ハーラル3世)
分類:神話級英雄霊
脅威度:A
空気が凍った。
ミラの肩が、今度は明確に震えた。
「ヴァルハラの英霊。オーディンの兵隊......」
現れた三つの影は、動かない。
その前にドラウグルが地面から湧いた。
「ヘルヘイムは退いたはずなのに、またドラウグルが......」
「翔くん、このドラウグル達......装備が」
金で縁取られた鎧。
赤く焼け爛れたマント。
宝飾であしらった刀。
ただの兵士とは、格が違うってか。
《敵性存在:分析》
識別名:ヴァルハラ・ドラウグル
分類:上級死霊兵
《生存確率:4%》
ただじゃ帰しちゃくれねえってことか。
それにしても、さっきから──
「なんか、見られてる気がするんだよなぁ......」
「翔くん!来る!」
一斉にドラウグルが、動いた。
「ヴァルキリー!」
ミラが叫ぶ。
だが。
何も起きない。
「あ......あれ?」
「どうした、ミラ?」
「戦場の乙女よ、翼を授けよ──ヴァルキリー!!
「......レイピアが......ヴァルキリーの加護が、降りてこない!?」
「なんだって!?」
スマホに視線を落とすミラ。
《Warning》
《ヴァルキリー、ヴォルヴァとのリンクを拒否》
拒否......。
「ミラ!オレの後ろにいろ!」
オレは拳を握った。
視界に緑が揺れる。
正面のドラウグルが踏み込む。
「装備は立派かも知れねえが──」
振り下ろされる剣。
「流石にお前らには──」
サイドステップで躱わす。
地面を叩くドラウグルの剣。
「もう慣れた!」
右のドラウグルに横蹴り。
奥から迫るドラウグルの突き。
しゃがんで躱わす。
剣を振り上げた最初のドラウグルの顎に拳。
左のドラウグル。
奥。
右。
「翔くん、すごい」
「え、何が?」
「全部の敵が見えてるの!?しかも、全部がカウンターになってる......」
“見えてる”っていうか、身体が勝手に選ぶ。
「そう?考えたこともねえ。でも──」
キリがねえ。
その時、ドラウグルの群れの背後。
王の影が動いた。
ブンッ!
その剣。
軽く振られたように見えた。
目の前のドラウグルが吹き飛ぶ。
「え!?」
両脇の王もその長槍と斧を振った。
衝撃波が、ドラウグルをまとめて吹き飛ばす。
「ドラウグル、お前らの部下じゃねーのかよ!?」
後ろでミラが呟く。
「ヴァルハラの戦士、ヘルヘイムの騎士......仲間じゃないのかも」
ドラウグルの群れの動きが止まる。
オレ達と王を交互に見る。
「こいつら......」
戸惑ってる。
三人の王は、同時に武器を振り返った。
「ん?......どっち?」
王は、こちらを見た。
「こっちかい!!」
振り下ろされる武器。
「翔くん!!」
大きな三つの衝撃波が地を割る。
ミラが後ろにいる!
間に合わない!
体が勝手にミラを庇っていた。
死んだ。
......でも。
背中に来るはずの衝撃が、来ない。
恐る恐る、振り返る。
「なるほど......」
《神技ワイルド・ドミニオン》
「拘束出来るなら、守ることも出来る......か」
オレ達を地面を割って伸びた木々が守っていた。
その瞬間。
空が、歪んだ。
音が消え、風が止まる。
《SYSTEM ERROR》
《領域強制終了》
三王の姿が、輪郭から崩れていく。
ミラが息を呑む。
「え……消えた?」
オレもわからねえ。
「翔くん、なんかした?」
「いや......」
オレじゃない。
世界が──閉じられた。
ヴァルハラが、消えた。
景色、明るさが戻ったガムラ・ウプサラ。
顔を見合わせるオレとミラ。
「……終わった?」
「た......多分」
丘の向こうから一人の杖をついた老人が歩いてきた。
「あれは観光客?現地の人?現実に......戻ったのかな?」
ミラは、戸惑いながら声をかけた。
「あ、こんにちは」
老人は、何も見ていなかったように答えた。
「はい、どうも。こんにちは」
オレも訝しげに会釈した。
老人は、オレ達の横を通り過ぎた。
次の瞬間。
「ヴァルキリーが、ヴァルハラを壊してはいかんのう」
「え!?」
慌てて振り返るオレとミラ。
でも、そこにはもう誰もいなかった。
「まだじゃ」
その言葉だけを残して。




