第41話 最強戦士は箸が使えない
店の暖簾をくぐった瞬間。
「……っ」
オリビアの足が止まった。
「どうした?」
「こ、ここは……靴を脱ぐの?」
「うん。日本食だから」
ミラが笑う。
「いらっしゃいませー!」
威勢のいい声に、オリビアの肩が跳ねた。
剣を抜きそうな顔してる。
「どっ、どういう意味?」
「ウェルカムって言ってんだよ」
「そ……そうか」
顔を赤らめたオリビア。
「オリビア、もしかしてこういうところ」
「……初めて」
ミラがオリビアの顔を覗き込んだ。
「可愛い!オリビアさん」
「かっ……かわ。やめて……やっぱり、私、帰る」
背を向けようとするオリビアを押し込むミラ。
「ダメ!さ、入った、入ったぁ」
オリビアは、そわそわと落ち着かない。
その横で、ミラはメニュー表を広げて片っ端から注文していく。
「マグロ!10!」
「じゅっ、10!?」
「うん!口の中でとろけるやつ!めっちゃ美味しかったもん!」
「一人で食うつもりか?」
「そうだよ!」
「……オリビアは?何食べる?」
「いや、私は……分からないから……パン、とか」
「はは、パンはねえよ」
ミラは、オリビアの肩を叩きながら笑った。
「オリビアさん、私に任せて!」
数分後──
湯気立つ味噌汁。
白米。
焼き魚。
そして、ミラが大量に注文した、刺身。
「はい、オリビアさん!」
「これは……何?」
「箸!日本食はこれで食べるんだよ!」
オリビアは恐る恐る箸を持った。
ぎこちない。
というか完全に初見だ。
「こう持って──」
ミラが後ろから手を添える。
「……!」
オリビアの耳が赤くなった。
ようやく魚をつまむ。
震えてる。
あんなロングソードを一切ブレずに振るうオリビアが、震えてる。
オレは笑った。
「笑わないで……」
「そうだよ、翔くん!オリビアさん、初めてなんだから!」
「悪ぃ、悪ぃ。なんかオリビアが可愛くて」
オリビアの顔がさらに赤くなる。
「オリビアさん、食べて」
オリビアは、震える箸でなんとかマグロを口に運んだ。
止まる。
「……」
「どうだ?」
「……」
「……どうなんだよ」
オリビアはゆっくり顔を上げた。
「…………おいしい」
ミラが吹いた。
「でしょ!?でしょ!?ヤバいんだって!」
「もう一個……いい?」
ミラが机を叩いた。
「かわいい!!もちろん!」
「かわっ……!?」
オリビアがむせた。
「み、水……!」
「あーもう!はい!」
ミラが慌ててコップを渡す。
オリビアは真っ赤な顔のまま息を整えた。
「……ごめん」
「いいのいいの!」
ミラはにこにこしている。
「ね、翔くん。オリビアさん、可愛いよね」
「まあな」
「なっ……」
オリビアが俯いた。
耳まで真っ赤だ。
オレ達は、運ばれてきた料理を全て平らげた。
「ミラ。お前頼みすぎだって。腹がはち切れる」
「うん。流石に注文し過ぎた。オリビアさん、最後にアイスクリーム食べよ!」
オリビアは恥ずかしそうに頷いた。
「いや、食べるんかい!」
その時、ミラがふと掛け軸を指差した。
「翔くん。あれは誰?」
「ん」
大国主命。
「ああ。オオクニヌシ。日本の神様だ」
「どんな神様?」
「日本の国を作った神様って言われてる」
「へえ。じゃあ、最高神ってことだ!」
「いや。最高神はアマテラスって女の神様。そういえば、北欧神話の最高神って、誰?」
「オーディン」
「オーディン」
ミラとオリビアが同時に答えた。
「オーディン……ゲームとかで聞いたことあるな」
オリビアが答えた。
「戦も、知も、死も司る」
「へえ。強そうだな」
ミラが話す。
「強い。……けど、優しくはない」
オリビアの声が、ほんの少しだけ低くなった。
「……狡猾だ」
「ふーん。オーディンね。覚えておくか」
ミラが手を叩いた。
「そうだ!翔くん!私達賭けしてたよね!」
「おお!オリビアのレベル当て!」
「レベル当て?」
ミラが、オリビアにスマホを見せる。
「オリビアさん、このアプリ入ってるよね?」
「ん。あ、ああ、確か……これ?」
「そう!ステータス画面見せて!私はオリビアさんのレベル20って言った!翔くんは15だって!どっちが近いか賭けしてたの!」
「ちょっと待て、ミラ!オレが20って言ったんだ!お前は15だって!」
「えっと……これのこと?」
オレとミラは、オリビアのスマホを覗き込んだ。
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《STATUS》
NAME:オリビア・エル・ヴァンガード
RACE:ヒューマン
CLASS:ヴォルヴァ
GUARDIAN:テュール
AFFINITY:アースガルド
FIGHT STYLE:ロングソードナイト
LEVEL:31
HP : 380 / 380
ATK : 345
DEF : 395
AGI : 190
北欧神話シンクロレベル:40
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「さっ、さささ、31!?」
「オリビアさん、やっば!?」
オリビアはキョトンとしていた。
「すごいの?」
「いや、強すぎだろ!」
「やっぱりなぁ。オリビアさん絶対強いと思ったんだ!じゃあ、賭けは引き分けってことで!」
「なんでだよ!」
馬鹿騒ぎするオレ達の横で、オリビアの瞳が揺れた。
「……」
「え? オリビア? どうした?」
ミラがオリビアの顔を覗き込む。
「オリビアさん……それ、涙?」
「なんか……楽しくて。……ごめん」
オレとミラは顔を見合わせて笑みを浮かべた。
「ま、ワサビのせいだろ」
「そうだね」
テーブルの下。
スマホを持つオリビアの動きが止まった。
オリビアは視線を落とす。
「……どうした?」
「アイリから、メッセージが」
「大丈夫?」
彼女は笑った。
「うん、後でかけ直すから大丈夫」
さっきよりも少しだけヴォルヴァらしく。
「帰ろっか」
「そうだな」
店を出た瞬間。
夜風が吹いた。
「あ!」
思い出した。
オレは、ポケットに入ったままだった二つの指輪をオリビアに手渡した。
「……指輪?」
「アリスのバングルのカケラ。指輪に出来たんだ」
オリビアの瞳が揺れた。
ミラが苦笑いしながら言った。
「随分小さくなっちゃったけど……」
オリビアの目が赤く染まった。
「あ……ありがとう……」
「いやあ、オレが来なきゃ壊れなかったかもしれないし」
ミラが指輪を指差した。
「えっと、こっちが右手の小指。こっちが、左手の人差し指用って言ってた」
ミラの人差し指に、オリビアの涙が落ちた。
「ありがとう……」
「オリビアさん……はめてみて!」
「うん……」
あの鍛冶屋、サイズも聞かずに作ったけど、本当にはまるんかな……。
オレの心配をよそに、二つの指輪は、測ったかのようにオリビアの指にピッタリはまった。
ミラは思わず声を上げた。
「すごっ」
「形見だもんな。とりあえず、よかった」
「アリス……」
オリビアは、しばらく動かなかった。
ミラが、オリビアの肩を優しく叩いた。
「行こっか」
オリビアは静かに頷いた。
──その時だった。
オリビアのスマホが、もう一度震えた。
彼女は画面を見る。
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ。
瞳が、凍った。
「……オリビア?」
「なんでもない。今日はありがとう。またね」
彼女は笑った。
さっきと同じ笑顔。
だけど。
オレは気づいた。
その笑顔が。
少しだけ──
硬かったことに。




