第40話 許さぬ王と、笑い声
「……ひひ」
え?
ミラの顔。
目の前にあった。
「うわあ!」
「おはよ!」
「びっくりさせんなよ!」
「なんの夢見てたの?」
「見てねーよ!」
「嘘だ。ミラ、ミラ!って私の名前呼んでたよ」
「なわけ──」
「嘘だよー!」
なんだ。
……昨日とは、別人みてえだ。
「翔くん!ストックホルム、帰ろ!」
「え?帰ろって……ミラの家は──」
エリクが肩を叩いた。
「知り合いに頼んで街のホテルを確保したんだ。君達はそこに移りなさい」
え?
「オレとリンネアは少しここに留まるよ。評議会の方々といろいろ話さねばならんし」
「わーい!夢のホテル暮らし!」
ミラは、はしゃいでる。
いや、にしてもミラは年頃だぞ。
心配じゃないのか?
「ミラのこと、頼むよ、翔くん!」
いや、重い。
その信頼が重いぞ。
「あ、は、はい……」
屋敷の大扉の前。
ヴァルドレン議長が見送ってくれた。
「二人とも、街では不穏も動き出しておる。くれぐれも気をつけるんじゃぞ」
ミラは深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、議長」
「君の両親もしばらくはここにいる。いつでも戻ってきなさい」
その時、ミラが議長の後ろを指差した。
「うそ……。あれ、翔くん!」
木彫りの大きな棚の上。
金色に光る置物。
「嘘だろ……おっさんが、ここにもいた」
議長は振り返った。
「おや?こんなもの、あったかのう?」
ミラが駆け寄った。
「翔くん……“許さぬ王”だって!」
「議長〜、これって〜」
議長は笑って頷いた。
「欲しければ、持っていきなさい」
「やったー!ね、翔くん!これで4つ目!」
ドワーフの置物集め。
いや、もはやミラの趣味になってないか?
《世界階層データ・シンクロ率》
《ニザヴェリール 15% → 20%》
オレ達はストックホルム行きの電車に乗った。
「そういえば、翔くん。残りのドワーフの置物どこやったの?」
あ。
教会。
置いてきた。
「あ、ああ。取りに行こう」
「どこに?」
えっと──
──ここ。
「やっぱり」
墓地は静かだった。
ドラウグルも、グレンデルも、人の気配もない。
「教会。行くの?」
ミラが不安そうに呟く。
「ああ。大丈夫だ」
……多分。
オレが扉に手をかける寸前。
内側から、ゆっくりと扉が開いた。
長い黒髪。
「お前は……アイリ、だっけ?」
「そ。アイリ。入って」
教会の中は暗かった。
アイリは何も言わずに暖炉に火をつけた。
無言で、火を見つめるオレ達。
たまらず、オレは口を開いた。
「あの、オリビアは──」
「帰ってない」
「えっと、グレンデルは──」
「消えた」
「消え──」
「あなたとオリビアが去ったら、消えた」
「そっか」
暖炉の火がパチッと弾けた。
アイリは、ミラの顔を覗き込んだ。
「アイリじゃないよ。襲ったの」
ミラは頷いた。
「うん。男だった」
「オルド・イージスは、そんなことしない。少なくとも、今の私達は」
「今の?」
アイリは、視線を落とした。
「あなたが来てから、割れ始めた。ワイルドブラッド危険。どうするって」
やっぱりオレ、か。
「あなたがこの町にきた日。ドラウグルにやられたあなた。アイリが、トドメ刺すつもりだった」
「え!?」
「でもオリビアが止めた」
……そうか。
怖えな、この女。
「オリビアがあなた達といる限り、アイリもあなた達の味方」
ミラは静かに頷いた。
「わかったよ」
背後で小さく扉が鳴った。
「翔……ミラ……」
「おかえり、オリビア。じゃ、アイリはこれで」
アイリは静かに席を立った。
「……オリビアさん」
ミラが立ち上がった。
重い空気。
オリビアの口がわずかに動いた。
「オルド・イージス。全ての責任はこの私──」
オレはオリビアの言葉を遮った。
「なあ、ミラ!メシ行かね?」
「え?」
「オリビアも。行こうぜ、オレ腹減ってさ……」
「……」
ミラが笑った。
「いいよ!日本食ね!」
「また?この前行ったばっかじゃん」
「いいの!オリビアさんも、いいよね?」
オリビアは顔を逸らした。
「あ……ああ。うん」
「決まり!行こ、行こ!あ、翔くん、私のドワーフの置物忘れないで!」
「お前、今、“私の”って言った?オレのだろ!」
……まあ。
どっちでもいいか。
オレ達は、教会を出た。
キィっとなる教会の扉。
その横に人影が一つ。
あいつ……。
確か、ノアとかいう……。
「翔くん?行くよ!」
「お、おう」
まあ、いい。
見なかったことにしておいてやろう。
その瞬間、オレには聞こえた。
「フン」
鼻で笑った冷たい声が。




