第4話 想定されていない組み合わせ
玄関の鍵が回る音で、目が覚めた。
ガチャ。
重たいブーツの音も聞こえた。
男の低い声。
「……本当にここか?」
続いて、少し落ち着いた女性の声。
「間違いないわ」
ミラが慌ててリビングに飛び出す。
「パパ!ママ!」
ドタドタと走る足音。
次の瞬間、玄関の方から聞こえたのは──
「ミラ!」
ぎゅっと抱きしめる音。
「怪我してない!?」
「連絡も入れずに何やってるの!」
ミラの声が少し潰れる。
「だ、大丈夫だってば……それより!」
ミラは振り返って、こっちを指差した。
「この人!」
リビングに、空気が流れ込んだ。
大柄な男。
白髪混じりの短髪。
深い皺。
鋼みたいな体。
目が合った瞬間、背筋が勝手に伸びる。
隣には、落ち着いた雰囲気の女性。
淡い金髪を後ろでまとめていて、視線がやたら鋭い。
この二人。
絶対、ただ者じゃない。
男が一歩前に出た。
「ワイルドブラッド!君か!」
なんで知ってるんだ?
「あ、はい。翔と言います。霧島、翔」
男は短く頷く。
「エリクだ」
女性も軽く会釈。
「リンネア」
その瞬間。
空気が変わった。
肌がピリッとする。
翔は無意識にソファから立ち上がろうとして、ふらついた。
すぐリンネアが近づいてきて、肩を押さえる。
「無理しないで。体力、ほとんど空」
……分かるのかよ。
リンネアは翔の目を覗き込む。
「ワイルドブラッドね。間違いない」
一瞬、息が止まった。
「……なんでそれを」
エリクが答えた。
「墓地の結界が破られた時点で分かった」
え、オレが破ったの?
ミラが横から言う。
「だから言ったでしょ。私、見えてたって」
エリクは娘の頭を軽く撫でる。
「ヴォルヴァの勘は当たる」
……ヴォルヴァ。
「私は、ミラ!ミラ・アスクリンド!翔くん、よろしくね!」
ミラ・アスクリンド。
オシャレな名前だな。
「ミラから、少し聞きました。ヴォルヴァってなんですか?日本でいう、サニワのこと」
リンネアが頷く。
「正確には少し違うけど、近い」
リンネアはテーブルの椅子に腰を下ろした。
「北欧のヴォルヴァは、サニワのようには戦わない。“見る者”よ」
「見る?」
「運命と流れ。戦争と終末。神々の行方」
見る、だけ?
リンネアが静かに言う。
「私たち、そして北欧神話は“ラグナロク”を待っている」
ラグナロク?
なんかゲームに出てきたよな。
なんのことだ?
「ラグナロクってなんですか?」
エリクが大きくため息を吐いた。
「ラグナロクとは世界の終末のこと。北欧神話は、終わりがくる前提なんだ」
リンネアが続けた。
「だから、私たちヴォルヴァは見るだけ。戦わない。戦っても、終末はくる」
なんか……
「……随分、悲観的ですね」
あ。
怒るかな?
エリクは翔を見た。
真っ直ぐ。
「だから君は異物だ、ワイルドブラッド」
空気が張り詰める。
翔は肩をすくめた。
「なんか、すいません……」
リンネアが小さく微笑んだ。
「全く違うわよね、あなたの知ってる日本神話とは。だから、あなたは呼ばれたのかも。この北欧に」
確かに。
日本神話は、人が神を忘れさえしなければよかった。
調和を保てば、世界は続く前提。
「なぜ、ラグナロクが訪れるんですか?」
エリクは、窓の外に目をやった。
「ユグドラシル……この世界にはかつて世界樹と呼ばれる木があった」
「……木?」
「この世界を繋ぐ世界樹。ユグドラシルがあれば命は巡り、均衡は保たれた。だが、そのユグドラシルは失われつつある。つまり……」
世界は終わるってことか。
オレは無意識に下を向いた。
リンネアが、オレの顔を覗き込む。
「だから、あなたがこの地に来たのは、とんでもないことなの」
「え?」
「北欧神話は運命が決まってる。だから私達は、抗うことを選ばなかった。でも、あなたは違う。あなたは、異国からやってきた“戦うヴォルヴァ”。しかも、運命に縛られない自然の申し子。あなたなら、もしかしたら、ユグドラシルを……」
グゥゥゥゥ……。
腹減った。
エリクが笑った。
「ガハハハハ!リンネア、それぐらいにしてメシでも食べよう!翔くん、スウェーデンにきて何か食べたか?」
「そういえば、まだ何も……」
リンネアがスッと立ち上がった。
「すぐに作るわね。座ってて」
「すみません。ありがとう」
戦うヴォルヴァ、か。
北欧にとって、それは禁忌みたいな響きだった。
なんか、かっこいいな。
でも、この国きて自信無くなったわ。
なんせオレの生存確率は一桁……
あ!
「ミラ、サニワアプリって知ってる?」
「なーにそれ?」
オレはミラにスマホを見せながら、登録させた。
アプリが勝手にミラを分析し始めた。
──サニワの世界にようこそ!
ミラがクスッと笑った。
映し出されたミラのステータス。
──────────────────────
種族 人間(ヴォルヴァ家系)
職業 ヴォルヴァ
名前 ミラ・アスクリンド
守神 ヴァルキリー
レベル 6
体力 85/85
攻撃力 95
防御力 40
敏捷 180
北欧神話シンクロレベル:4
スキル
・ウィンド・フェンサー
神技
・フェイト・ピック(運命視認・弱)
・ヴァルハラ・ステップ(短距離転移+回避)
──────────────────────
レベル6!?
強え……。
スキル。
「ウィンド・フェンサー?……何これ?」
エリクが画面を覗き込んだ。
「こりゃ、フェンシングだな。ミラは、フェンシングの欧州ジュニアチャンピオンなんだ」
「なっ!?」
強すぎん?
ズルくない?
オレ、あばれるしかスキルないのに。
「こっ、この神技は何?フェイトピックとヴァルハラ・ステップって。やたらカッコいい名前だけど……」
ミラは顎に手を当て首を傾げた。
「フェイトピック、運命視認……きっと少し未来が見えることかな?」
ミラは天井を見上げた。
「ヴァルハラステップ。私はステップ、踏み込みめちゃくちゃ早いんだ。ヴァルキリー様の加護のおかげで。それだね!」
「ヴァルキリー……」
それにしても北欧サニワ……カッコ良すぎる。
ウィンドフェンサー、風の剣士……だってさ。
オレなんて、ワイルドスピード(仮)
仮ってなんだよ、マジで。
オレのスマホが震えた。
《SYSTEM LOG》
・異系統個体を検出しました。
・北欧神話圏ヴォルヴァを確認。
・守神【ヴァルキリー】とリンク中……
WARNING!
未来分岐数:増加。
・北欧神話シンクロレベルが不安定です。
・観測精度:低下。
・ワイルドブラッドとの相互干渉を開始します。
《SYSTEM ERROR》
この組み合わせは想定されていません。
組み合わせは想定されてない?
「なんだそれ」
その頃。
家の外。
住宅街の端、凍った公園の地面が、わずかに隆起した。
空気が、一段冷えた。
ピシ、と氷が割れる音。
誰もいないブランコが、風もないのに揺れた。
街灯の下に、影が一つ増える。
──下位死霊兵、ドラウグル。
遠くで教会の鐘が鳴った。
一度。
二度。
鐘に合わせて、影が増える。
まだ誰も気付いていない。
この街は、もう“始まっている”。




