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第37話 神に羨まれる者

《敵性存在:分析》

識別名:GRENDΛLグレンデル

分類:上位死霊戦士

脅威度:A


闇が、立ち上がった。


最初に見えたのは──

溶岩のように揺らめく橙色の眼。

次の瞬間、その巨体が霧の中から現れた。


全身を覆うのは黒鉄の鎧。


ひび割れた装甲の隙間から、赤熱した光が漏れている。

まるで体の内側に炉があるみたいに。


肩には歪んだ棘。

背には焼け焦げた獣毛。

角は捻じれ、天を刺すように伸びていた。


そして右手に握られていた。


──曲刀。


巨大で重厚。

刃だけで大人の腕ほどの幅。


刃が地面に触れた瞬間、炎が噴き上がる。


ドラウグル達が動かない理由が分かった。


従っているんじゃない。


怯えている。


それは兵を率いる王じゃない。

兵を喰う王。


グレンデルが、一歩踏み出した。

地面が沈んだ。


「くっ、こんな奴に構ってられねえ!」


オリビアが同調する。


「ああ。行こう!ヴィーゴ、アイリ!」


ヴィーゴが呼応した。


「おう!任せとけ!アイリ、やるぞ!」


「うん」


アイリはゆっくりと両腕を水平に広げた。


「原初の王妃──未来を知る母よ」


目を閉じるアイリ。


「守るためなら世界を裂く──フリッグ、来て」


暗闇にふわりと輪郭が浮かび上がる。

双剣。


アイリは浮かび上がった双剣を握って目を見開いた。

その瞳が金色に輝く。


《SYSTEM LOG》

・アイリ、フリッグとのリンクを確認。


「やるぜ!」


ヴィーゴは叫ぶと、両手を天に掲げた。


「光の神バルドル!闇を裂く閃光を──我の手に!」


上空から金色の光が2つ螺旋を描きながらその手に落ちる。


その光が、ヴィーゴの手の中で輪郭を描く。

カランビットナイフ。


《SYSTEM LOG》

・ヴィーゴ、バルドル(仮)とのリンクを確認。


……仮?


オリビアが叫ぶ。


「翔!行こう!」


「おう!」


駆け出したオレ達の後方で二つの光が大きく揺れた。


オリビア。

頼もしい仲間がいたんだな。


オレ達はグレンデルと戦うヴィーゴとアイリを背に、墓地を出た。


ミラを置いて出てきた。


ストックホルムの街の音は聞こえなかった。


守るつもりだった。

裏目に出た。


電車を待つ時間。

永遠のように長く感じた。


「そうだ!電話!」


──ダメだ、通じない。


オリビアがオレの肩に手を置いた。


「大丈夫。あの子は、強い」


オリビア、お前、優しかったんだな。

──確かに、ミラは強い。

それに、エリクもリンネアもいる。


そう自分に言い聞かせた。


車窓の景色が、進んでいるのか止まっているのか分からなかった。


「翔……」


オリビアが小さな声でオレを呼んだ。


「ん?」


「あなたは、やっぱりアリスに似てる」


「え?」


「常に心の奥が燃えてる。衝動的で、野生で」


オレは首を傾げながら言った。


「ワイルドブラッドだからかな」


「仲間としてあなたを見たら、危なかしくって、見てられない」


オレは頭を掻いて苦笑いを浮かべた。


「そうかなあ、はは」


「でも、何故かそんなあなたの後ろには、常に希望が見える。終わりが決まってるこんな北欧神話の中でも……。だから、アリスのように神話に飲み込まれるあなたやミラを見ていられない……」


「オリビア。一つ言っておくけどさ」


オレはオリビアの顔を覗き込んだ。


「お前の妹アリスは、神話に飲み込まれてなんかいない。オレには分かるんだ」


「え?」


「人の生き様を貫いた。その生き様に神話が乗っかってきただけだ」


「生き様に、神話が……」


「この世界が一体なんなのか、オレにはわからねえ。でも、わかってるのは──人の生き様はどんな神にも奪えねえ。あいつらは、そんな人間が羨ましくて仕方ねえんだ」


「羨ましい?」


「ああ。神は死なない。だから変われない。でも人は死ぬ。だから変われる」


「……」


「だから未来を変えられるのは、人なんだ」


電車の音だけが、やけに大きく聞こえた。


「翔……」


オリビアの口元が一瞬緩んだ。


「ミラ・アスクリンド。あの子があなたについて行く理由──わかった気がする」


「そうか?」


《ミッドガルド シンクロ率 : 上昇》

ミッドガルド 54% → 60%


電車の速度が落ちる。


オリビアが席を立った。


「着いたわ」


オレは大きく息を吐いた。


「ふう……。行くか」


「ええ」


改札を出たオレ達は、足を止めた。


スーツ姿の男と目が合った。


「ヴォルヴァ会……」


「お戻りかな、ワイルドブラッド」


空気が、静かに重くなった。


オリビアが小声で囁く。


「翔……こいつは?」


敵か。

味方か。


オレは答えず、首を振った。


男は微笑んだ。


「屋敷まで。で、よろしいかな?」


男は、背後に止まっていた黒い車のドアを開けた。


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