第36話 境界を越える死霊の王
暖炉の火を見つめながら、オリビアは静かに話し始めた。
「私は、アリスの死後ヴァナリスを離れた」
「ああ、聞いたよ」
「アリスは銃弾に倒れた。あの子は、ヴァナへイムに飲み込まれ、ミッドガルドに……人に銃口を向けた」
「それも聞いた」
「だけど……あの時、アリスが最初に銃口を向けたのは──」
「ドラウグル、だろ?」
オリビアは、オレの顔を見て目を丸くした。
「どうして、それを?」
「ああ。フレイヤ。あいつが当時の様子を見せてくれたんだ。スナイパーを撃つ前、アリスは人混みの向こうに迫るドラウグルに指を向けてた」
「フレイヤ様が……そうか」
「それで?」
「あの事件。いや、アリスの死は、ヴァナへイムとミッドガルドだけの問題じゃない。ヘルヘイムも関わっていた。だから、私はその真相を追うため、そしてヘルヘイムを監視するためにこの組織を作ったの」
「そうだったのか。でも、なんでこの場所に?」
「この墓地は、昔からヘルヘイムの境界と言われていた」
「言われていた?」
「確信はなかった。でも……翔、あなたがこの街に来た日から、ヘルヘイムの死霊が頻繁に境界を超えて現れるようになった。この墓地から。だからここが境界だと、確信した」
「そうか。で、なんでお前達は、オレやミラを監視するんだ?」
「監視?」
「ああ。数日前から街で頻繁にお前達の装束を見た。オレ達をつけてるみたいに。何故だ?」
オリビアは、ヴィーゴとアイリの顔を見て首を振った。
「ありえない」
「え?」
「我々は、この装束を敷地内でしか着ない。そういう決まりなんだ」
ヴィーゴとアイリが頷く。
「なんだって?じゃあ、オレ達をつけ回してた奴らはお前達じゃない?でも、確かにその装束を──」
オレは言葉を一瞬止めた。
「待てよ。じゃあ、ミラの家を荒らして、火をつけたのは……」
「翔。私達はそんなことしない。ありえない」
「じゃあ、一体誰なんだよ!?」
オリビアの瞳が、初めて揺れた。
ヴィーゴが呟く。
「ヴォルヴァ会」
オレの背筋が凍った。
「なんだって!?」
動揺するオレの横で、
アイリが静かに口を挟んだ。
「ヴォルヴァ会は一枚岩じゃない。……思想で分かれてる。純粋にヴォルヴァ同士を助け合う者もいれば、ラグナロクこそ世界の救済と信じ、神話に干渉することを徹底的に阻む者もいる。……どんな手を使っても、ね」
ヴィーゴは天井を見上げた。
「アリスの事件にもヴォルヴァ会が絡んでたって噂もあったな。屋上にいたアリスがやったスナイパーも、怪しいもんだ」
「だったら、オレを狙えばいいのに、ミラの家を焼く!?なんでそんな面倒くせえことしやがるんだ!?」
オリビアがオレの膝に手を置いた。
「翔。ヴォルヴァ会の狙いは、外から来たあなたじゃない。ワイルドブラッドを神話に導くヴォルヴァ……」
「つまり、狙いは……」
オリビアは答えた。
「ミラ・アスクリンド」
「まさか!?……ミラ!」
オレは立ち上がった。
オリビアは、オレの顔を見上げた。
「翔。ミラは、今どこに?」
「ミラは──」
その時だった。
外で、鐘が鳴った。
地面が静かに揺れる。
ヴィーゴとアイリが立ち上がった。
「ヘルヘイム!?こんな時に!」
「来た……」
ヤバい!
ミラはヴォルヴァ会の屋敷にいる!──ミラ!
「オレは行く!」
教会を飛び出したオレに、オリビアが続く。
「私も!」
教会は、ドラウグルに囲まれていた。
スマホが震えた。
《敵性存在:分析》
識別名:DRAUGR
分類:下位死霊兵
脅威度:C
ヴィーゴとアイリがオレ達の前に立った。
「行け、ワイルドブラッド!ここはオレ達がなんとかする」
《ヴィーゴ共闘意思:確認》
アイリは身を低く構えた。
「オリビア、行って」
《アイリ共闘意思:確認》
その瞬間、スマホがけたたましくアラートを告げた。
《敵性存在:分析》
《ERROR》
《再解析》
ドラウグルの背後に大きな影が立ち上がる。
識別名:UNKNOWN
分類:判定不能
脅威度:測定不能
「なんだ、あいつ……?」
《警告》
神話階級干渉体を検出
《記録照合》
該当神話存在:グレンデル
《敵性存在:分析》
識別名:GRENDΛL
分類:上位死霊戦士
脅威度:A
「グレンデル?」
その名を口にした瞬間。
周囲の音が消えた。
ドラウグル達の動きが、一斉に止まった。
まるで──
王の到着を待つ兵隊みたいに。




