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第31話 静かな街が燃えた朝

「うん、分かった」


ミラは電話を切った。


「エリクさん、なんだって?」


「危険だから、今日はホテルに泊まれって」


「そっか……」


オレとミラは、ざっと片付けられるものだけを片付けて、荷物をまとめた。


「取られたものは?」


「何も取られてないっぽい。あ、翔くん! ドワーフの置物は?」


え、それ心配なの?


「あ、ああ。あったよ」


「よかった! ドワーフの置物大事だもんね! ホテルに持って行こう!」


そうなの?

オレは、別にいいけど。

重いし。


てか……前から思ってたけど、これ何でこんな重いんだ。


オレ達は、ミラの家を出た。


ミラの靴が、砕けたガラスを踏んだ。

オレはそのガラスを、避けた。


……その音だけが、やけに耳に刺さった。


窓の外に、ストックホルムの街が広がっていた。


光の海。

動く影。

絶えず流れる車列。


高い場所から見るこの街は、

まるで別の生き物みたいだった。


「……可愛い街」


ミラが呟いた。


「私、そう言えばこんな風にじっくり街を見下ろすの初めてかも」


オレは、何も答えなかった。


代わりに、街を行き交う小さな人影を追っていた。


「翔くん、あそこ墓地と教会が見える。あ! 私の家も見えるよ! ちっさ」


「本当だ。あんなに近くだったのか」


ミラは、オレの顔を覗き込んだ。


「ねえ、翔くん。このホテル、一階にショッピングモールが併設されてるの。行かない?」


……こんな時に。

まあ、気を逸らすにはいいか。


「行こ、翔くん!」


「あ、ああ」


エレベーターの扉が開くと、空気の温度が変わった。


上階の静けさとは違う。

人の気配。足音。話し声。

生活の音が混ざり合った、地上の匂い。


「わあ……」


ミラが小さく息を漏らした。


ホテルのロビーを抜けると、そのまま地下へ続く通路に出る。

ガラス張りの天井から、夕方の光が斜めに差し込んでいた。


オレンジ色の光が、床のタイルを長く染めている。


地下通路は、半分が駅で、半分が街だった。


パン屋。雑貨店。カフェ。

行き交う人々の手には紙袋。

仕事帰りのスーツ。笑い合う学生。観光客。


誰もが、普通に歩いている。


「ねえ翔くん、見て」


ミラが袖を引いた。


指差した先には、小さな店。

ショーケースの中に並んでいるのは、銀細工のアクセサリーだった。


リング。鎖。護符。


思わず、ポケットの中の指輪を指で触る。


冷たい。


さっき受け取ったばかりの温度のまま。


「……似てる?」


ミラが覗き込む。


「いや。あいつの方が、ずっと細かい」


彫り込みの深さ。線の鋭さ。

素人でも分かる。


あの工房の男は──ただの職人じゃない。


その時。


通路の奥で、誰かが立ち止まった。


反射的に目が向く。


黒い服。


だが、次の瞬間には人の流れに押されて消えた。


……気のせいか。


「翔くん?」


「……いや」


オレは視線を戻した。


パンの匂いがした。

コーヒーの香りがした。

誰かの笑い声が聞こえた。


平和だった。


平和すぎた。


……何かが、隠れてる気がした。


「どこから回る?」


ミラが楽しそうに聞く。


「……任せる」


「じゃあね、あっち!」


ミラは迷いなく人の流れの中へ入っていった。


オレはその背中を追う。


──その時。


背中に、視線。


振り返る。


誰もいない。


ただ、夕方の光だけが、通路を赤く染めていた。



ミラの希望で、オレ達は日本食レストランを選んだ。


ミラは、終始はしゃいでる。


店員が皿を置いた瞬間、ミラの目が輝いた。


「わあ……! 見てこれ、翔くん!」


前のめりになって皿を覗き込む。


「宝石みたい……」


白い皿の上に並んだ刺身を、角度を変えながら見ている。


「魚だぞ、それ」


「魚だけど、もはや宝石!」


ミラは顔を近づけたまま、小声で言った。


「ねえこれ本当に食べていいの?」


「食い物だろ」


「怒られない?」


「誰にだよ」


「料理人さん」


「怒らねえよ」


ミラは恐る恐る箸を持った。


箸先が震えてる。


「……割れそう」


「割れねえよ」


「ほんと?」


「ほんとだ」


ミラはゆっくり刺身を持ち上げた。


「持てた……!」


その顔が、子どもみたいに嬉しそうだった。


次の瞬間。


カチッ。


小さな音。


オレは無意識に手を止めた。


隣の席。

客が箸置きに箸を置いた音。


「翔くん?」


「……あ、なんでもない」


オレは、ふと店内を見渡した。


「翔くん見て!」


ミラが声を弾ませた。


「これすごいよ!」


口いっぱいに頬張ってる。


「……溶けた」


「マグロだからな」


「違う、溶けた!」


ミラは真剣な顔で頷いた。


「消えた。魚消えた」


「トロ食ったからだろ」


「すごい……日本食すごい……」


その時。


窓際の席のカップル。


男だけが席を立ち、店を出て行った。


おかしい。

いや、でも……別にあり得るか。


「翔くん?」


「……ん?」


「食べないの?」


ミラが首を傾げた。


「あ、ああ」


箸を動かす。


味が分からなかった。


さっきから胸の奥が、ずっとざわついている。


レストランの窓から外を覗いた。


黒いスーツ姿の男が通り過ぎる。


無意識に拳を握った。


ただのサラリーマン……

おかしいのは……オレか?


ミラがオレの顔を覗き込んだ。


「翔くん、大丈夫だよ。ここはストックホルム、私の街。心配ないさ」


「あ、うん」


ミラの不意の一言に少しホッとした。



不穏は、翌朝爆発した。


明け方、ホテルの外。

遠くに聞こえるサイレン。

オレは、カーテンを開けて叫んだ。


「ミラ!」


「翔くん? どうしたの? ……まだ、暗いよ」


燃えてた。


——ミラの家が。


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