第30話 静かな街の侵入者
──三日後。
オレとミラは、工房の男に言われた通り指輪を受け取りに行った。
人はそれなりに多いが、静かないつものストックホルムの街。
いや、少し静か過ぎる気も。
「パパとママは、今日からまた二日ぐらい旅行に行くって!」
「そっか。めちゃくちゃ仲良いんだな、エリクさんとリンネアさん」
「うん! でも若い頃は、思想も違ってヴォルヴァ同士でバチバチだったらしいよ!」
そっか。
あの二人も、ヴォルヴァだって言ってたもんな。
「なあ、ヴォルヴァとしての能力っていつ開眼するんだ? 日本のサニワは、16歳だけど」
「ヴォルヴァも同じだよ!」
「そうなんだ。ってことはミラは一年前?」
「うん、そう!」
……たった一年。
いや待て、化け物かミラ。
「翔くんの友達で、一番強いサニワ? は誰?」
う……その話は……。
スマホが鳴る。
《蘭》
ほら来た……。
こいつの第六感は、ヤバすぎるんだが……。
「もし──」
「翔くんの馬鹿ああぁぁぁ! 何無視してんの、アタシの電話!!」
「あ、いやっ……こっちも忙しいんだよ! いちいちお前の電話なんか──」
「もう知らない! 今日から、翔くんの実家に引っ越したからね!」
「は?」
「誰もいない家は悪くなっちゃうらしいから、アタシが住んであげる!」
「ちょっ、待て! めちゃくちゃ──」
「ここからなら、学校にも通えるし、家賃もかからないから! 翔くんのパパも生きてたらきっといいよって言ってくれるから、いいでしょ?」
「いいわけねえだろ! てめえ、ふざけん──」
「帰ってこない翔くんが悪いでしょ! ヒヒ、翔くんのお部屋探索しちゃお〜。早く帰ってきてね! じゃあね!」
「おい、てめえ!」
き……切られた……。
終わった……。
オレの部屋……オレの人生……。
「翔くん? ……大丈夫?」
スマホが震えた。
《世界階層データ・シンクロ率》
《ミッドガルド 49% → 54%》
意味わからん……。
その時──
「ん?」
今、誰か……。
視線を感じたその先。
そこには、誰もいなかった。
気のせいか……。
「翔くん? ……着いたよ」
「ん、ああ」
オレ達は、銀細工の工房の扉を叩いた。
「こんにちはー」
ミラが声をかけると、工房の奥で大きな影が動いた。
「来たか」
無愛想な工房の男は、その大きな体を起こした。
「出来ましたか?」
ミラが聞くと、男は無造作に指輪を置いた。
「え? 2つ?」
男の風貌に似合わない、細かい彫刻がされた美しい銀の指輪だった。
男はオレ達を鋭い眼光で睨みつけた。
「右手の小指、左手の人差し指に合うようになってる」
いや、誰のだよ?
分かってんのか、このおっさん……?
「持ち主にそう言え。さあ、いけ」
「え、いや、あの……お代は」
男は背を向け、無言で工房の奥に消えた。
オレとミラは、顔を見合わせた。
「タダ……ってこと?」
「そ、そうじゃない? ……いいのかな?」
オレ達は、釈然としないまま店を出た。
「まあ、とにかくこれで」
オリビアのバングルの破片から作られた二つのリングを見つめた。
「借りは返せるかな」
ミラは隣で呟いた。
「オリビアさん、喜んでくれるかな?」
「どうだろう。壊れた原因、オレだしな」
「確かに!」
「いや、ミラ。そこ、庇ってくれないのかよ」
その時だった。
──まただ。
背中の皮膚が、わずかに粟立つ。
誰かに見られている。
オレは、何気ない顔のまま視線だけを横に滑らせた。
通りの向こう。
石畳の路地。
人影が一つ。
黒いコート。
フードを深く被ったまま、壁にもたれて立っている。
顔は見えない。
だが、視線だけは確かにこっちを向いていた。
あれは、墓地で見た黒ずくめの……。
あの時、オリビアも同じ装束を着てた。
そいつだけ──動かない。
周りの人間が流れていく中で、
そいつだけが、止まっていた。
目が合った。
……気がした。
次の瞬間。
そいつは壁から体を離すと、
人混みの流れに溶けるように歩き出した。
追おうと思えば追えた距離。
でも──
なぜか、足が出なかった。
「翔くん?」
ミラの声で我に返る。
「……いや」
オレはもう一度だけ路地を見た。
誰もいない。
「黒づくめ。墓地でオリビアが着ていた装束」
「え?」
「家を出た時から見られてる。間違いない……」
「まさか、オリビアさんが?」
……いや。
「オリビアが、そんなことするか?」
ミラは腕を組んで難しい顔をした。
「そうだよね。でもオリビアさんが着ていたあの装束……教団のだし」
……そもそも、奴らは教団なのか?
「まっ、とりあえず危害加えてきてるわけじゃないし、様子見だな」
「だね! 帰ろ!」
ミラの家の前に着いたオレ達。
オレは、ふと足を止めた。
「翔くん、どうした? 着いたよ」
ドアがわずかに開いている。
「……開いてる」
確かにミラが閉めたはず。
「え」
まさか!?
オレは、ゆっくりとドアを押した。
軋んだ。
中は──
静かだった。
静かすぎた。
靴の先に、何かが当たる。
カラン。
足元を見る。
砕けたガラス。
顔を上げる。
リビングの窓が、内側から割れていた。
椅子が倒れ、棚が開いている。
床に散らばった本。
引き出しは全部引き抜かれ、中身がぶちまけられていた。
ペンキの匂いがした。
壁に大きく描き殴られた文字。
黒いペンキがゆっくりと垂れていく。
まだ、新しい。
「……ルーン文字」
ミラが息を呑む。
「……翔くん、これって……」
ジャリッ。
家の裏手で音がした気がした。
オレは飛び出し、家の裏へ回る。
誰もいない。
追いかけてきたミラが呟く。
「……さっきの、教団の仕業?」
オレは答えなかった。




