第29話 裁きの赤き閃光
フォルセティの光が消えた。
背後で、グラムがゆっくりと立ち上がる。
グラムの気配が変わる。
目に虚無が宿る。
空気が軋み、石畳が揺れる。
「神が退いたか……ならば遠慮は要らぬ」
グラムはその禍々しい大剣を握り直した。
「ミラ、来るぞ!」
「うん!」
緑と白のオーラが視界の端で溶け合う。
その時、オレ達の間を赤いオーラがゆっくりと割って入った。
「どいて」
オリビアの手から垂れ下がった真紅のロングソード。
その切先がグラムに向かい、石畳に直線を描いていく。
「死霊戦士グラム──」
オリビアの歩みに迷いはない。
真っ直ぐグラムに向かう。
「ブリッジ・オブ・ガルズで貴様に伝えた通り──」
グラムは、無言で大剣を大きく振りかぶる。
「このオリビア・エル・ヴァンガードが──」
グラムを見据える灰色の瞳が、紅く輝く。
「──貴様を裁く!」
グラムが大剣を振り下ろす。
漆黒の衝撃波が、石畳を裂く。
オリビアが一瞬だけ目を閉じる。
「アリス……私はもう……逃げない!」
漆黒の衝撃波が迫る。
衝撃波が彼女の髪を裂く。
それでも一歩、踏み込んだ。
「裁き──」
《スキル使用》
《ジャッジメントスラッシュ》
オリビアは、片腕でロングソードを振りあげた。
赤い閃光が、夜を裂く。
迫っていた漆黒の衝撃波が、中央から綺麗に割れた。
まるで布を裂かれたように、
黒い力が左右に分かれ、霧のように霧散する。
その向こう側で──
グラムの巨体が、止まっていた。
大剣を振り下ろした姿勢のまま。
股から頭の先まで、
一本の赤い亀裂が走っていた。
ゆっくりと、
その線が、開いた。
真っ二つ。
石畳の上に、左右の半身が、別々の音を立てて崩れ落ちる。
黒い霧が消え、
赤い光がゆっくり収まる。
「……これが、私の選択」
オリビアは、剣を振り抜いた姿勢のまま、静かに言った。
辺りを見渡すミラ。
「ん? 翔くん?」
ミラは、探し物をするオレを見てキョトンと立ち尽くす。
「落とし物? 何探してるの?」
「え。オリビアのバングル」
「ほえ?」
「あった……あ、あそこにも」
弾け飛んだオリビアのバングルのカケラ。
アリスの形見……。
「いや、全部は無理だけど、集めたら指輪ぐらいは作れるかなって」
オリビアは、動かなかった。
剣を握ったまま、
ただ静かに立っていた。
「翔くん……じゃあ、私も!」
ミラは、しゃがみ込んで辺りを見渡す。
ミラがしゃがんで地面を睨みつける姿。
オレは思わず笑った。
「ハハ、ミラ。お前、ドラウグルみたいだぞ」
「翔くんこそ! ただの墓荒らしにしか見えないし!」
そんなオレ達に気付いたオリビアは、首を傾げていた。
「あなた達、一体……」
「これぐらいかな。なあ、オリビア」
オリビアはオレの手にある、銀のカケラに目を落とした。
「これ、借りていいか?」
「それ……どうするつもり?」
駆け寄ってきたミラ。
「ストックホルムの駅の南に銀細工の工房があるの!」
「お、そりゃいい! バングルは無理だけど……なんか作れるだろ。借りるぜ」
オリビアの瞳が揺れた。
「ミラ、行こうぜ」
「あ、うん! オリビアさん、またね!」
墓地を出たオレは振り返った。
オリビアは、まだその場所に立ち尽くしていた。
「翔くん」
「ん?」
「よかったの?」
「何が?」
「オリビアさんのこと。教団のこととか、まだ」
オレは一瞬空を見上げて考えた。
「いいんじゃね。オリビアは自分でなんとかするさ。あいつはきっと──自分で選ぶ」
ミラは、少しだけ目を細めた。
「ほんと、ずるいなあ」
「え?……ずるい? どういう意味?」
ミラは、早歩きで駅の方へ足を向けた。
「お、おい。ミラ!」
ミラはオレを振り返った。
「言わなーい。早く銀細工の店行くよ!」
《アースガルド シンクロ率:上昇》
アースガルド 15% → 22%
《ヘルヘイム シンクロ率:上昇》
ヘルヘイム 25% → 38%
オレ達は橋を渡って、石畳の旧市街地を抜けた。
その奥に店はあった。
看板は小さい。
だが、扉の前に立った瞬間わかる。
金属の匂いがする。
焼けた銀の匂い。
炭の匂い。
ほんのわずかに、油。
扉を押す。
カラン──
乾いたベルの音が鳴った。
中は暗い。
天井から下がるランプが
作業台だけを照らしている。
壁一面に掛けられた工具。
作業台の上では
赤く熱された銀が、小さく光っていた。
奥から声がする。
「……客か」
低い声。
白髪。
煤で汚れたエプロン。
腕は丸太みたいに太い。
ミラが一歩前に出た。
「あの……これ、直せますか?」
掌に乗せたのは
砕けたバングルの破片。
男は何も言わず、それを摘まみ上げた。
手に取った瞬間、男の目つきが鋭くなる。
「……普通の銀じゃねえな」
オレは眉を上げた。
「普通じゃない?」
沈黙。
男は、破片を指で撫でた。
「これを、どうしろと?」
「いや、なんか……指輪とかに出来ないかなって」
男は、初めてこっちを見た。
「……サイズは?」
え。サイズ?
そっか。
それは……
「わからない……」
男は頷いた。
「まあ、いい。銀に聞く。三日」
「え?」
「三日置いていけ」
銀に、聞くって?
どういうこと?
ミラが目を輝かせた。
「お願いします!」
男はもうこっちを見ていなかった。
作業台に戻り、火を強くする。
その瞬間──
店の棚の奥で。
コト。
小さな音がした。
オレとミラは同時に振り向いた。
そこにあったのは──
「ウソだろ……」
棚の奥。
埃の中で、
それだけが光っていた。
金色のドワーフの置物だった。
男がオレ達を振り返った。
「お前たち、まだいたのか?」
ミラがドワーフの置物を指差した。
「あの、ドワーフの置物……」
男はドワーフの置物を手に取ると、息で埃を飛ばした。
「忘れぬ王。そう書いてある」
そう言うと、男はカウンターの上に置いた。
ミラが小躍りする。
「やばいね、翔くん!」
「なんでミラが喜んでんだよ」
「ねえ、おじさん、このドワーフ、いくら?」
男は驚いたように目を丸くした。
「欲しいのか?」
「うん、欲しい! ね、翔くん!」
「う、うん……まあ……」
男はドワーフの置物を無造作に掴むと、ミラに手渡した。
「持ってけ」
「え!? いいの!?」
男は背を向けると作業台に向かった。
「いいか。三日だ。三日待て」
男はそれ以上何も言わなかった。
──カラン。
店を出たオレ達は顔を見合わせた。
「翔くん! やったね! ラッキーじゃん!」
「ラッキー……なのか?」
三体目のドワーフの置物。
忘れぬ王。
行く先々で見つかるドワーフ像。
確かにニザヴェリールは、オレ達に何かを訴えかけているようにも感じた。
《世界階層データ・シンクロ率》
《ニザヴェリール 10% → 15%》




