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第27話 涙の理由になるのなら

ミラの家の暖炉の火が、静かに揺れていた。

木の爆ぜる音が、やけに落ち着く。


この家、居心地良すぎて。

オレって、いつまでこの家に居候してていいのかな?

やっぱそろそろ出てった方がいいのかな。


ミラの両親。

父親エリクはビールを飲みながら、妻リンネアと楽しそうに談笑している。


ミラは床に座って、オレが買ったドワーフの置物と睨めっこ……。


オレは、思わず話しかけた。


「何してんの、ミラ?」


「……感じる」


「え、何を?」


ミラは、オレの顔を暗い表情で見上げた。


「の〜ろ〜い〜の〜ち〜か〜ら〜」


「いや、もう騙されないからな!」


「ちぇっ、つまんないの」


そんなオレ達をエリクが笑った。


「ガハハハハ! 君達、仲いいなぁ! そうだ、ゴットランドとニーナスハムンの旅行はどうだった?」


ミラは即答した。


「最高に楽しかったよ、パパ! ね、翔くん?」


いや、まあ。

ヘルハウンドに追いかけられたり、ガルムルに殺されかけたりしてね。


「う、うん」


「そうか! 遥々北欧に来たんだ! 満喫して行ってくれ、ガハハハハ!」


満喫……。

ええ、すでに何度も死にかけるぐらい満喫しております。


ニーナスハムンでのヘルハウンドとガルムルの襲撃。


ミラは、手振りを交えて両親に報告した。


エリクは目を丸くした。


「ちょっと待て、ミラ! お前、ガルムルと戦ったのか!? 翔くん、君も!?」


「うん、超強くて死ぬかと思った」


エリクとリンネアは顔を見合わせた。


「ヘルヘイムの番犬相手に……むしろ、生きてることが不思議なぐらいだぞ!」


怒られる。

そう思った。


その時、リンネアが笑顔で呟いた。


「まあ、翔くんが一緒でよかったわね、ミラ」


いやいやいやいや、何この謎の信頼感。

重い。それは重い……。

それに……あなたの娘さんの方がレベル高いですから。


エリクが静かに言った。


「それにしてもガルムルとは……ヘルヘイムも世界の境界を越え始めたということか……。ん? ところでミラ、翔くん。君達は、一体ゴットランドに何をしに行ったんだ?」


「ブリーシンガメンを探しに! フレイヤ様に会いに行ったんだよ!」


エリクは少し強張った表情で、オレに視線を落とした。


「会えたのか? フレイヤ様に」


「はい、会えました。パン屋の格好をしたフレイヤに」


今度は、リンネアが目を丸くした。


「へえ、すごい。あのフレイヤ様が姿をお見せに」


「でしょ〜! 翔くん、フレイヤ様に、てめえ! とか言っちゃうんだもん、びっくりした!」


おい、ミラ。

それは言わなくていいだろ!


「それで、どうしてフレイヤ様に会いに行ったんだ?」


ミラは一瞬下を向いて沈黙した。

オレが代わりに答えた。


「三年前の駅前の事件。アリス・エル・ヴァンガードのことを知りたくて……」


エリクの表情が変わった。


「どうして?」


オレは正直に話した。

ブリッジ・オブ・ガルズで、アリスの姉オリビアに助けられたこと。

駅前でヴァナリスの老人を庇って喧嘩したこと。

そして、地下道でオリビアに襲われたこと。


エリクとリンネアは沈黙した。

重い空気を壊すようにミラが話し出した。


「でも、ヘルハウンドに襲われた時、そのオリビアさんが助けてくれたの! あの人がいなかったら、私たち、やられてたかも!」


エリクは静かに息を吐いた。


「そうか」


ミラはエリクの顔を覗き込んだ。


「どうしたの、パパ?」


エリクはおもむろに話し始めた。


「環境保護団体ヴァナリス。アリスは強すぎた。彼女がいたからまとまっていた団体。いなくなった瞬間、理想だけが残った。一部は翔くんが駅前で見た通り、細々と環境保護活動を続けている。だが……」


「だが?」


「中には、理想を変えた者達もいる。一部は宗教団体、一部は政治団体。犯罪集団や邪教に身を落とす者も……。オリビア・エル・ヴァンガードも、あの事件以来、ヴァナリスから離れたと聞いた。……翔くん、ミラ」


エリクは、オレの顔を見た。


「翔くんを襲ったり、助けたり。彼女の理想はまだ定まっていないように見える。気をつけた方がいい」


リンネアが、窓の外を見ながら呟いた。


「オリビア・エル・ヴァンガード。彼女はまだ、神に縛られている……」


その時、遠くで鐘の音が響いた。


北欧初日。

ドラウグルに襲われた日。

遠のく意識の中で聞いたあの教会の鐘。


二日目にも聞いた。

その後のドラウグル複数の出現。


この町に響く不穏な鐘。


一体、あれは……。


「翔くん。あの教会、気になるかね?」


「まあ、なんとなく」


エリクは席を立った。


「あそこには……今、神よりも厄介なものがいる。あの墓地と教会には近づかない方がいい」


ミラが聞き返した。


「神よりも厄介な者?」


「ヴァナリスから離れ、理想を拗らせた連中が集まっている」


そう言うと、エリクは自室に入って行った。


「ヴァナリスから離れた連中……つまり、オリビアも?」


リンネアの視線は、まだ窓の外に向けられていた。


「歪んだ理想は……神より怖いものになる」


リンネアは、振り返ると初めてオレの顔を真っ直ぐに見た。


「翔くん。あなたが言った通り、アリスの死は悲劇じゃない。だけど、彼女の死がもたらした変化はヴォルヴァの在り方だけじゃない。オリビアのこと、気になるのは分かるけど……エリクの言う通り、あそこにはまだ近づかない方がいいわ」


近づかない方がいい。


そう言われると……。


──翌朝。


当然。


オレは墓地の前にいた。


やっぱ、来ちゃうよね……オレ。


「翔くん、あれ見て」


そう。

ミラも来てしまった。


ミラは、墓地の奥に見える複数の人影を指差した。


「人?」


黒い装束。

フードを被った連中が教会の外で集まっていた。


「遠くてよく見えないけど……宗教系?」


その時、オレ達を迎えるかのように墓地の奥で、鐘が鳴った。


「翔くん、鐘!」


「ああ。早速くるか!?」


その時、墓石の影から、人影が現れた。


黒装束。

フードの端から覗く銀髪。

その奥から見える灰色の瞳。


「……オリビア」


オリビアは、フードの縁に目を伏せた。


「どうして、ここへ来た」

その声は怒りじゃない。震えだった。


オレは、頭を掻いた。


「いつもお前の方から来るからさ。今日はオレから来てやったよ」


オリビアは、顔を上げた。


灰色の瞳が、揺れる。


「なぜ……」


オリビアの肩が震えた。


「オリビア。

助けて欲しいんだろ、お前」


「……もしそうだとして。あなたに何が出来る?」


その時、地面から無数の黒い霧が吹き上がった。


そして、オリビアの背後に大きな影が立つ。


ミラが叫ぶ。


「……グラム!」


さらに、上空から一筋の光が落ちる。


「ヴォルヴァよ、神話を汚すワイルドブラッドを粛清せよ」


「フォルセティ!」


オリビアの目に涙が浮かぶ。


「あなたに……一体……何が出来るって言うのよ!」


オレは、拳を握った。


「オレはワイルドブラッド。自然にしか愛されねえ」


緑に視界が染まる。


「でも、お前は違う。神に愛され、人にも愛されるヴォルヴァだ──オレに何が出来るだって? そんなもん決まってるだろ」


──神話も終末も、オレには関係ねえ。

──自然が、本能が叫んでる。


ミラが無言で背中を合わせる。


──お前の涙の理由になるもの


「アースガルドとヘルヘイム──北欧神話、全部まとめてぶっ飛ばせってなぁ!!」

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