第16話 帰らぬ王と、声の残る街
ブリッジ・オブ・ガルズを後にしたオレ達。
街へ戻る最終便の連絡船は、ビルカ遺跡を背にしながら揺れていた。
赤い剣の残光が、まだ目の奥に焼きついてる。
「間に合ったぁ!翔くん大丈夫?」
「平気、平気」
めちゃくちゃ全身が痛いだけ。
回復魔法みたいなのないのかな?
夕日とビルカ遺跡を置いていくように、船は動き出した。
北欧の陽は、沈むのが早い。
相変わらず寒い。
なのに、オレ達は甲板にいる。
なんでミラは平気なんだ?
寒過ぎる。
ミラは夕日を眺めながら、小さく呟いた。
「エル・ヴァンガード……」
さっき出会ったヴォルヴァの女の人のことが気になるようだ。
「ダメだ……寒過ぎる」
オレは甲板に立った。
まだ足がふらつく。
空手。
ガキの頃から親父に鍛えられた。
北欧のドタバタで、忘れていた。
でも、体が覚えていてくれた。
正拳。
回し蹴り。
肘。膝。
オレは確かめるように体を動かした。
うん、覚えてる。
《スキルレベル再評価》
《スキルレベル修正》
空手Lv.1 → 空手 Lv.3
その時、ミラが叫んだ。
「あ!……思い出した!」
ひっ。
びっくりするなぁ。
「どした?」
「エル・ヴァンガード!わかった!」
ミラはスマホをオレに見せながら、静かに呟いた。
「ほら、これ」
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【速報】
過激な自然保護デモ隊「ヴァナリス」リーダー死亡
アリス・エル・ヴァンガード(17)
昨夜、ストックホルム駅前で発生した大規模デモにて、警察機動隊との衝突の末、銃撃を受け死亡。
現場は一時騒然となり、複数名が負傷。
同氏は過激な自然保護活動団体「ヴァナリス」の中心人物として知られていた。
警察当局は「正当な制圧行動だった」と発表している。
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「自然保護デモ隊……リーダー死亡?」
「そう!三年前に起きた事件」
「アリス……?」
「うん、アリス・エル・ヴァンガード。彼女もヴォルヴァだったの。だから……ヴォルヴァの間じゃ、いろんな噂が飛び交った」
「噂?」
「ヴァナヘイムに乗っ取られた操り人形。ミッドガルドに厄災を運ぶ者。彼女が、自然界と人間界の衝突を招いた、とか」
自然界と人間界の衝突。
まるで、日本でのオレみたいな……。
「彼女は神話に殺された。そんな言葉も聞いた」
神話に殺される……か。
「つまり、オリビアとアリスは、姉妹?」
「うん。双子の。オリビアさんが、お姉さんだった気がする」
「そっか」
ミラはそれ以上、何も言わなかった。
オレも、何も言えなかった。
ただ──
日本でのあの日の光景が、
頭の奥に、じわっと滲んできた。
なんとなく……他人事じゃねえ気がする。
ミラのスマホが鳴った。
「パパ!……うん、翔くんと一緒。今から帰るよ。……うん、そうなんだ!わかった!」
電話を切ったミラはオレの顔を覗き込んだ。
「翔くん、体は大丈夫?」
「ん、ああ。大丈夫」
痛いですけどね、めちゃくちゃ。
「今日、パパ達は外食だって!私達も街で食べて行かない?」
「ああ、お任せしますよ、ミラ・アスクリンドさん」
ミラは、ニタリと笑った。
夜のストックホルムは、思っていたより静かだった。
昼間のざわめきが嘘みたいに消えて、
石畳を踏む足音だけが、やけにくっきり響く。
運河の水面には街灯の光が揺れている。
オレンジ色の灯りが細く伸びて、ゆっくり波にほどけていた。
空気は相変わらず冷たい。
息を吐くと、白くなる。
古い建物が並ぶ通りは、時間が止まったみたいで、
その合間にあるカフェや店のガラス越しの明かりだけが、
ビルカとは違い、今もちゃんと人の暮らしが続いていることを教えてくれる。
遠くでトラムの走る音。
橋の向こうから聞こえる、控えめなクラクション。
全部が穏やかで、落ち着いていて。
派手さはないけど、
妙に居心地がいい街だ。
オレは肩をすくめて、手をポケットに突っ込んだ。
少し歩いた先、石畳の路地の奥に、
古い木の扉があった。
金色の看板に刻まれた店名──Den Gyldene Freden 。
ろうそくの灯りが小さな窓から滲んでいる。
どれどれ……
「デン・ジィル……デ……。ダメ。オレ、読めない」
「フフフ。デン・ギュルデネ・フレーデン。ストックホルム最古のレストランです。翔さん、いきましょうか?」
「翔さ……やめてくれ、ミラ。その呼び方だけは……」
「翔くんもたまに言うじゃん。フフ、仕返し」
Since 1722か。
確かに、古い。
扉を開けると、ふわっと温かい空気が流れ込んできた。
低い天井に、年月を重ねた木の梁。
壁には古い肖像画と真鍮の燭台。
ミラがメニューを見ながら、ふと思い出したみたいに言う。
「ここね。昔、詩人とか作家が集まって、毎週同じ席で語り合ってた場所なんだって」
「作家?」
「うん。“言葉で世界を動かそうとした人達”。
戦争じゃなくて、思想。剣じゃなくて、物語で。それがミッドガルドの起源なのかな」
オレはふと店内を見回した。
年季の入った梁、磨かれた床、静かなキャンドル。
……ミッドガルドの起源、か。
ミラが続ける。
「だからヴォルヴァの間じゃ、ここは“声が残る場所”って言われてる。強い意志を持った人の言葉は、土地に染み込むんだって」
オレは苦笑した。
「なかなか便利な設定だな」
ミラも笑う。
「でしょ。もしかしたらここは、ミッドガルドを一番感じられる場所なのかもしれない」
なるほど。日本でも、人の思念や怨念が土地に残るっていうもんな。
一瞬だけ、空気が静かになる。
「翔くん、世界の神様に会いたい。そう言ってた」
「うん」
「どうしてこの場所を選んだの?」
え。どうして?
えーっと、完全にノリなんだけど……
あえて言うなら……
「寒いから、かな」
ミラは、水を吹き出しそうになった。
「ブッ!もう、翔くん!笑わせようとしなくていいよ、アハハハ!なんで寒いの苦手なのに、わざわざ北欧なのよ!」
「ごめん。いや、寒いの苦手だから、先に苦手を克服しようかなって、ハハ」
ちょっと、マジなんだけどな。
ミラは視線を落とした。
「先……。そっか、翔くんはこの北欧神話で終わらない。まだ、続くんだもんね。……北欧神話は──」
ミラの表情が一瞬曇った。
何を思ったか。
何を言わんとしたか。
なんとなくわかった。
「いいじゃん!何も救えなくても、全部が終わっても」
「え?」
「もし明日、世界が終わっても、それでもいいってぐらい、今を思いっきり生きれたら。それが一番最高じゃん!」
オレ、まるで“誰かさん”の言葉を借りて喋ってるみたいだな。
ミラの目が心無しか赤く染まった気がする。
「翔くん……今の言葉……」
「ごっ、ごめん、オレ変なこと言った?」
ミラはニコリと笑った。
「ブッ刺さった!いい意味で!」
《ミッドガルド シンクロ率 : 上昇》
ミッドガルド 49% → 55%
その時、オレのスマホが震えた。
《蘭》
ひぃ!
その“誰かさん”だ!
オレは慌ててスマホをポケットに突っ込んだ。
「翔くん?出ないの?」
「あ、ああ。知らない番号だし」
ミラはキョトンとした顔で、オレの顔を見ていた。
店を出ると、さっきよりも空気が冷たく感じた。
石畳は夜露で少しだけ光っていて、街灯のオレンジ色が細く伸びている。
細い路地を通り過ぎようとした時、ミラがオレの腕を引いた。
「翔くん、こっち」
路地の両脇には、小さなショーウィンドウが並んでいた。
古い懐中時計。
擦り切れた革の鞄。
銀縁の写真立てに、意味のわからない彫刻。
「ここら辺、骨董屋さん多いんだよ」
ミラがそう言って、ひとつの店の前で立ち止まる。
ガラス越しに見えたのは、古びた指輪と、欠けた陶器と、年代物らしい短剣。
なんだろう。
全部が神話由来に見えてしまう。
「あ……これ」
オレは、ふと気になってショーウィンドウを指差した。
「翔くん、中入ってみる?」
「うん」
オレが気になった骨董品。
色のはげた木製のチェス盤。
古そうな黒いチェスの駒の中に、何故か金色の駒が、一つ。
キングの位置に置かれた。
編み込まれた長いヒゲを生やしたおっさん。
物々しい鎧を着た変な駒。
オレは、無意識にその駒を持ち上げた。
「重っ」
サイズからは考えられない重さが伝わってきた。
ミラが、驚いた様子で駆け寄ってきた。
「翔くん、それドワーフ!」
「へ?……何?」
店から奥から透き通った声が聞こえた。
奥から綺麗な店主が出てきた。
「The King Who Never Returned. 鎧に刻まれた文字、そう書いてあるみたい」
「どういう意味ですか?」
ミラが代わりに答えた。
「”帰らぬ王“」
「そのチェス盤、キングが一個ないの。だから物置に転がってたそのドワーフの置物を代わりに置いておいたの。よかったら持っていく?」
「おいくらですか?」
店主は笑った。
「アハハハ、いらない、いらない!値段なんかつけれないわよ、そんなの」
オレはミラと顔を見合わせた。
「じゃあ、チェス盤も貰います。いくらですか?」
店主は少し困った顔をして頭を掻いた。
「うーん、それもキングないしねぇ…… 50クローナとかでよければ……」
「日本円だと1000円弱……安すぎない?いいんですか?」
店主は手を振った。
「いいの、いいの!むしろ助かっちゃうわ!ありがとう!」
店を出ると、雪がチラついていた。
ドワーフの置物を見つめるオレを見て、ミラが大きく息を吐いた。
「やっぱり……間違いない」
「ん?」
「神話の方が、翔くんを呼んでる。求めてる」
「どういうこと?」
「ヴァナヘイム、ミッドガルド、ヘルヘイム。そして……今度は、ニザヴェリール」
「ニザ……何?」
「ニザヴェリールは、ドワーフの世界。地下に王国を築いた精霊」
精霊?
おっさんにしか見えないけど。
「ドワーフは、神でも人でもない、“鍛冶と創造を司る地下の種族“なの」
「鍛冶と創造?」
降り始めた雪が街灯に煌めいた。
ミラは続けた。
「うん。言ってみれば、世界の装備担当。神々の武器も防具も、全部ドワーフが作ったって言われてるの」
「へー。このおっさんがねえ……」
それにしても、なんでオレはこんなヘンテコな置物を手に取ったんだろう。
ミラが言う通り、本当に、呼ばれてんのかな?
《SYSTEM NOTE》
新世界ニザヴェリールとの共鳴を確認
《世界階層データ・シンクロ率》
《ニザヴェリール Unlocked → 5%》
ストックホルムの街は、静かだった。
帰路を歩くオレ達を見送るように。
「翔くん……ちなみに北欧神話では、ドワーフの置物を手にすると……呪われるって……」
「え!?ちょっ!まっ!」
「……嘘だよー、へへ!」
走り出したミラ。
慌てて追いかけるオレ。
「う……嘘!?本当だな!?冗談なんだな!?おい、答えろよ、ミラ!」
北欧神話。
マジで冗談通じねえから、そういう嘘はやめてくれ。
背中越しにミラが叫んだ。
「呪いってのは嘘だけど……ドワーフの金属って、近づけるとスマホ壊れるよ。フツーに」
「は?」
オレは、慌ててスマホを取り出した。
「……なーんて!うそー!」
「ミラァーー!!」




