第11話 ワールドツリー
ミラの家に着いた頃には、もう外は薄暗くなっていた。
木造の二階建て。
北欧らしい落ち着いた色合いの家で、玄関先には小さなランプが灯っている。
ドアを開けると、ふわっと温かい空気が流れ込んできた。
「ただいまー」
ミラの声に反応して、奥から足音。
「おかえり、ミラ」
いつものようにエリクとハグ。
続いてリンネア。
「あら……その顔」
一瞬で状況を察したらしい。
「また何かあったわね?」
「……うん。ちょっとだけ」
いや、“ちょっと”で済む話じゃないんだけど。
それにしても、ミラのお母さんは鋭すぎない?
夕食は、スープとパンと焼き魚。
派手じゃないけど、やたらと落ち着く味だった。
脇腹を気にしながら椅子に座るオレを見て、リンネアがため息をつく。
「翔くん、後でちゃんと診せなさい」
「あ、はい……」
こういう何気ないやりとりも、母親が早くに死んだオレには記憶になかった。
食卓が一段落した頃。
ミラがスプーンを置いて、真剣な顔になる。
「お父さん、お母さん。今日ね……翔くんと博物館に行ってきたの。世界樹の絵を見てきた」
エリクは大きく頷いた。
「そうか! 世界樹、ユグドラシルと九つの世界。北欧神話の世界がわかったかな、翔くん?」
「ええ、そうですね」
わからん。
横文字多すぎて覚えられん。
「それでね……」
ミラが少し表情を曇らせた。
「その後カフェでお茶してたら……現れたの」
リンネアの食器を洗う手が止まる。
「……死霊戦士。グラム」
エリクが慌ててコップをテーブルに置いた。
「なんだって!? それで、無事だったのか!?」
ミラは頷いた。
「うん。襲ったりはしてこなかった。でも……」
ミラがオレを見る。
オレのターンか。
「そうなんです。ただじっと見られていました。去り際に……ラグナロクは止められない。ヘルヘイムでお前を待ってる。最後の通告だって、頭の中に語りかけてきました」
エリクは大きく息を吐いた。
「そうだったか……」
オレはエリクの顔を覗き込んだ。
「なんか、わかりますか?」
エリクはもう一度深く息を吐く。
「ふーむ……わからぬ。わからぬが、翔くんはワイルドブラッドだ。北欧神話の想定にはない存在……。昨日のドラウグルの出現と襲撃、ヘルヘイムが翔くんを狙っていても、不思議ではない」
想定してないから殺すって、なかなか理不尽だな。
オレはただこの地に降り立っただけだぞ。
これじゃ気軽に旅行にも行けないじゃん。
「なんで、オレを狙うんですか? その、ヘルヘイムの奴らが」
エリクの横に座ったリンネアが代わりに答えた。
「ヘルヘイムは、死者が最後に行き着く先なの。翔くんがいることで、死すべき者が死なない。それは死への循環を乱す。ヘルヘイムは、それを認めない」
死すべき者。
……べき?
死ぬべきって誰が決めてんだよ。
「そうですか……。じゃあ、ヘルヘイム的には、オレが死ぬべきだってことですね」
エリクとリンネアは顔を見合わせて困ったように笑った。
いいんだ。
慣れっこだ。そんなの。
気にしないで。
嫌な沈黙を打ち消すように、ミラが早口で割り込んだ。
「それでね! パパ、ママ、午後からナッカに行ってきたの! 翔くんにスウェーデンの自然を感じてほしくって──」
ミラは楽しそうに話した。
ヴァナヘイムのこと。
ヒルディスヴィーニのこと。
翔が投げたこと。
ここでエリクがむせた。
そしてフレイヤの名前。
エリクは手を叩いた。
「ほお、ヒルディスヴィーニ様と相撲とな!」
ミラは自慢げにオレの話をする。
それを嬉しそうに聞くエリクとリンネア。
「すごいんだから、翔くん! あの大きなヒルディスヴィーニ様をぶん投げちゃうんだから!」
「あ、いや……それほどでも」
いやミラ。
あんまりそれ言わない方が……。
エリクが顔を近づけ、オレを覗き込んだ。
「翔くん。君は不思議な子だ……」
「え?」
「君は戦いながら、その世界を取り込んでいく。包み込むように……まるで自然のようだ」
リンネアが微笑んで席を立つ。
「ワイルドブラッド……神ですら、持てないものよ」
ん?
どこかで聞いたような……。
「あなたは、もしかして……」
「もしかして?」
窓の外の木が“呼吸するように”揺れる。
リンネアは背を向けた。
「ふふ。サウナの用意するわね」
言わないんかい!
スマホが震えた。
《ミッドガルド シンクロ率:上昇》
ミッドガルド 45% → 46%
「ミッドガルドってなんだっけ? 人間界?」
ミラはオレのスマホを覗き込む。
「そうだよ!」
エリクも画面を見る。
「それは……」
「あ、これはサニワアプリってやつで、自分の能力とか状況を知らせてくれるアプリで……サニワにしか反応しないんですが」
エリクは目を丸くした。
「すごいのお……どれどれ」
自分のスマホを取り出し、ミラに教わりながら入力する。
「オレはもうすぐ引退だが、一応な」
子どもみたいにウキウキしている。
「出来た!」
表示されたステータス。
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《STATUS》
NAME:エリク・アスクリンド
RACE:ヒューマン
CLASS:ベテランヴォルヴァ
GUARDIAN:ヘイムダル
FIGHT STYLE:近接コンバット
LEVEL:77
HP:770 / 770
ATK:860
DEF:690
AGI:355
北欧神話シンクロレベル:79
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いや強すぎだろ!
「パパ、すごーい!」
エリクは頭を掻く。
「レベル77か……まだまだだな、オレも! ガハハハ!」
いやいやいや……。
「しかし……翔くんの画面にあるその項目が、オレの画面にはないな」
「ん? ああ、このシンクロ率の……」
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《世界階層データ・シンクロ率》
《北欧神話》
アースガルド 5%
ヴァナヘイム 25%
アルフヘイム Locked
ミッドガルド 46%
ヨトゥンヘイム Locked
ニザヴェリール Locked
ヘルヘイム 13%
ニブルヘイム Locked
ムスペルヘイム Locked
《WORLD TREE RECONSTRUCTION》
Progress:89 / 900(9.9%)
Status:Incomplete
Error:統合プロセスが未定義です
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ミラも自分のスマホを開いた。
「確かに……私のステータスにもない」
エリクは顎髭を撫でる。
「九つの世界とのシンクロ率……翔くんと世界の共鳴数値ということか」
オレは、その意味がまだよくわかっていない。
でも、とりあえず。
気に入らなきゃ喧嘩する。
で、仲良くなる。
それがオレのやり方だ。
「エリクさん、この最後のやつ……なんですかね?」
エリクは画面を見つめる。
「ワールドツリー……世界樹ユグドラシルだろう。そしてこの数値は翔くんと九つの世界の関係を元にしている。だが……再構築……?」
天井を見上げ、黙り込んだ。
「エリクさんもわからないのか」
まあいい。
世界樹に繋がれた九つの世界を、もっと知る。
ヘルヘイムはオレを嫌い、
ヴァナヘイムは歓迎し、
そこにはフレイヤとイノシシがいる。
いいぜ。
北欧神話の世界、もっと踏み込んでやるぜ。




