第10話 見てるだけの終わりより
足裏から伝わる森の重さが、そのままオレの背骨に流れ込んできた。
地面を踏み締めたオレの足裏から、力が湧き上がる。
岩のように重いイノシシの足が、宙に浮く。
「バカな!?」
お前なんか……
オオクニヌシ様に比べたら──
あの人の重さに比べたら──
「大したことねーわああぁぁ!!」
イノシシの体は宙を舞い、岩盤に叩きつけられた。
森が揺れる。
鳥たちが一斉に飛び立った。
しばらくして。
イノシシが、ゆっくりと立ち上がった。
だがもう、最初の威圧感はない。
赤い瞳は穏やかに細まり、そして、深く頭を下げた。
「見事だ。試練、終了」
スマホが震えた。
《トレーニングモード:完了》
《レベルアップ》
《スキル進化》
《あばれる → 格闘》
どんな命懸けのトレーニングだよ。
イノシシが低く笑う。
「我はフレイヤ様の守護獣。ヴァナヘイムの門番、ヒルディスヴィーニ」
ヒルデ……何?
言えねえ、難しい。
とりあえず門番ってのはわかった。
「自然に選ばれし者よ。今日より、お前は正式にヴァナヘイムに認められた」
空気が変わった。
森の圧が、優しさに変わる。
水辺のざわめきが、祝福みたいに響く。
スマホに新しい表示が流れた。
《ヴァナヘイム シンクロ率:上昇》
ヴァナヘイム 25% ↑
《報酬を獲得しました》
《スキル解放》
【ヴァナヘイム共鳴 Lv1】
自然環境下で全ステータス微増
回復速度上昇
精霊感知:解放
「……精霊感知?」
ミラが小さく息を吸った。
「翔くん……もしかして、これでヴァナヘイムの精霊たちが見えるようになったのかも」
イノシシ──いや、フレイヤの守護獣が鼻を鳴らす。
「これで終わりではない。これは始まりだ。ワイルドブラッド、ヴァナヘイムはお前を歓迎する」
そう言い残すと、巨体は淡い緑の粒子となって霧散した。
森に、完全な静けさが戻る。
オレはその場に座り込んだ。
脇腹が痛い。
息もまだ浅い。
《WORLD TREE RECONSTRUCTION》
Progress : 82 / 900(9.1%)
Status : Incomplete
Error:統合プロセスが未定義です
最後の、よくわからない数値も増えた……。
……で。
今、謎の強制トレーニングが終わって帰り道。
「……しぬ……」
この痛みを伴う山道。
《外傷レベル:軽度》
《自然環境補正により回復促進中》
「軽度じゃねーわ」
空が青い。
異様なくらい青い。
北欧の空って、なんでこんな澄んでんの?
少し休んで、なんとか歩けるようになったオレたちは、来た道を並んで戻り始めた。
木道を踏む音。
遠くの鳥の声。
さっきまでの殺伐感が、嘘みたいに消えている。
ミラがポツリと話しかけてきた。
「翔くんって、日本の神様ぶっ飛ばして来たんでしょ?」
いや、言い方な。
「それで、世界が壊れなかったのは、なんで?」
え、急にオレ、詰められてる?
「いや、オレに聞かれても……」
「あ、ごめん! そういう意味じゃなくて」
どういう意味だよ?
スウェーデンジョーク?
「ヒルディスヴィーニ様、翔くんに投げられた時、笑ってた。ううん、喜んでた」
ヒルディ……ああ、あのブタ、いや、
イノシシのことか。
横文字多すぎて、頭が疲れる。
「そう?」
「うん! すごいなって」
「すごい?」
ミラは視線を遠くへ移した。
「初対面。いきなり躊躇いなく戦って、戦いを通して仲良くなっちゃうんだもん」
いや、ミラ。
記憶すり替わってない?
あれは向こうがいきなり……
オレからは何も……
「戦わないヴォルヴァ。世界の終末をただ待ってるだけじゃ、世界は救えない。この世界は、本気で翔くんを必要としてるんだって」
んな、大袈裟な。
そんなにハードル上げないで。
オレはただ、売られた喧嘩を買ってるだけというか。
「翔くん……ラグナロク。止められるのかな」
ラグナロク。終末を待つ北欧神話と、その世界。
そんなハードモードの神話に向き合ってるミラには申し訳ないが……オレは今、新しい世界にめちゃくちゃワクワクしちゃってた。
「ごめん。それはわからない」
「そっか」
下を向いたミラ。
あ、マズい!
どうしよう。
なんか、言わなきゃ。
オレは、ミラの顔を見た。
木漏れ日にミラの青い瞳が、透き通る。
寂しそうなその顔が、冗談抜きでオレの心に刺さった。
「ミラ、オレたちには世界は救えないかもしれない。だけど……オレと一緒に抗ってみない?」
「翔くん……」
「見てるだけの世界の終わりより、抗った先の世界の終わり……その方が、オレは納得できる」
「納得かぁ……」
「ミラ、北欧神話には悪いけどオレは……そもそも終わりが決まってる世界なんて、信用しねえ。少なくとも、オレの終わりはオレが決める」
それにしても、
マジで、ミラの目、青いな。
風が、木々の隙間を抜けた。
ミラは何か言いかけて、飲み込んだ。
その時、突然、ミラがオレの手を取った。
胸元で、オレの手をギュッと握った。
「翔くん。この国に来てくれてありがとう」
オレは何も言えず、空を見上げた。
北欧の風が、やけに優しかった。
《ミッドガルド シンクロ率:上昇》
ミッドガルド 39% → 45%
よし!……で、ミッドガルドって何。
ストックホルムに戻る帰りのバスの車内。
スマホが震えた。
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《システムアップデート確認》
《ステータス画面の仕様が変更されています》
《STATUS》
NAME:霧島 翔
RACE:ワイルドブラッド
CLASS:サニワ
GUARDIAN:未登録
《LEVEL UP!》
LEVEL:3 → 4
HP :85 / 120 → 70 / 150
ATK :95 → 125
DEF :50 → 70
AGI :140 → 150
北欧神話シンクロレベル:4 → 5
《SKILL》
・あばれる → 格闘
(ランダムダメージ)
・ヴァナヘイム共鳴 Lv1
(ヴァナヘイムで全ステータス+回復速度微増)
・精霊感知
(ヴァナヘイムの精霊の気配を感知できる)
《DIVINE ARTS》
・ワイルドスピード(仮)
(攻撃、防御、敏捷性アップ × ワイルドブラッド補正)
・ワールドエラー(仮)
(効果不明+世界を自然で塗り替える)
《SYSTEM LOG》
・北欧神話圏(推奨レベル45)
・環境デバフ:神話性レベル5により解除
・ワイルドブラッド固有補正:???
※通常のサニワと生体構造が異なります
《世界階層データ・シンクロ率》
《北欧神話》
アースガルド 5%
ヴァナへイム 15% → 25%
アルフヘイム Locked
ミッドガルド 39% → 45%
ヨトゥンヘイム Locked
ニザヴェリール Locked
ヘルヘイム 13%
ニブルヘイム Locked
ムスペルヘイム Locked
《SYSTEM NOTE》
複数世界との共鳴を確認
警告:世界構造の再編兆候を検出
推奨:不要な干渉を避けてください
《WORLD TREE RECONSTRUCTION》
Progress : 88 / 900(9.8%)
Status : Incomplete
Error:統合プロセスが未定義です
⚠ WARNING ⚠
推奨レベルを大幅に下回っています
生存確率:19%
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「お、ちょっと見やすくなった気がする」
スキル、あばれるが格闘に変わった。
生存確率は、まだ20パーを切ってるけど。




