#8 忘れたことを忘れてやるもんか【7代目・ブッシュドハイネン】
7代目・最強ババア: ブッシュドハイネンのお話です。
歴代初の魔力なし/男の最強ババア
――そんな彼の、眩しくて切ない青春の物語。
(アデライン視点)
思い出すのは初夏の日の。
山小屋の前の小さな庭でのティータイム。
日増しに濃くなる新緑の庭で、白いすだれのような栗の花。足元には淡いピンクのササユリが。
全てが心地よく揺れていて、お茶の香りを楽しんだ。
隣に座っていたのは確か、今や次期魔塔主たるブライアンで。
向かいに座り、優しく私に微笑みかけたのは――
そこで、いつも目が覚める。
私はまた、思い出せない。
大切な、大切な何かを、思い出せずにいるのだ。
***
(ブッシュドハイネン視点)
ブッシュドハイネンは、考えた。
最強ババアを継承するには、あまりにも無力な魔力無し。
分不相応な己に、それでも敬愛する師は任せてくれたのだ。
なんとしてでも、全うせねば。
幸い、自前の魔力がなくとも、大抵のことは乗り切れるだけの準備は整えてきた。
ゴシックドレスには外付け魔力による術式発動を組み込んだ。
魔力は常時、素材や大気中に漂う微細なものから、時に野生生物、そして人からも。
少しずつ気づかれないよう掠め取り。
「大抵のことには対応できますね」
そう。大抵のことには。
けれども、世の中イレギュラーは発生する。
ブッシュドハイネンはそのことをよく、理解していた。
「ですから、あまり気は進みませんが」
全ては完璧で美しき師が望んだ未来のために。
「外部に協力を求めましょう」
やはりここは、生粋の術師が相応しかろう。
口が固く、誠実で、頼れる人物を探さねば。
歴代初、"魔力なし・男性"最強ババアは、慎重に人を探し始めた。
***
「10時の方向。距離20ヤード、3秒後!」
木々が燃え、ところどころなぎ倒された林の中で、ブッシュドハイネンの声が響く。
同時に緑の烈風が、目の前の木々を切り倒した。
「今だ、A !」
今しがた強烈な風の魔術を放った男性の後ろから、金髪の乗馬服に身を包んだ女性が、構えたクロスボウを発射した。
放たれた矢は複数に分裂し、地面に向かって光の軌跡を描いていく。
光の矢がいくつかの影を地面に縫い留めたが、逃れた影がAとB、2人に向かって飛びかかった。
それはキツネ程の大きさの、太く短めの黒い蛇。
その体からは想像がつかぬほどに開かれた大顎は、大人二人を飲み込まんと迫りくるが――
カキン。
硬質な音と共に、黒蛇は動きを止めた。
よく見れば、薄く輝く青い立方体空間に、蛇は囚われている。
「助かりました」
そう言って、優雅に現れたのは、白髪に黒のゴシックドレスに身を包んだ老婆。
老婆は蛇に歩み寄ると、すっと指を近づけた。
たちまち蛇を捕らえる青い光が縮んでゆき、中の蛇は小さく小さく圧縮され――
「完了です」
コロンと小さく転がったビー玉を拾うと、老婆は仲間を振り返る。
「おい、やめろ。その姿でその喋り方――」
にこりと笑う老婆に向けて、Bは露骨に顔をしかめて苦情を告げた。
「ゾワッとするだろ」
袖をめくって鳥肌を見せつける男のクレームに、最強ババアは仕方ないと頭からヘッドドレスを剥ぎ取った。
みるみる老婆の身長が伸びる。
膝まである白髪は切りそろえた短髪に。
細く瘠せた体は、太くはないが程よく引き締まる。
目の前には、ドレス姿の青年が立っていた。
「ぶはっ……はっ、それ、まじで似合わねーな!」
途端、爆笑するB青年。
「そ、そんなことないわよ。ドレスも、ふふ、素敵かしら」
「変身を解けと言って、酷いでしょう……それにA、無理なフォローは余計に傷つきますよ」
変身を解いたブッシュドハイネンは、爆笑するBと笑いを堪えるAを軽く睨みつけた。
ひとしきり笑い合った3人は。
「この後ランチにする?」と誰ともなしに雑談しながら、手早く後始末を終えた。
「レストランもいいけどな」
「ブーシュ、あなたも寛ぎたいでしょう?」
気兼ねなくドレスを脱いで、素の姿で過ごせるように。
友人たちの気遣いに、ブッシュドハイネンは笑顔で頷いた。
「では、僕の手料理でもてなしましょう」
足取り軽く、3人は並んで林を後にした。
そんな彼らを見守るように、木々の葉が優しく風に揺れていた。
***
緑が一層深まる山の中。
ぽっかり開けたその場所は、ハーブが香る魔女の庭。
「お! 新しい椅子だ」
「あら、嬉しい」
招かれた2人の客人は、ガーデンテーブルを囲む三脚の椅子を見つけて喜んだ。
「いつまでも木箱じゃ申し訳ないですからね。さ、お茶をどうぞ」
初夏の心地よい風に包まれながら、3人はブッシュドハイネンが用意したお茶とサンドイッチを楽しんだ。
「それじゃ、本題なんだけど――」
黒蛇たちの正体は、国境を守り続けた使い魔たちの成れの果て。
彼らに何かしら問題が生じ、人を襲うようになったこと。
魔塔の若き術師たるAとB。
彼らは真剣にブッシュドハイネンの話に聞き入った。
弟子と最愛、限られた2人にしか許されなかった空間に。
驚愕、感嘆、共感、そして対等な議論――様々な声が飛び交っている。
それは、この歴史ある魔女の小屋では異例の光景だった。
全ては明かしていないものの、ブッシュドハイネンはこの2人に信頼を寄せている。
「それは大変ね。協力するわ」
「任せろ!ジジイ共にも契約書を書かせたらどうだ?」
頼もしい友人たちの言葉に、現役・最強ババアは静かに微笑んだ。
これからより多くの人に、秘密を明かすことになるだろう。
それに備え、ブッシュドハイネンは契約書を用意した。
互いの名前が書かれた羊皮紙には、機密保持の約束と、契約違反時の罰則が記されている。
AとBは率先して署名してくれた。
(果たして魔塔の古参たちは応じてくれるでしょうか――)
前途多難。
それでも信頼できる2人が一緒に説得してくれるというのだから。
(お師様……僕たち3人なら、なんとかなりそうです)
この時ブッシュドハイネンは、真っ直ぐ未来を信じていた。
***
ブッシュドハイネンは目の前の光景に閉口した。
「全種類買ってきたぞー」
戦いのあと。
Bが持ち込んだ袋の山は、全部肉。
早速焼こうとウキウキのBに釘を差す。
「あなたは台所立ち入り禁止ですからね」
こいつに料理させてはいけない。
先日の"パンケーキタワー"の悲劇は忘れない。
Bが生み出した大量の産業廃棄物といったら……
「固いこと言うなよ! BBQスタイルにしようぜ」
網から脂の滴る肉の香りを想像する。
「……焼くだけなら」
誘惑に負け、魔女の庭での焼き肉を許可してしまった。
「めっちゃ焦げてる」「そっちは生焼けですよ」
2人でわいわい騒ぎながら、途中でAも呼んできて。
「なかなかうまく焼けないんだ」
「……魔術を使えば?」
バカ男2人を前に、Aは呆れ顔で指摘した。
顔を見合わせるブッシュドハイネンとB。
「その手があった(ありました)か!」
2人は子供のように手を叩き、魔術で最高の焼き加減を模索する。
夏はあっという間に過ぎ去り、季節は秋。
色付いた葉が舞い散る林の中で。
手を握ったのはどちらが先だっただろうか。
「冷えるわね」
はにかみながら見上げるAに、ブッシュドハイネンは空いた方の手で頬を掻く。
繋いだ手は小さくて、力加減が難しい。
驚くほどに柔らかく、でもところどころが握りだこで固くなっていて。
(この手で、クロスボウを握っているのですね……)
優しく、労うように。
そっとその手を握り返した。
***
3人で過ごした輝かしい日々は、けれどもあっという間に終わりを告げる。
「どうでも良いことです」
魔塔の権力者たちは強欲だった。
"どちらが上か"
"主導権は魔塔側に"
"全ては魔塔が先導したのだ"
形ばかりにこだわる権力者たち。
そんなものはどうでも良かった。
ただ、同じ目標に向かって協力が得られるなら。
「ですが、それさえも――あなた方は裏切りますか」
ブッシュドハイネンの前には羊皮紙の山。
今、その羊皮紙の1枚が、黒い炎に包まれた。
"契約違反"
そう。
魔塔の権力者たちは、知り得た秘密を私利私欲のために用いようとした。
ましてやAやBを、最強ババアに対して優位に立つための駒として。
「Aを守るため、でしょう? 」
穏やかに話すブッシュドハイネンを前に、Bは悲痛な声を上げた。
「待ってくれ。せめて、話を――」
次々と、契約書が黒い炎に包まれる。
「あなたにスパイ行為を頼むような方々です。契約書の署名も……偽名のようですね」
偽名なら、契約違反の罰則から逃れられるとでも思ったのだろうか。
「愚かなことです。真名を記さない不届き者には、罰が2倍にくだるだけだというのに――」
灰となり砕け散る様を眺めながら、違反者たちの辿るであろう顛末を哀れに思う。
強制的な記憶消去は、奴らに少なくない後遺症を残すだろう。
「大丈夫。僕はあなたを恨んでませんよ」
なおも話し合いを求めるBに、ブッシュドハイネンは微笑んだ。
それは哀しいほど美しくて――
「2人の契約書は破棄します。今まで、ありがとう」
その言葉と同時に、AとB、2人の名が記された契約書が破られた。
先ほどとは異なる色の炎が燃え上がる。
青い炎は、羊皮紙と共に二人の記憶を優しく焼いて――違反者へのペナルティを、術者に一部還元していく。
結果、魔塔の人間は皆、最強ババアたるブッシュドハイネンに記憶を奪われた。
ブッシュドハイネンもまた、記憶を奪うという呪術の代償で、大きな反動ダメージを負った。
***
弟子のゾゾアが、痛ましいものを見るように、師匠たる自分の背中を見つめてくる。
「師匠。私は、納得いきません。あなたがそこまで失う必要はなかったはず」
「いいんだよ。傷はいずれ治る。なに、僕たちは。新しいやり方を見つけていこう」
柔らかく微笑む師を見て、やはり悲痛な表情の弟子。
「ですが、師匠。傷だけでは、ないのですね?
……憚りながら申し上げます。師匠と親しかったお二方のお名前を――覚えてらっしゃいますか?」
いつも向かいではにかんだような笑顔を見せた――愛しいA。
戦闘中、背中越しに、見えなくとも手に取るように動きが分かった――頼もしい相棒、B。
ブッシュドハイネンは、のど元までこみ上げてくる彼らの名前を、紡ぐことができなかった。
***
(再びアデライン視点)
私は、もう思い出せない。
思い出せないけれど……でも、思い出せないことを忘れない。
「忘れてやるもんか」
ことあるごとに、私は呟く。
大切な記憶を失った。
頭の中の"優しい魔力"が、忘れたことすら消し去ろうと、優しく優しく霞をかける。
だけど気合で自覚する。
優しい魔力を、自身の魔力で力尽くで抱きしめて、私は生涯、失った記憶と向き合い続けるのだ。
アデラインは抗い続けた。
これが後の彼女の派閥に、最強ババアを助ける力を生み出すのだが……それはまた先のお話。
お読みいただきありがとうございます。
「最強ババアのオフタイム」、今回は少し重めのお話となりました。次回は優しい雰囲気の物語です。
来週末、更新を予定しております。
本編からは見えない裏側で、実は大きく影響を与えているブッシュドハイネン君の物語。
ご参考までに、これまでのブッシュドハイネン登場話
【オフタイム】第2話「術師の弟子はきれい好き」
→彼の幼少期の物語
【本編: 最強ババアのティータイム〜八人の魔女編】第8話「入り込む蛇」→僅かですが、助手として登場
近いうちに、本話の裏話「アデラインの設定集」を活動報告で紹介させていただこうかな、と検討しております。
もし、ご興味ありましたら、そちらも遊びに来てくださいね。




